愛は全てを解決しない

火野村志紀

文字の大きさ
1 / 17

1.決行日

しおりを挟む
 五歳になる愛娘への誕生日プレゼントは、赤い石をあしらったバレッタだった。ルビーでなければガーネットでもない。安物の人工宝石だが、これでも今の我が家にとっては高すぎる買い物だった。

「おとうさま、おかあさま、ありがとうございますっ!」

 ふっくらした頬を赤らめながら、頭を下げる我が子。この子にとっては、宝石の価値などどうでもいいのだろう。爛々と輝く瞳で手のひらのバレッタを見詰めている。

「こちらにいらっしゃい。着けてあげるわ」
「はーいっ」

 妻が娘の髪を優しくかす。私はその光景を見ながら、不味いワインを飲んでいた。バレッタあんなものを買う金があれば、もう少し上質なものを仕入れられたかもしれないのに。そう思ってしまう私は、父親として最低だった。

 本当は誕生パーティーなど開くつもりはなかった。この家に無駄金を使う余裕などない。だが、妻や使用人がこの日のために費用を捻出していたと知り、複雑な気持ちになった。

「ふふ。とっても似合ってるわよ」
「ほんと? ……じゃなくて、ほんとうですか?」
「今日くらいは普通にお話してもいいわ」
「……うん! みてみて、おとうさま!」

 母譲りのキャラメルブロンドを後ろで束ねた娘が、こちらへ駆け寄ってくる。

「可愛いよ、セレナ」
「ふへへっ、ありがとう!」

 心にもないことを言うと、娘は頬に両手を当てて恥じらっていた。
 だが今の私に娘を愛でる余裕はない。

 今夜、私はこの家を出て行く。そして他国で第二の人生を歩むつもりだ。
 そのパートナーとなる女性は、大手商会の愛娘だった。夜会で偶然出会い、意気投合して恋に落ちた。

 私の素性を明かすと、彼女は同情して寄り添ってくれた。
 没落寸前の男爵家を継ぐことになり、心身が疲弊していた私にとって女神のような存在だった。生まれて初めて燃えるような恋をした。焼け付くような愛に目覚めた。
 妻も愛してはいるが、親同士が決めた結婚相手だ。恋愛感情というより親愛に近かった。

 そして私をこの家から、この国から連れ出すと約束してくれた。
 私は悩みに悩んで、彼女の手を取る決意をした。献身的な妻とまだ幼い娘、それと今もこの家に仕えてくれる使用人たちを見捨てるのは心苦しい。だがそれ以上に、楽になりたい気持ちが勝ったのだ。


 後先を考えることなく私はあらゆるものを捨て去り、愛へと逃げた。
 それが、取り返しのつかない事態を引き起こすとは気付かずに……
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

いくら時が戻っても

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
大切な書類を忘れ家に取りに帰ったセディク。 庭では妻フェリシアが友人二人とお茶会をしていた。 思ってもいなかった妻の言葉を聞いた時、セディクは――― 短編予定。 救いなし予定。 ひたすらムカつくかもしれません。 嫌いな方は避けてください。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

処理中です...