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愛するつもりなぞないんでしょうから
18. 三度目の正直
しおりを挟む歓迎パーティーがはじまった。
ディアナのドレスは時間の都合上 既製品にはなったが、ラキルスが、自身の装いとペアに見えるように、且つ、辺境伯からもらった三連のパールのネックレスが映えるように、少し濃い目の色合いのものを選んでくれた。
ドレスに興味のないディアナでもセンスの良さがわかるくらい、素敵な装いにしてもらえている。間違いなく、魔獣と戦える女には見えない。
顔の広いラキルスのもとには、挨拶に来てくれる人が後を絶たない。ディアナは、妻だと紹介されて挨拶をしたり、結婚のお祝いの言葉にお礼を述べたりはするものの、自ら話題を振ったりすることはなく、大人しく微笑み続けていた。
ディアナの繰り出す話題が、王都の貴族と当たり障りなく交わせる部類のものなのか非常に怪しい自覚があったため、公爵家に要らない恥をかかせないように、全力で猫を被っておくことにしたんである。
ひとり話し続ける羽目になったラキルスは喉が渇いているだろうと、ディアナは飲み物を取りにドリンクコーナーへと足を運んだ。
するとそこには何故か、隣国の王太子と、ラキルスの元婚約者である末の姫君がいたのだ。
そんな馬鹿な。まだラキルスとディアナには挨拶の順番も回って来ていないというのに、何で王族がフラフラ席を立っているのだ。隣国との文化の違いなのか。
ばっちり目が合ってしまい、今から踵を返すのは不自然極まりないこともあり、仕方なくディアナは、ゆるゆると歩みを進めた。
「そなたは、どちらのご令嬢か?」
隣国の王太子は、何とディアナに話しかけてきた。
相手は王太子と姫。話しかけられちゃったら、スルーするわけにはいかない。
名を訊かれているのだから、答えなければならない。
名前を。
いや、もちろんディアナの名前を名乗るだけなら、躊躇する理由は何もない。
問題は『どちらの』と訊かれていることにある。
つまりディアナは、誰の妻であるのかを称さなければならない。
ここにきて、『リス』だか『ルス』だか『レス』だか問題が、再発したのである。
でもディアナは、実は少しだけ進化していた。
何と、たぶんコレだと うっすらと過っていく名前があるのだ。
はっきり言ってしまえば自信なんかないのだが、もうコレに賭けるしかない。
こんな一か八かなんて情けないし、旦那様にも申し訳ないけれども、コレで行くしかないのだ。
ディアナは意を決して口を開いた。
「公爵家嫡男、ラキ…ルスが妻、ディアナと申します…」
ディアナの後を追いかけて来ていたラキルスは、自信なさげに恐る恐るラキルスの名前を口にするディアナの姿を目の当たりにして、吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
最近、完全に『ラキ』呼びが定着していたから尚のこと、正式名称を覚えること自体を諦めたんじゃないかとすら思い始めていたのだが、密かに覚える努力はしてくれていたらしい。
辛うじて聞き取れなくはないといった程度の声量ではあったが、一応ちゃんと『ラキルス』と口にしたことは認識できたので、何気にラキルスも こそばゆいような気持ちになる。
そして、じわじわと込み上げてくる嬉しさに、つい顔がほころんでしまっていることも自覚していた。
「―――――ああ、其方がラキルス殿の…。ということは、辺境伯家の?」
「は、はい。左様でございます」
王太子の言葉に、護衛が驚いたように目を丸くしたのがわかった。
ラキルスの嫁が辺境伯家の人間だとは知らなかったのだろう。
ホントこの護衛は、式典での憮然としたオーラといい、時と場合を考えずに失礼な感情を表に出しすぎである。ディアナが言うくらいなのだから相当である。
でも、ディアナだって感情が出やすい点では人のことは言えない。
ボロが出る前に、さっさと王太子の御前を辞したい。
うにゃむにゃとお祝いの言葉などを述べ、王太子からもお祝いの言葉を頂き、馬車の故障により第二王子の到着が遅れていて待ち時間ができたから一息ついている、なんて裏話も教えてもらい、何とかディアナはこの場を乗り切ることに成功した。
気持ち的には這う這うの体で、ドリンクコーナーから離れたディアナに、柔らかい微笑みを浮かべたラキルスが近づいて来る。
ほっとしたように力を抜くディアナに、ラキルスは楽しそうに話しかけた。
「『ル』だけ極端に小声だったな」
ディアナは、公爵夫人直伝の『表情が取り繕えないときは扇で顔を隠せ』を実践して目から下を隠しつつ、
「だってさっ もし万が一間違ってたら、ラキにも恥かかせちゃうじゃんっ!?」
と、小声で答える。
「ははっ でもやっと覚えてくれたんだ?」
「…またわかんなくなっても許してくれる…?」
「じゃあ絶対覚えられる方法を一緒に探そうか」
そんな二人の様子を見ていた姫は、驚愕に目を見開いた。
ラキルスは、姫が一度も見たことのない自然で楽しそうな笑顔を、何の躊躇もなく妻となった女性に向けている。
何を言っているのかは聞き取れなかったが、ラキルスが妻をからかっているような雰囲気まで感じ取れる。
あのラキルスが。
常に紳士的に振舞い、穏やかではあるが、ある意味よそ行きの笑みを浮かべ続けてきたラキルスが。
長年 婚約者として過ごしてきた姫が一度も見たことのない表情を。態度を。
つい最近まで知らなかったはずの、王命が下されるまでは会ったこともなかったはずの女性に見せている。
それが当然のことであるかのように―――――。
姫は呆然と、ラキルスとディアナを見つめ続けていた。
そんな姫を、隣国の王太子も、じっと見つめていた。
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