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第四章 願望

43 夢中で

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 「早く映画が始まらないかな」

祈るようにそう呟いた。
すると花火さんは、僕の腕をトントンと突いて小さな声で話しかけてきた。

「ねぇねぇ。猫街って、音楽も良いんだって。結構、話題になってた」

腕をいきなり触られて、心臓がキューッと縮こまった僕は、なんとか平静を装って言葉を返す。

「そうなんですか。詳しいんですね」

「うん。私、この作者の他の映画好きなの。だから、けっこう調べたんだ」

「どんな作品を書いている人なんですか?」

「そうだなー。あれは、知っているんじゃない?『僕に嘘をつくその日まで』」

「あっ、知ってますそれ!友達の間で流行ってました。確か3年前ぐらいに映画化されましたよね」

その時期は、僕が学校に普通に通えていた最後の頃。
友達に誘われていたけど、結局行かなかったんだよな。

「私、その映画を見て『僕嘘』に出てくる制服に似ているから、西海高校選んだの」

「そうなんですか...」

すると、急に映画館の照明が暗くなり、スクリーンに上映時の注意映像が映し出された。

僕達は会話を打ち切り、スクリーンを見つめた。

やっと映画が始まった。

最初は正直あまり興味が無かったのだが、見始めると凄く面白い。

野良猫のように一人で生きてきた主人公の広正が、家猫のように人懐っこいヒロインの沙夜と恋をするという内容。

主人公の友達になる闘犬のようなヤンキーの俊朗。
恋のライバルになる、忠犬みたいなヒロインの幼馴染である賢人。

などの、動物をモチーフにした登場人物達のクラスで起こる、高校生らしい甘酸っぱい恋の物語。

ラストシーンに出てくる、田んぼ道を大人になった二人が、手を繋ぎ犬を二匹連れて歩くシーンでは涙が出てしまった。

エンドロールも終わり、照明がついた。
集中しすぎて全く見ていなかった花火さんの方を見ると、目をウルウルさせて前屈みのまま固まっていた。

「花火さん。終わりましたよ」

「うん、終わっちゃった。面白かった?」

「はい、物凄く!」

「私も!」

僕達は、興奮覚めやらぬまま全く手をつけていないポップコーンを片手に、7番スクリーンを出た。

受け付けを出たところで、僕はさっきの約束を思い出し、前を歩く花火さんを呼び止めた。

「あの、花火さん。ポップコーンのカップどうぞ」

「そうだった。でも、君もこの映画気に入ったみたいだから自分で持ってなよ」

「ありがとうございます。あ、そうだ!チケット貰ったんですから、海歌さんにお土産買いに行きませんか?」

「いや、いい」

花火さんは素っ気なく僕の提案を断った。

「そうですか。じゃあ僕は少し買ってきますね」

「だから、いいってば!」

「あっ、はい」

いきなり、どうしたんだろう。
まあ、花火さんが嫌なら海歌さんへのお土産は、またの機会にするか。

「じゃあ、帰ろう」

「はい」と言いかけたところで、ふと本来の目的を思い出した。
僕は、花火さんを説得するために今日来たのに、映画を観ただけで帰る訳にはいかない。

「あの、どっかで映画の話でもしませんか?」

こんな大通りで、説得するのは気が引けたので、映画を口実に誘ってみることにした。

「えっ、まぁいいよ。でも、そんなにこの映画気に入ったの?」

「はい。せっかく映画見たのに、このまま帰るのはどうかと思って」

「うん、そうだね。じゃあどこに行く?」

「えっと、じゃあライオンでどうですか?」

「あの喫茶店?ま、いっか。家の近くまで帰ってからの方が帰りが楽だね」

「じゃあ、行きましょうか」

バスに乗り徒歩も合わせて15分ぐらいで、喫茶ライオンへ着いた。

「チーーン!」

花火さんの後に続いて店内に入ると、扉から前回とは違う音が響いた。
そういえば、前回来た時も違う音だったな。

「鈴、変えたんですね」

厨房から出てきた店長さんに向かって何気なく聞くと、恥ずかしそうに笑いながら手を頭の後ろに回した。

「いや~、趣味がコロコロ変わりやすくてね。半年前と比べると、あちこち変わっちゃってるんだ」

「あっ、ホントだ。メニュー立ても変わってますね」

「アハハハ。常連さんには一貫性がないってよく怒られるんだけど、やめられなくてね」

「そうなんですか。でも、前のより良いと思います」

「そうかな、ありがとう。メニューも少し変わっているから見てみてね」

「はい」

僕は、先に席に着いた花火さんの向かい側に座った。

早速メニューを手に取り、何が変わったのか見てみることにした。

「仲良いんだね。あの人と」

「えっ、そうですか?」

「だって、あんなに楽しそうに話してたじゃん」

「それは、多分お客さんだから愛想よくしてくれているんだと思いますよ」

「君って、ネガティブだね」

ネガティブ?
でも、もし店長さんに街で会っても話しかけてはくれないだろう。
その程度の関係で、仲が良いとは言えないと思う。

いや、もしかして...

「ネガティブなんですかね?」

「うん。凄く」

「そうなんだ...」

初めて自分がネガティブという事を認識した。
以前から、前向きな性格では無いと思っていたがネガティブだったとは...

僕が落ち込んでいると、花火さんはお構い無しに映画の話を始めた。

「それで君は、どのシーンが一番よかった?」

「えっと...やっぱり一番はラストシーンかと」

「私も!あの手を繋ぐシーンは最高だった。それと、あの犬の意味は理解できた?」

「はい!広正が、賢人の飼っていた犬を連れて歩くって事は、約束を守って賢人に認められたって事ですよね」

「やっぱりそうだよね!ラストシーンの間がどうだったのか気になるよね」

「確かに、気になります!」

この後も、二人で子供のように夢中で映画の感想を話し続け、僕がネタが尽きかけても、花火さんは話し足りないようで一方的に喋り続けた。
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