愛は全てを解決しない

火野村志紀

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2.十年後

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 十年後のある日、私は悪夢で飛び起きた。

「まあ。どうしたの、セザール?」

 隣で眠っていた妻が目を擦りながら声をかけてきた。

「ああ。少し喉が渇いてしまってね……」

 そう誤魔化して、テーブルに置かれていた水差しを手に取る。空のグラスに注いで一気に呷ると、干からびていた喉が潤いを取り戻す。

 妻子や使用人が痩せ細り飢える夢だった。
 恨めしそうな目でこちらを睨み付けてくるのだ。
 やめてくれ。私は悪くない。そう叫んでいるうちに、いつの間にか夢から覚めた。

 その以来、私は物思いに耽るようになった。

「今月の売上もまずまずだな。来月もこの調子でいけそうだ」
「…………」
「……どうしたのだね?」
「あ、いえ……申し訳ありません」
「顔色が悪いな。休息は十分に摂っているのか?」
「はい、もちろん」

 義父の問いかけに、ぎこちなく笑って答えた。
 現在私は、ルシマール商会で会長の補佐に就いている。ミシェル・ルシマール。会長の愛娘である彼女と結ばれ、豊かな生活を手に入れたのだ。

 会長は当初、隣国から着の身着のままで逃げてきた私に不快感を示していたが、結局は結婚を許した。子煩悩でよかったと思う。
 そして私は商才に恵まれていたのだろう。下っ端として働き始め、みるみるうちに頭角を現していった。

 家庭面も充実している。結婚直後に産まれた娘は、妻によく似て愛らしい顔立ちだ。
 何もかもが順風満帆な人生だ。しかし、先日見た悪夢が忘れられずにいる。

 あの後、男爵家はどうなったのだろう。
 兄が屋敷に戻り、家督を継いでくれたらよいのだが……いや、それはないか。
 当主の座欲しさに、私が奴を一族から追い出したのだ。
 それに戻ってきたからと言って、どうとでもなるわけでもない。

 妻と娘は……リディアとセレナは私を恨んでいるだろうか。
 使用人たちは今も屋敷に残っているだろうか。
 
 ……謝りたい。そして彼らの笑顔を見れば、この心のしこりも溶けていくような気がする。
 謝罪しただけで、許されるとは思っていない。
 誠意を見せる必要がある。




 数日後、私はかつての故郷に舞い戻った。
 鞄の中には大量の書類を忍ばせてある。デセルバート男爵家に、ルシマール商会と契約を結ばせるのだ。そうすれば短期間ではあるが、助成金を出すことも出来る。
 こんなことぐらいしか出来ないが、きっとリディアたちの助けになるはずだ。

 セレナは今年で十五歳となる。娘の成長をこの目で確かめたい。期待で胸を膨らませ、かつての生家へと急ぐ。
 だが、

「……え?」

 鞄が手から滑り落ちる。全身の血が凍り付いたような、嫌な感覚。

 私がかつて暮らしていた屋敷は取り壊され、何もない更地となっていた。
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