Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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願わくは

1.

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ここまでのあらすじ
 
 斜め上に夢見るフツーの(当人基準:色々と拗らせちゃってる)女子大生 高遠千晶が不遜なボンボン 藤堂慎一郎に捕まって、1年だけだからといって絆されなんだかんだで楽しく過ごし、綺麗に切れたのに3年後またうっかり流されちゃった。
 学習能力ないなーでも今度こそきれいさっぱり終わった、はず。
 ところが、思わぬ時限装置が発動してしまった。偶発か、故意か、千晶は何も考えていないのか、いるのか、全てをあいまいにまぜこんだまま進んでゆく。当然彼女の取った選択はその周囲にも影響を与えていく。彼らの決意と覚悟も全て独りよがりで空回りするのか、はたまた――。 


***


「♪まーるいみどりのやっまのてせーん」
「♪しかくいみかんのちゅうおぉせーん」

 上り坂、左右の子供が真ん中の女の手を引く。駅を出て数分、繁華街の喧噪が嘘のような住宅街。時刻は昼前、9月の太陽はじわじわとアスファルトに陽炎を立ち昇らせる。それでも時折肌を掠める風は軽く、確かに秋の気配を感じさせる。

「♪ふっしぎなふっしぎなおしょくじけーん」
「おっしょくじけーん」
「♪たーかくそびえるこがねいろっ」
「こっがねいろー」
 フラットカラーのワンピース女児が無邪気に空いたほうの手をふりかざし、セーラーカラーの男児の片手は大事そうに紙袋をかかえている。 

「わるよのう、さ、次を右だよ」
 


 202X年9月17日 大安吉日

 何の偶然か一日違いで、今日は慎一郎の、明日は千晶の誕生日だ。

「…帰ってもいいかな」
「だめ」

 千晶が目の前の光景を見つめたまま尋ねれば、否定の声が聞こえた。相変わらず何の感情も篭らない口調。今日は子供達が慎一郎と『たまには外でご飯』を食べる約束をした、明日は実家に遊びにいく予定だった。久しぶりの連休に人に作ってもらうご飯、とケーキ。楽しみにしていたって罰はあたらない。

 外でご飯、間違ってはいない。よく刈り込まれた芝生の中庭にセッティングされたテーブルには生花とカトラリーにグラス類。オーニングテントにはバーカウンターやオードブルが見て取れる。

「お茶ならもう頂いたから」
「せっかく来たんだからご飯も食べていってよ、みんなも集まってくれてるんだから」

「みんな? もうお誕生会はいいんじゃなかった? ぼっちゃま」
「たまには集まるのもいいでしょ」

 お誕生会は20歳まで、ホームパーリーを主催していたのも大学時代まで、帰国してからは呼ばれて参加するだけ、そう千晶は聞いていた。誕生会と葬式は当人のものではなく周囲のためだと吐き捨ていたのも覚えている。

 それにしては衣装がオカシイ。
 慎一郎のフロックコートはまだいい、シルバーのアスコットタイを赤いボウタイに替え、コーンハットをかぶせれば。
 なぜか千晶までクラッシックな白いドレスとヘアメイクはそこそこに帽子と手袋で仕上げられて、

「ここは個人のお宅なのかな?」
「藤堂さんち、ほとんど留守にしてるけどね」
 
 ――慎一郎の生家の二階の一室から庭を眺めている。

 東京都××区、都内某所ということにしておこう。父親は滅多に帰らないし、祖父母は普段郊外の別宅に居る、慎一郎もガレージ付きのマンションに根を張っている、――そんな情報はどうでもいい。
 千晶は住所を地図検索したことも無かった。ちらっと聞いたときに大学は自宅から通学したほうが近かっただろうと突っ込んだだけだ。
 歩く人もいない街並みに隠れ家的レストランを期待した1時間前の自分を呪うしかない。
 藤堂さんちを正門から入れば、木漏れ日の庭園の石畳が続いた先に、噴水が涼を添えていたのを見ただろう。その先の車寄せのある一見地味だが職人の技術が光る昭和の和洋折衷な邸宅が慎一郎の生まれた家である。
 ここまで電車と徒歩で、子供に手を引かれくだらない代え歌を歌いながら入ってきたのは正面ではなく別の通用口だった。「お召替えを」と言われて(皺にならず動きやすい)ニットワンピースにリュックサックはカジュアル過ぎたかと反省したのだが。

