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愛するつもりなぞないんでしょうから

17. 隣国ご一行

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「わたし標準サイズだから既製品のドレスで問題ないし、
 一人でさくっと買ってくるよ?」
「いや、婚姻後初のパーティーなんだし、装いは夫婦揃えるべきだろう」
「でもラキ、歩き方カクカクしてるし、背筋よじれてるし、外出無理じゃない?」
「ディアナが筋肉痛の場所を狙い続けてくるから、
 痛くなかったはずの部位まで痛くなってるんだからな!?」
「だって馬車ヒマだったんだもん」

無事(※ラキルスの凄まじい筋肉痛は、有事には値しない)に王都の公爵邸に帰ってきた二人は、使用人たちが目を見張るほど、どこからどう見ても打ち解けていた。

元々自由人で遠慮のないディアナはともかく、ラキルスは目覚ましい変貌を遂げていると言っていいレベルであり、公爵家に長年仕えてきた使用人たちでさえも見覚えのない表情を、自然に表すようになっている。

これが『うんざり』とか『げんなり』とかいう類の表情だったら、好意的に捉えることは難しかっただろうが、ラキルスは明らかに生き生きと楽しそうにしている。
品行方正の『優等生ラキルス』は姫向けに装われたもので、実は割と無理をしていたのだということに、公爵家の面々は気付かされることになった。

そして、もはや体に染みついていたはずのラキルスの優等生ムーブを、ものの数日であっさり剥ぎ取った嫁ディアナに、脅威と敬意を覚えずにはいられなかった。

ただ遠慮がないダケの人としか思えなかったら、敬意を払うには至らなかったかもしれないが、ディアナは決して無作法な人間ではなかった。
鍛え抜かれた強靭な体幹にモノを言わせて、ぴしりと美しい姿勢をキープし続け、所作は爪の先まで神経が行き届き、しなやかで洗練されている。歩いていても食事をしていても物音一つたてず、無駄な動作が一切なく隙も無い。
立ち居振る舞いや所作に関しては、公爵家の嫁を名乗るに申し分がないレベルにあったのだ。

口を開くと残念臭が漂ってくるのが玉に瑕ではあるが、『王の御前では淑女だった』という証言がどこぞからあがっており、『ちゃんとオンオフ切り替えられる子』というのが、公爵家界隈の共通認識となっている。

ぱっと見は完璧なディアナだったが、残念ながらドレスには全く拘りはなく機能性重視。早い話が、動きを妨げさえしなければ何でも良いのだが、そういうところはセンスにも太鼓判を押されているラキルスがフォローしてくれる。

この夫婦、なんのかんのと上手く噛み合うようになってきていた。


そして、隣国の王太子はやって来た。


使節団と称した一行は、王太子と外務大臣、今回の和平に尽力してきた面々で編成されており、思いのほか少人数での、ひっそりとした来国だった。

隣国とは ついこの間まで諍いがあったため、まだ隣国も、こちらへの警戒感がぬぐい切れないのだろう。あまり目立ちたくないし、大勢に取り囲まれるのも正直なところ不安だと言う。
式典にしろ歓迎パーティーにしろ、大々的なものは遠慮したいとの申し入れが隣国側からあったこともあり、入国の式典は、ごく少人数で行われた。

和平の功労者の一人という扱いになるらしいラキルスとともに、ディアナも式典会場に来てはいたが、この場では挨拶も必要ないとのことなので、ただの拍手要員のつもりで末席から気楽に隣国一行を眺めていた。

(隣国の王太子、何かお高く留まってそうでいけ好かないな)とか
(王太子の護衛、眼鏡と長めの前髪と、うつむき加減の姿勢で
 表情隠してるつもりなのかもしれないけど、憮然としたオーラ出まくりで、
 個人の心境としては、この和睦に納得してないってことね)とか。

輪の外にいるのをいいことに、ディアナは好き勝手に分析して楽しんでいた。
更に、これはもう職業病なのだが、隣国一行の中での戦闘能力的な実力者も、さっくり見極めていた。

隣国王太子の周囲は、体術が得意な護衛で固めているようだ。
王子の近くで剣などを扱って、万が一にも王子に掠ったりしないようにだろうか。
護衛方針の良し悪しはディアナにはわからないが、護衛の実力について述べるなら、一様に『ほどほど』程度に思う。

実力的にまあまあな人は、護衛ではなく、和平に尽力したという使節団の一員にいる。
軍人が和平に尽力することだってあるだろうから、うがった見方はするべきではないんだろうが、王子の護衛より戦える人がしれっと一般人枠に混じっているってだけで、何となく警戒したくなる。
しかも、真っ赤っ赤な髪色に、民族衣装らしき派手な服装という、特徴的な出で立ちをしており、無駄に目立つのも何やら気に障った。

(戦える人間が一般人の顔して混じってるって意味では、わたしも同じか。
 下手に隣国側に警戒されても雰囲気悪くなりそうだし、
 わたしは大したことない人間を装っとこっかな…)

ディアナは、ただ単に夫であるラキルスが招かれたため、その妻として同行しているダケのことで、何の裏も思惑もない。紛れもなく、ない。
だが、相手がどう捉えるかは、また別のお話。
物音一つ立てずに行動するような女が、さりげな~く拍手要員としてそこに居たら、普通に考えて相当不気味なはずである。ディアナだったら最大級の警戒を払う。

なのでディアナは、自分にボコボコ隙を作っておいた。
失礼にならない程度に、足音や衣装の擦れる音を立ててみたり。
いつもなら全方向に向けている意識を前方のみに向けてみたり。
ちょっとした音にも驚いたような顔をしてみたり。

意外とやれる子ディアナは、気配を消せる一方で、適度に気配を醸し出すことだって、ちゃんとできるのだ。

とりあえず、王子の護衛も赤髪の人も、ディアナを警戒している様子は見られない。うまく誤魔化せている模様である。

この調子で『ただの嫁』を装う決意を固めたディアナは、能天気に微笑みつつ、使節団に拍手を送っていた。


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** 作者のひとりごと **

ラキルスが和平のためになにをして功労者扱いになってるのかと言うと、
『姫との婚約の白紙撤回』をしたのです…。
功労なのか?とお思いの方もいらっしゃると思って、
本編ではさらっと流しておきました。

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