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18.腐敗の現場
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「ほ、本当にあったんだ……」
「恐らく正しい方法で開けることもできたでしょうが、面倒なので手早く済ませることにしました」
「…………」
壁、溶かしちゃったよ。
まあいいか。自分にそう言い聞かせて、先に階段を下りていくレイスを私も追いかける。
それにしても、ここまで来たのに今更になって空腹感が襲ってきた。空気読めよと自分の胃を叱りつけたくなったが、私は悪くない。香ばしい肉の匂いが私の食欲を刺激するのが悪い。
「……肉?」
肉だけではない。様々な料理の匂い、それからリグレットになってからは久しく嗅いでいない、ワインの香りも漂ってくる。それは下に向かうにつれて、濃度を増していく。
「しっかし、公爵の犬どもも馬鹿な連中だよ。ろくに調べもしないで閉院を決めちまうなんてね」
聞き覚えのある声がした。アデーレのものだ。だが、普段の上品な口調とは違い、田舎のおばちゃん感がある。ただ違和感はなく、こちらが本当の姿なのだなとすんなり思うことができた。
声は他にも聞こえてくる。
「仕方ないですよ~。彼らにとっては、こんなところどうでもいいんですから」
「そうそう。軽い罪を犯した貴族の女たちの居場所というだけで、神も信仰も重要視していないんです」
「でもアデーレ様が閉院するって言い出した時は驚きましたよ。せっかくの安住の地を手放すなんて、何を考えているのかと……」
「本当は私だって、もっとここでの生活を楽しんでいたかったさ。山ほどある金で好きなだけ飲み食いして男を買って、ストレスが溜まった時は小娘どもを痛めつけて発散してね。だけど、小娘どもの一部で噂が広がっちまった。奴らの一人がここから脱走して、まともに調べそうな奴に余計なことを吹き込んだら厄介だ。だからその前に、遠くの娼館に押し込んじまえばいい」
そのまともに調べそうな人に、閉院の本当の理由を思い切り聞かれているのだが。
階段を下り切ると、数メートルの通路の先にドアがある。少しだけ開かれたそこからは、部屋の光と食べ物の匂い、そして下品な笑い声が漏れていた。
何だこの状況。ドラマとかアニメで観たようなワンシーン感がすごい。うちの田舎にも性格に難ありな婆さんは何人もいたけれど、ここまで絵に描いたような悪属性はいなかった。
ある種の感動すら覚えていると、
「それにしても、この娘には驚かされましたねぇ。まさか隠し通路を自力で見つけるなんて」
「単身乗り込んだのは馬鹿だけどね。せめてあのリグレットとかいう新人も連れていれば、逃げられたかもしれないのに」
「これだけでも先に娼館に送っておきますか?」
「だね。……ん? 何物欲しそうな顔をしてんだい? ふん、いいよ。眠らせているから、いい反応は見せないだろうが──」
アデーレの言葉を遮るように、私は思い切りドアを開いた。
そう広くない室内には、アデーレを始めとしたおばちゃん修道女が大集合していた。これは想像通り。
黄金のテーブルの上には、普段私たちは決して食べられないようなご馳走が並べられていて、棚にも高そうなワインボトルが何本も整列している。これも想像通り。
だけど眠っているメロディに、見知らぬ男が覆い被さっている光景を見て、怒りのメーターが一瞬で頂点に達した。
「オラァ!!」
私は男の顔面に飛び蹴りを叩き込んだ。
「恐らく正しい方法で開けることもできたでしょうが、面倒なので手早く済ませることにしました」
「…………」
壁、溶かしちゃったよ。
まあいいか。自分にそう言い聞かせて、先に階段を下りていくレイスを私も追いかける。
それにしても、ここまで来たのに今更になって空腹感が襲ってきた。空気読めよと自分の胃を叱りつけたくなったが、私は悪くない。香ばしい肉の匂いが私の食欲を刺激するのが悪い。
「……肉?」
肉だけではない。様々な料理の匂い、それからリグレットになってからは久しく嗅いでいない、ワインの香りも漂ってくる。それは下に向かうにつれて、濃度を増していく。
「しっかし、公爵の犬どもも馬鹿な連中だよ。ろくに調べもしないで閉院を決めちまうなんてね」
聞き覚えのある声がした。アデーレのものだ。だが、普段の上品な口調とは違い、田舎のおばちゃん感がある。ただ違和感はなく、こちらが本当の姿なのだなとすんなり思うことができた。
声は他にも聞こえてくる。
「仕方ないですよ~。彼らにとっては、こんなところどうでもいいんですから」
「そうそう。軽い罪を犯した貴族の女たちの居場所というだけで、神も信仰も重要視していないんです」
「でもアデーレ様が閉院するって言い出した時は驚きましたよ。せっかくの安住の地を手放すなんて、何を考えているのかと……」
「本当は私だって、もっとここでの生活を楽しんでいたかったさ。山ほどある金で好きなだけ飲み食いして男を買って、ストレスが溜まった時は小娘どもを痛めつけて発散してね。だけど、小娘どもの一部で噂が広がっちまった。奴らの一人がここから脱走して、まともに調べそうな奴に余計なことを吹き込んだら厄介だ。だからその前に、遠くの娼館に押し込んじまえばいい」
そのまともに調べそうな人に、閉院の本当の理由を思い切り聞かれているのだが。
階段を下り切ると、数メートルの通路の先にドアがある。少しだけ開かれたそこからは、部屋の光と食べ物の匂い、そして下品な笑い声が漏れていた。
何だこの状況。ドラマとかアニメで観たようなワンシーン感がすごい。うちの田舎にも性格に難ありな婆さんは何人もいたけれど、ここまで絵に描いたような悪属性はいなかった。
ある種の感動すら覚えていると、
「それにしても、この娘には驚かされましたねぇ。まさか隠し通路を自力で見つけるなんて」
「単身乗り込んだのは馬鹿だけどね。せめてあのリグレットとかいう新人も連れていれば、逃げられたかもしれないのに」
「これだけでも先に娼館に送っておきますか?」
「だね。……ん? 何物欲しそうな顔をしてんだい? ふん、いいよ。眠らせているから、いい反応は見せないだろうが──」
アデーレの言葉を遮るように、私は思い切りドアを開いた。
そう広くない室内には、アデーレを始めとしたおばちゃん修道女が大集合していた。これは想像通り。
黄金のテーブルの上には、普段私たちは決して食べられないようなご馳走が並べられていて、棚にも高そうなワインボトルが何本も整列している。これも想像通り。
だけど眠っているメロディに、見知らぬ男が覆い被さっている光景を見て、怒りのメーターが一瞬で頂点に達した。
「オラァ!!」
私は男の顔面に飛び蹴りを叩き込んだ。
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