愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀

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 リュカが王位継承権を剥奪されるどころか、王子という立場すらも失ったと知らされたのは試験の前日だった。
 何でもマチルド嬢と夜の職員室に忍び込んで、試験の問題を覗き見しようとしたらしい。
 問題用紙は全て魔法で施錠された金庫にしまわれている。
 それを抉じ開けようとしているところを、巡回中の兵士たちに発見されてしまった。

 更にあろうことか、彼らに魔法を放って逃亡を図った。
 結局捕らえられたリュカの髪が一部分焦げていたのは、自らが放った魔法が暴発したせいだとか。


 別に、王妃が出した条件を達成できなかったとしても、王子のままではいられたのだ。
 しかし不正を働こうとし、逃走が目的とはいえ人に魔法を使ったのである。
 その夜のうちに、リュカは廃嫡を言い渡されて二度と王宮に戻れなくなった。

 平民に落とされることはなく、一代限りの爵位を授かり、リュカはこれからの人生を貴族として過ごすことが決定した。
 王太子とは思えぬ愚行の代償としては甘すぎる、と批判が続出したものの、高い地位を有していた者がそれを奪われた時の絶望はあまりにも大きい。
 現在リュカは廃人のように成り果て、与えられた小さな屋敷に引きこもっているという。




(まあ、こうなるとは思っていたけれど)

 文官からリュカの顛末を聞き終えた後、ブリュエットは明日の講習の準備を始めた。
 実のところ、リュカのことはエーヴの件の前から見限っていたのだ。

 生まれもって王位継承権を有しているという驕りのせいか、リュカは自らの非や劣を認めようとしない傾向があった。
 また強い選民意識を持っており、そのせいで家庭教師をいくら雇っても長続きしなかった。
 見かねた国王や王妃に叱責されると、少しの間だけ大人しくなるものの、すぐに元に戻る。
 そしていつからか、ブリュエットがリュカの婚約者だけではなく家庭教師も兼任するようになった。

 ブリュエットはそれでいいと思っていたのだ。
 いつかは王太子としての自覚を持ってくれると信じていたから。



 だが、彼が娼婦たちと共に宴会を開いた時に全てを諦めた。
「心の狭い女だ」と、冷たい口調で吐き捨てられたのである。
 妃教育だけでなくリュカの面倒も見続け、自分の意思を犠牲にしてまで捧げてきたというのに。

 本当はリュカと穏やかな時間を過ごしかった。
 彼を叱責などしたくなかった。
 そんなブリュエットの思いをリュカはまるで理解しようとしなかった。


 なのでエーヴを正妃にすると言い出した時、ブリュエットは側妃を受け入れると言ったものの、後から辞退してリュカから離れるつもりだった。
 ブリュエットがいなくなれば、リュカはただの無能に成り下がる。
 そうなれば王位継承権も剥奪され、リュカとエーヴの両者にダメージを与えられると見込んで。

 しかし思わぬ事態が起こった。
 念願だった魔法学の講習を開いたところ、何とエーヴが受講したのである。
 どんな神経をしているのかと本気で驚いたものの、彼女は他の受講者の誰よりも真剣に話を聞き、魔法を使っていた。
 その姿に、彼女はただただ無垢で無知なだけだと確信した。
 空っぽなだけであれば、そこに注ぎ込み、満たしてやればいい。

 エーヴに教育を受けさせると、彼女は見事に開花した。
 精神的にも成長し、両陛下からも認められるようになっていく。
 彼女ならリュカを任せられるかもしれない、とブリュエットは考えた。
 リュカに溺愛されているエーヴであれば、正妃としてやっていけるだろう。


(……あの男は最後まで本質が変わらなかった)

 マチルドという令嬢に手を出していると聞き、甘い考えは捨てた。
 ジョエルを始めとする数少ない友人も自ら手放し、教師にも悪態をつく。
 自分の頭だけで判断しなければならない状況になれば、少しは成長するかと思いきや、あの男は変わろうとしなかった。
 エーヴは変われたというのに。

 リュカから王位継承権を剥奪すると言った王妃に、ブリュエットは最後に慈悲を与えて欲しいと、試験で結果を出せば、その件は保留にできないかと提案した。

「あなたも怖いことを考えますね」

 と王妃は扇で口元を隠しながら笑った。
 彼女も追い詰められたリュカが何をするのか、ある程度想像がついていたのだろう。
 出来の悪い息子が破滅することを待ち望む彼女の方が恐ろしい、と思った。





(これからはエーヴ嬢とも顔を合わせる機会が少なくなる)

 リュカの廃嫡により、エーヴは王族の血を引く公爵家に継ぐことが決まっている。
 短い期間で大きく成長した彼女の才能と懸命さに、子息が惚れ込んだのだ。
 あの妻の娘だからと、まともに育てることを諦めていたロレント男爵は、今まで済まなかったとエーヴに謝罪したらしい。

 エーヴもブリュエットに初めて出会った際の非礼を詫びた。
 自分にはそんな資格はないと、公爵家との結婚も断ろうとしていたが、ブリュエットは優しい言葉で説得して退路を断たせた。
 幸せな暮らしのなかで、かつての自分の愚かさと、一度は愛したリュカを見捨てた罪悪感に苦悩して生き続ければいい。
 それが彼女に対するささやかな復讐だった。
 

 そしてブリュエットは第二王子──つまり次の王太子の妻となる予定だ。
 王子がブリュエットを伴侶にしたいと、強く望んだのである。
「密かにあなたをお慕いしていた」とブリュエットに告げた少年は、王としての素質が充分にある。
 彼を愛し、支えていくことがこれからの役目だ。

(結局は正妃に戻ったのね)

 だが、その相手はリュカではない。
 寂しさも虚しさもなく、清々しているのが正直なところだ。
 もうあの男には、とっくの昔に愛想が尽きているのだから。

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みんなの感想(107件)

Ay
2025.10.22 Ay

ブリュエットの懐の大きさにただただ感心しました。自分なら到底満足できないであろう復讐の結末だったけど、人の本質を見抜いたり手を差し伸べられるそこも王妃の器なんだろうなぁと。とても面白かったです。

解除
votoms
2025.09.15 votoms

これは復讐ですらない。自分の行動に責任を負わせるのは当たり前

エーヴは教育も済んだし恩も売ってあるから
「裏切り懸念の薄い手駒」として侍女枠で手元に置くのもアリだったかも

解除
さごはちジュレ

今夜で5週目くらいですか

ブリュエットさまも王妃さまも痺れますが、エーブちゃんが一番好きです。
ようやっとアニメ化する某「ふつつかな悪女〜」の人気一位ヒロインちゃんみたいで。
でも育児放棄したエーブちゃん父は大っ嫌い!

解除

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