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アリシア
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「ち、父上がそんなことを言うわけがない! その遺言書は偽物だ……っ!」
ダミアンが弁護士を指差して叫ぶと、他の親族たちも口々に叫び始める。
「そうだ! 息子の妻、しかも側室を跡継ぎに指名するなんて聞いたことがない!」
「大体女に当主なんて務まるはずがないだろう!」
「ダミアンに家督を継がせるのに不安があるなら、私たちの中から選ぶことも出来たはずだ!」
「男爵家出身の女に……あいつは何を考えているんだ!」
実子であるダミアンならともかく、若い女性のアリシアに公爵家の全てを奪われるのは、我慢ならない。そんな不満がダダ漏れになっている。
目の色を変えて抗議する彼らに、弁護士が「落ち着いてください!」と自制を求める。
「遺言書に何が書かれていようと納得すると、開封の前に仰っていたではありませんか!」
「ふざけるな! こんな内容認められるわけがないだろう!」
ダミアンは弁護士から封筒を奪い取った。そしてすぐさま遺言書を確認してみる。他の男たちも、ダミアンの下へ集まる。
そこには、確かにラクール公爵の筆跡で先ほど弁護士が読み上げた通りの文章が綴られている。
それでも、ダミアンは納得しなかった。遺言書を真っ二つに引き裂こうとする。
「よせ、ダミアン!」
親族の一人が制止をかける。
「に、偽物だ! これは偽物なんだ! 破り捨てたって構わないだろう!」
「しかしそれは、確かに当主様の字で……」
「誰かが父上の字を似せて書いたに決まっている! アリシア、お前が仕組んだことだな!?」
ダミアンは、部屋の隅で涼しい顔をして佇むアリシアを睨み付けた。
「私は何もしておりません」
「嘘をつくな! このラクール公爵家を乗っ取るために、偽の遺言書を作成したのではないか!?」
「何故私がそのようなことをしなければならないのです?」
声を荒らげて追求するダミアンに、アリシアは凪いだ海のように静かな声で訊き返す。
余裕すら窺える態度に、ダミアンの怒りはさらに膨れ上がる。
「そんなの、僕への嫌がらせに決まっているだろう!」
「嫌がらせ?」
「お前を側室にしたことだ! あの時は僕の意思を尊重すると言っていたが、やはり根に持っていたんだ!」
「いいえ。あの言葉に嘘偽りはございません」
「ぐっ……」
図星を突いたはずが、さらりと切り返される。
だが、このままでは家督を奪われてしまう。他の親族たちも納得がいかない様子で、アリシアに言い募る。
その時だった。ずっと沈黙を続けていたラクール公爵夫人であるオデットが、窘めるような口調で彼らに呼びかけた。
「皆様、静粛に願います」
公爵がこの世を去った今、ラクール公爵家で最も発言力があるのはオデットだ。鶴の一声で、室内は一瞬にして静まり返る。
「し、しかし母上はよろしいのですか? この家の正当な血を引く僕ではなく、男爵家の女に家督を継がせるなど……父上が守ってきたラクール公爵家がどうなってもよろしいのですか?」
「いいわけがないでしょう」
「だったら……」
「ですから、私もアリシアさんが跡目を継ぐことに賛成いたします」
「は!?」
一番の味方だと思っていた人間に呆気なく裏切られ、ダミアンは目を白黒させる。
「用件は済んだのですから、皆様もそろそろお帰りください。いくら抗議したところで、遺言書の内容は変わりません」
冷ややかな声で促され、親族たちが退室していく。
「……どんな手を使って母上を懐柔したかは分からないが、当主の座は僕のものだ。絶対に返してもらう」
アリシアに捨て台詞を吐き、ダミアンも広間から退室する。
その足で向かったのは、もう一人の妻──正妻の自室にだった。
ダミアンが弁護士を指差して叫ぶと、他の親族たちも口々に叫び始める。
「そうだ! 息子の妻、しかも側室を跡継ぎに指名するなんて聞いたことがない!」
「大体女に当主なんて務まるはずがないだろう!」
「ダミアンに家督を継がせるのに不安があるなら、私たちの中から選ぶことも出来たはずだ!」
「男爵家出身の女に……あいつは何を考えているんだ!」
実子であるダミアンならともかく、若い女性のアリシアに公爵家の全てを奪われるのは、我慢ならない。そんな不満がダダ漏れになっている。
目の色を変えて抗議する彼らに、弁護士が「落ち着いてください!」と自制を求める。
「遺言書に何が書かれていようと納得すると、開封の前に仰っていたではありませんか!」
「ふざけるな! こんな内容認められるわけがないだろう!」
ダミアンは弁護士から封筒を奪い取った。そしてすぐさま遺言書を確認してみる。他の男たちも、ダミアンの下へ集まる。
そこには、確かにラクール公爵の筆跡で先ほど弁護士が読み上げた通りの文章が綴られている。
それでも、ダミアンは納得しなかった。遺言書を真っ二つに引き裂こうとする。
「よせ、ダミアン!」
親族の一人が制止をかける。
「に、偽物だ! これは偽物なんだ! 破り捨てたって構わないだろう!」
「しかしそれは、確かに当主様の字で……」
「誰かが父上の字を似せて書いたに決まっている! アリシア、お前が仕組んだことだな!?」
ダミアンは、部屋の隅で涼しい顔をして佇むアリシアを睨み付けた。
「私は何もしておりません」
「嘘をつくな! このラクール公爵家を乗っ取るために、偽の遺言書を作成したのではないか!?」
「何故私がそのようなことをしなければならないのです?」
声を荒らげて追求するダミアンに、アリシアは凪いだ海のように静かな声で訊き返す。
余裕すら窺える態度に、ダミアンの怒りはさらに膨れ上がる。
「そんなの、僕への嫌がらせに決まっているだろう!」
「嫌がらせ?」
「お前を側室にしたことだ! あの時は僕の意思を尊重すると言っていたが、やはり根に持っていたんだ!」
「いいえ。あの言葉に嘘偽りはございません」
「ぐっ……」
図星を突いたはずが、さらりと切り返される。
だが、このままでは家督を奪われてしまう。他の親族たちも納得がいかない様子で、アリシアに言い募る。
その時だった。ずっと沈黙を続けていたラクール公爵夫人であるオデットが、窘めるような口調で彼らに呼びかけた。
「皆様、静粛に願います」
公爵がこの世を去った今、ラクール公爵家で最も発言力があるのはオデットだ。鶴の一声で、室内は一瞬にして静まり返る。
「し、しかし母上はよろしいのですか? この家の正当な血を引く僕ではなく、男爵家の女に家督を継がせるなど……父上が守ってきたラクール公爵家がどうなってもよろしいのですか?」
「いいわけがないでしょう」
「だったら……」
「ですから、私もアリシアさんが跡目を継ぐことに賛成いたします」
「は!?」
一番の味方だと思っていた人間に呆気なく裏切られ、ダミアンは目を白黒させる。
「用件は済んだのですから、皆様もそろそろお帰りください。いくら抗議したところで、遺言書の内容は変わりません」
冷ややかな声で促され、親族たちが退室していく。
「……どんな手を使って母上を懐柔したかは分からないが、当主の座は僕のものだ。絶対に返してもらう」
アリシアに捨て台詞を吐き、ダミアンも広間から退室する。
その足で向かったのは、もう一人の妻──正妻の自室にだった。
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