私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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ポーラ

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 部屋の前で深呼吸して、ダミアンはドアをゆっくりと開けた。嗅ぎ慣れた香水の香りに混じって、菓子の甘ったるい香りが漏れ出る。

「おかえりなさい、ダミアン様っ」

 ポーラは椅子から立ち上がり、喜色を浮かべて夫へと駆け寄っていった。ダミアンはぎこちなく両手を広げ、彼女の体を抱き留める。

「た……ただいま、ポーラ」
「それで、何て書いてありましたの?」
「え?」
「お父様の遺言書ですわ! 親族の方々もみんな集まって、中身を読まれたのでしょう?」

 ダミアンはぎくりと体を強張らせた。
 そして数日前、母と交わした会話をふと思い出す。
 それは、遺言書を開封する際、ポーラを居間に近付けるなというものだった。



「ポーラを立ち会わせないつもりですか?」
「ええ。どうせ内容なんて理解出来ないでしょうから。あれこれと聞いてきて水を差されるくらいなら、初めからその場にいない方が、話もスムーズに進みます」
「そのような言い方をなさらなくても……」

 ポーラは大事に育てられた箱入り娘だ。故に政治や法律に関する知識は無知に近い。けれど、そういった貴族女性は少なくない。
 彼女たちは国を彩る大輪の花。美しく着飾り、優雅に振る舞い、跡継ぎを産むことが仕事のようなものだ。
 
「嫌だと言うなら、あなたの立ち入りも禁止します。二人で仲良くお茶でも飲んでいなさい」
「!?」

 何てことを言うんだ、この人は。
 身も蓋もない物言いに、ダミアンは言葉を失う。
 遺言書には後継者の名前が書かれている。その本人が居合わせていないというのは、恰好がつかない。

「……分かりました。ポーラには理由をつけて、自室にいてもらいます」

 妻には申し訳ないが、ここはオデットに従うしかなかった。

「お待ちなさい。まだ話は終わっていません」

 自分の部屋に戻ろうとすると呼び止められる。

「まだ何か?」
「アリシアは立ち会わせます。いいですね?」

 いいわけないだろう。ダミアンは即座に異議を唱えた。

「な、何故ですか」
「……少し考えれば分かることです」
「そんなの分かるわけがないでしょう。もっとはっきり仰ってください!」
「アリシアはポーラと違い、聡明な女性です。場の空気を乱すこともしないでしょう」
「…………」

 言外にポーラを貶された気がした。だが、それについては反論の余地がなかった。

「しかし、それならポーラの同伴も許可してください。アリシアだけなんて、正妻としての立場が……」
「認めません」
「母上!」

 どうしてそこまで意固地になるのか。何とか食い下がろうとするダミアンだったが、返ってきたのは実の親とは思えない冷たい言葉だった。

「私は今まで、あなたのわがままを大目に見てきました。ですがこれからは、そういうわけにもいきません。たとえ何があろうと、親として庇い立てするつもりはありません」


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