こころ 〜希望と絶望の摩擦〜

鈴本 貴宏

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第四章 願望

42 二人の距離

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 川瀬町の大型ショッピングモール。
小学生の頃に、ここの一階にあるスイミングスクールに通っていたが、その頃は閑散とした古い建物だった。

昨日、お母さんに聞いた情報によると、一年前に改修工事が行われて、古い映画館から新しい大きな映画館が出来たんだとか。

そこでは、最新の映画が上映されるようになり、若い人の遊び場としてテレビに取り上げられてから、遠方からも人が集まりだして、県内有数のスポットになったらしい。

そんな話題のショッピングモールに入ると、案の定大変な人混みで、見ているだけで気持ち悪くなってくる。

とりあえず、エスカレーターで三階に上がり、椅子の置いてある隅っこのスペースに逃げ込んだ。

「フウーーッ」

勢いよく下に向けて息を吐き、落ち着いたところでスマホを開き時間を見る。

「あと、20分」

僕は基本的に、待ち合わせをした時は20分前には来ている。
そこの近くで、適当に座れるところを見つけて、時間を潰してから3分前に待ち合わせ場所に行くのが僕のルーティーン。

今回もそうしたいんだが、女の子が相手の時は先に行って待ってた方がいいんだろうな...

重い腰を上げ、映画館へ向かおうとするが、辺りを見渡しても映画館はどこにも見当たらない。
昔、入り口だった場所には、今は靴屋さんが営業していた。

さっきまで余裕があった気持ちが、一瞬にして切羽詰まってきた。

「どうしよう、どうしよう...あっ!」

そういえば、一階にインフォメーションがあったな。

急いでエスカレーターに乗り込もうとすると、僕の視界の脇に大きな屋内地図が飛び込んできた。

慌てて体に急ブレーキをかける。

落ち着いて考えてみると、大体のショッピングモールには、エスカレーターの近くに屋内地図があったな。

何をこんなに緊張しているんだろう。

地図を見ると、入り口が靴屋の向かい側にあると記載されていた。

僕は、映画館の入り口が向かい側に移動したぐらいで、こんなに慌てていたのか。

自分が情けなくなって、少しテンションが下がりながら、映画館の入り口に向かう。

入り口の前には、ちらほらと若い人がいたが、花火さんは見当たらない。

イヤホンをして、音楽を聴き緊張を紛らわせながら花火さんを待った。

「おはよう...」

花火さんは、昨日に引き続き、不機嫌そうな声で挨拶をした。

でも、いつもよりオシャレをしているので、そこまで嫌では無いのかも。

「おはようございます。えっと...」

「何?」

「いえ、何でもないです」

こんな時に「可愛い洋服ですね」とか言えたらいいのだけど、僕には難しいな。

「そう。じゃあ、行きましょ」

「はい...」

僕は、そそくさと早歩きで先に行ってしまった花火さんの後について行った。
すると、花火さんの足はポップコーン売り場で止まった。

「何か買いますか?」

「うん。猫街のポップコーンを買うの。君は?」

電光掲示板を見ると、アニメのキャラクターの猫がデザインされたポップコーンだった。

『猫が歩く街並み』とはアニメの事だったのか。
でも、キャラクターのポップコーンを買うのは恥ずかしいな。

「じゃあ、僕は普通のポップコーンで」

「えっ、せっかくなら猫街のを買おうよ」

さっきまで不機嫌だった花火さんが楽しそうにしているので、ここは水を差さない方がいいだろう。

「そうですね、わかりました。じゃあ猫街ので」

「じゃあ、君は青で私はピンクね。それで、後でカップだけ頂戴ね」

「えっ、あ、はい」

そうゆう事か。
たしかにこのプラスチックのカップは、あとで使えそうなので、お土産にするには最適だろう。

それにしても二つ欲しいなんて、この映画がそんなに好きなのかな。
あっ、もしかしたら、海歌さんへのお土産なのかもしれない。

お会計を済ませ、二人でポップコーンを片手に映画館の入り口で券を渡して、7番スクリーンに向かった。

映画など3年ぶりぐらいなので、この独特の静けさが嫌な感覚を思い出させた。

二月の中旬の嫌に寒い日。
僕は、とある高校を受験する為に学校に向かっていた。
そこは、成績的には滑り止めと言ってもいいランクの高校だった。
でも、その頃には完全に不登校になっていて、3ヶ月ぶりの外出。

受験会場の教室に入ると、何故か座る気がしなくてトイレで試験まで時間を潰しスタートの5分前に席に着いた。
すると、試験前のプリントを配る静かな教室で、僕の耳にだけ物凄い大音量の雑音が聞こえた。

でも、試験を受けなければ受けなければ。
そう、思えば思うほど手の震えが次第に大きくなり、自分の名前すら書けなくなった。

その震えは次第に体全体に伝わり、椅子に座ってられない状態になった。

...僕は試験中に教室を飛び出した。

家に帰ると、自然と震えは収まったが、恐怖だけは心に残り、翌日の試験も、翌々日の試験も行く事が出来なかった。

唯一、西海高校だけが保健室受験を許してくれて、なんとか合格を果たす事が出来た。

でも、入学をしてからも僕はその恐怖から抜け出せず教室に入る事が出来なかった。
そして、また不登校になった。

そんな事を思い出した僕は、入り口から一歩も動けなくなった。

「どうしたの?そんなに汗をかいて」

花火さんは、心配そうに僕の顔を見る。

「いえ...なんでもないです」

僕は、「ここは映画館だ」と何度も心の中で唱え少しずつ歩き出した。

すると、花火さんは一番上の右端の席で止まった。

「この席なの?」

「そうみたいですね」

後ろに人がいない席で、しかも端っこ。
僕がいつも陣取る席だったのは、偶然かそれとも海歌さんの計らいか。

花火さんは、嫌そうだけど僕は心の中で大いに喜んだ。

「まぁ、いいや。貰ったチケットだから贅沢は言えないね」

そう言って花火さんは端から2番目の席に座った。

「あの、僕の席はどこですか?」

「ん、一番端っこだよ」

「隣ですか?」

「当たり前じゃん。カップルチケットなんだなから」

「そういえば、そうでした」

花火さんは呆れたようで、ため息をつきポップコーンを一口。
僕は、なるべく花火さんに肌が触れないように右の壁にぴったり体をくっ付けて席に着いた。

席に着いた頃には、何故か映画館への恐怖心は無くなり、隣に座る花火さんの事ばかりを気にしていた。
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