こころ 〜希望と絶望の摩擦〜

鈴本 貴宏

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第四章 願望

39 父親とは

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 家に着くと、車のエンジン音が聞こえたので覗いてみると、お父さんはもう既に準備万端にサングラスをしてハンドルを握っていた。

僕は、いつも通り無言で助手席に乗り込んだ。

「じゃあ、行くぞ」

「うん」

車は静かに走り出し、目的地は教えてもらって無いし、ナビもセットされていないので皆目見当がつかない。

「それで結局どこに行くの?」

運転をしているお父さんに、携帯電話を操作しながら不機嫌に問いかけた。

「海に行くぞ」

「えっ、海?なんでいきなり?」

遠出するとは予想だにしていなかったので、メールで打っていた文字を間違えた。

「いや~、空太が鎌倉行ったから俺も行きたくなってな」

「その程度の理由なんだ。まぁいいけど、どこまで行くの?」

当然の事だが先週行ったばかりなので気乗りはしないのだが、もう走り出してしまったので今更何を言っても意味がない。

「千葉の稲毛海岸だ。昔一度行ったことがあってな、静かで気持ちいいぞ」

「どのくらいかかるの?」

「1時間ぐらいで着くと思う。意外と近いだろ」

「そうだね」

案外近場で安心した僕は、また携帯電話を見つめる。
昨日、お姉さんからメールが来た。
花火さんと会えるようになったら連絡するから、それまで待っていてとの事。
それからずっと携帯が気になって離せずにいるのだが、30分も画面を見続けていたら車酔いをしてきた。

窓を開けて携帯を閉じ久々に何も考えずに目をつぶる。

実のところ僕は、こんな何もしていない時間がとても嫌いだった。
だからいつも音楽を聴いたり、アニメを見て何もない事を誤魔化してきた。
けど、最近は色々と忙しくて誤魔化す必要すら無くなってきた。

隣の芝生は青く見える。

この言葉通り僕は学校に通えるような普通の人生を送っている人に嫉妬してきた。
いや、今でも少し羨ましい。
でも、僕は今の生活に隣の芝生とは、また違う良さを感じている。

「あぁ、いい風だな」

すると、なんだか周りの音が変わってきたような気がする。
目を開けると高速道路から一般道に変わっていた。
スピードの違いだったようだ。

そして、今度は匂いが変わり眼前に海岸が広がり出した。

場所は違っても海の匂いは変わらないんだな。

コインパーキングに車を止めて、目の前のだだっ広い砂浜に向かってお父さんが歩き出した。
後からついて行くと波打ち際から3メートルの距離で、お父さんは止まり脇に抱えた小さなレジャーシートを広げて右端に座り込んだ。

僕は左端に座り、まだ沈みそうにない太陽と海を見つめながら多少の気まずさの中にいた。

僕とお父さんが二人だけで出掛ける時の話題は大体決まっている。

「最近どうなんだ?」

お父さんは前を向いたまま質問してきたので、僕も前を向いたまま答えることにした。

「どうって?何が?」

何を聞きたいのか今の言葉で分かったが、必死に素知らぬふりをした。

「何もないのか?」

「何もないよ」

お父さんに嘘をついた。
こう見えてお父さんは厳しい人だった。
小さい頃はよく叱られていて、手を出すことはしなかったが、子供の時分はお父さんに恐怖していた。

そんな父に初めての嘘をついた。

「そうか...よかったな」

「何のこと?」

「やっと大切に思える人が出来たんだな。今までずっと我慢してきてよかったな」

「どうゆう意味?」

「今、大切な人の為に頑張っているんだろ?」

「えっ...なんで、一言も言ってないのに...」

「分かるさ。だってお前小学生の頃の顔に戻っているんだ」

「小学生?」

「あぁ、小学校の6年生の時にお兄ちゃんがイジメられていたことがあっただろ」

「うん、そうだったね」

「いつも自分がイジメられても笑って誤魔化していた空太が...さ、お兄ちゃんの時には怒って、年上の怖い男の子達に向かって行ってた。その時の顔に今そっくりなんだ」

「そんなことあったかな?」

「俺は覚えているぞ。あの時にお前が俺の子供でよかったって思ったんだ。誇らしかった」

お父さんは上を向き鼻をズズッと鳴らしながらそう言った。

「やめてよ、恥ずかしい」

「そうだな...悪い」

ピューと風が吹き、僕は背中を押されるように言葉を出した。

「僕ね今、頑張ってるんだ」

「戦っているんだな」

「うん、みんなが好きだから。後悔したくないんだ」

「そうか...詳しいことは分からないけどお前は間違ってないよ」

「そうかな?」

「そうだよ。生まれてからずっと見ている俺が言うんだから間違いない。それに間違っていたら俺が叱っている」

「そうだね...ありがとう。そういえばなんでここに来ようと思ったの?僕が鎌倉行ったからじゃないんでしょ」

「よく分かったな。昔な、お父さんが悩んでいた時に親父が連れてきてくれてな。それでなんとなく来たくなった」

「おじいちゃんが?そうなんだ」

「あぁ、でも当時の俺はお前よりガキだったな...くだらないことで悩んでた。それに比べてお前は出来がいい。苦労してきたから人の気持ちがわかるんだろうな」

「そうかな...それにしても、お父さんが子供の頃って想像つかないよね」

「俺も親父の子供の頃は想像がつかん。そんなもんなんだろう父親って奴は」

「そうだね」

僕は大きく手を伸ばし後ろに倒れた。
髪の毛に砂がついたが、とても気分は晴れ晴れしている。
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