「こういうの一番やっちゃいけないやつだから」
「知ってる、

 千晶が空を見上げれば、青い空に綿飴のような雲。9月は台風シーズン、お天道様までこの男の味方なのか。

「サプライズは自己満足の極みってどの口が言ったんだっけ?」
「あの頃の俺はわかったつもりのガキだったよ」

 人生は楽しまなくちゃね、南極雪上車レースよりましだろ? と口角を上げた顔は実に満足そうだ。千晶はデコルテから袖の総レース地の模様で日焼けはしたくないな、と現実(に)逃避中。

「私よく生きてられるわよね」
「それはサスペンス小説の読み過ぎだよ、選民意識と排他性はがっつり生きてるけどね」

 慎一郎がオトモダチ一家を度々訪ねていることは把握しているだろうに、何も求められないことに戸惑っているのか完全無視を決め込んだのか、藤堂の家から接触は一度も無かった。時々慎一郎の秘書もくっついてきたが、黒子的な対応に終始していた。
 目の前に金を積まれたり、何か恫喝してきたら慎一郎を逆に訴える覚悟もあったのに。千晶の切り札を分かっていたのだろうか、ドラマみたいなことは起きなかった。千晶もオトモダチの身内と子供らの交流を制限しなかった。
 
「何かあるとすればうちじゃなくて余所の手の者だよ」
「それは笑えないね」

 子供たちにも手が掛からなくなってきた、食べるくらいの仕事はある、このままならなんとかやっていけそう、そしていつか奥多摩にねこねこ帝国を、そんなことを思い描き始めた今になって――。

「どうしてこんなことになってるの」
「僕ちゃん頑張ったから、ね」

 頑張る方向が違う、千晶は声の主の顔を死んだ魚の目で見る。今日は7.5センチヒールで少し目線が近い。
 
「ふふっ、二人に泥船だけれどいいかって聞いんだ。そうしたらボートで迎えに来てくれるって、そして新しい船をつくるからってさ」

 その二人の姿は見当たらない、逃げ足の速さはチーター並み。

「……あんの二枚舌のラスカル共、あなたもそんな口車に乗るなんて」
「いいコ達だよね、自力で泳いで帰れって誰かさんより」

 慎一郎が渡米して学んだことは、変化を嫌う保守的な日本でまだ箔付けにしかならなかった。
 だからといって甘言につられるとは慎一郎らしくない、某健康飲料のように手に手をとって危機一髪を乗り超えるセイリングな絵面を浮かべているならそれは間違いだ。
 千晶にはボートを安全地帯から遠隔で操るクソガ…天真爛漫を装った怖いもの無しな男女二人組の姿が目に浮かぶ。
 
「私まで乗せてくれなくてもいいのに」
「ん、アキは浜辺でビール片手に眺めていて。ただ、砂地は崩れやすいから、足元に気を付けてね」

「……(なにその泥船か蟻地獄かの二択は)」
「あの二人には退屈しないよね」

 この前は会社に忍びこんで俺のPC勝手に解除して地雷ゲームを残り二択に、爺さんちの枯山水で曼荼羅を、と千晶も知らない彼らを慎一郎は楽しそうに語る。千晶は頭を抱えてながーいため息をひとつ。


 そこへ、ドアがノックされ。

「慎一郎さま、準備が整いました」
「ああ、――彼は三井田。この家のことは彼に聞くといい」
「万事仰せつかっております、何なりとお任せください」 
 
 慎一郎より一回り上らしい男性は、短く刈り込んだ頭に鋭いまなざし。中背で紺のスーツの下の肉体は鍛え上げられているのがわかる。

(執事?って燕尾服じゃないのかしら。お手伝いさん?もポロシャツだし、フリフリのメイド服はどこ?)

 よろしくお願いします、というのもおかしな気がして千晶はかるく会釈をするだけに留めた。そして『何なりと』の言葉に甘えて、代わりにドレスを着て欲しいとお願いをしてみたが、却下。

「じゃ、このドレスに合うサイズのさんを買ってきてもらえます? ビニールでもシリコンでも、大至急で」
「……」

 少し肩を震わせた男に慎一郎は首を振る。

「ほら、いくよ」 
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