3 / 30
ポーラ
しおりを挟む
部屋の前で深呼吸して、ダミアンはドアをゆっくりと開けた。嗅ぎ慣れた香水の香りに混じって、菓子の甘ったるい香りが漏れ出る。
「おかえりなさい、ダミアン様っ」
ポーラは椅子から立ち上がり、喜色を浮かべて夫へと駆け寄っていった。ダミアンはぎこちなく両手を広げ、彼女の体を抱き留める。
「た……ただいま、ポーラ」
「それで、何て書いてありましたの?」
「え?」
「お父様の遺言書ですわ! 親族の方々もみんな集まって、中身を読まれたのでしょう?」
ダミアンはぎくりと体を強張らせた。
そして数日前、母と交わした会話をふと思い出す。
それは、遺言書を開封する際、ポーラを居間に近付けるなというものだった。
「ポーラを立ち会わせないつもりですか?」
「ええ。どうせ内容なんて理解出来ないでしょうから。あれこれと聞いてきて水を差されるくらいなら、初めからその場にいない方が、話もスムーズに進みます」
「そのような言い方をなさらなくても……」
ポーラは大事に育てられた箱入り娘だ。故に政治や法律に関する知識は無知に近い。けれど、そういった貴族女性は少なくない。
彼女たちは国を彩る大輪の花。美しく着飾り、優雅に振る舞い、跡継ぎを産むことが仕事のようなものだ。
「嫌だと言うなら、あなたの立ち入りも禁止します。二人で仲良くお茶でも飲んでいなさい」
「!?」
何てことを言うんだ、この人は。
身も蓋もない物言いに、ダミアンは言葉を失う。
遺言書には後継者の名前が書かれている。その本人が居合わせていないというのは、恰好がつかない。
「……分かりました。ポーラには理由をつけて、自室にいてもらいます」
妻には申し訳ないが、ここはオデットに従うしかなかった。
「お待ちなさい。まだ話は終わっていません」
自分の部屋に戻ろうとすると呼び止められる。
「まだ何か?」
「アリシアは立ち会わせます。いいですね?」
いいわけないだろう。ダミアンは即座に異議を唱えた。
「な、何故ですか」
「……少し考えれば分かることです」
「そんなの分かるわけがないでしょう。もっとはっきり仰ってください!」
「アリシアはポーラと違い、聡明な女性です。場の空気を乱すこともしないでしょう」
「…………」
言外にポーラを貶された気がした。だが、それについては反論の余地がなかった。
「しかし、それならポーラの同伴も許可してください。アリシアだけなんて、正妻としての立場が……」
「認めません」
「母上!」
どうしてそこまで意固地になるのか。何とか食い下がろうとするダミアンだったが、返ってきたのは実の親とは思えない冷たい言葉だった。
「私は今まで、あなたのわがままを大目に見てきました。ですがこれからは、そういうわけにもいきません。たとえ何があろうと、親として庇い立てするつもりはありません」
「おかえりなさい、ダミアン様っ」
ポーラは椅子から立ち上がり、喜色を浮かべて夫へと駆け寄っていった。ダミアンはぎこちなく両手を広げ、彼女の体を抱き留める。
「た……ただいま、ポーラ」
「それで、何て書いてありましたの?」
「え?」
「お父様の遺言書ですわ! 親族の方々もみんな集まって、中身を読まれたのでしょう?」
ダミアンはぎくりと体を強張らせた。
そして数日前、母と交わした会話をふと思い出す。
それは、遺言書を開封する際、ポーラを居間に近付けるなというものだった。
「ポーラを立ち会わせないつもりですか?」
「ええ。どうせ内容なんて理解出来ないでしょうから。あれこれと聞いてきて水を差されるくらいなら、初めからその場にいない方が、話もスムーズに進みます」
「そのような言い方をなさらなくても……」
ポーラは大事に育てられた箱入り娘だ。故に政治や法律に関する知識は無知に近い。けれど、そういった貴族女性は少なくない。
彼女たちは国を彩る大輪の花。美しく着飾り、優雅に振る舞い、跡継ぎを産むことが仕事のようなものだ。
「嫌だと言うなら、あなたの立ち入りも禁止します。二人で仲良くお茶でも飲んでいなさい」
「!?」
何てことを言うんだ、この人は。
身も蓋もない物言いに、ダミアンは言葉を失う。
遺言書には後継者の名前が書かれている。その本人が居合わせていないというのは、恰好がつかない。
「……分かりました。ポーラには理由をつけて、自室にいてもらいます」
妻には申し訳ないが、ここはオデットに従うしかなかった。
「お待ちなさい。まだ話は終わっていません」
自分の部屋に戻ろうとすると呼び止められる。
「まだ何か?」
「アリシアは立ち会わせます。いいですね?」
いいわけないだろう。ダミアンは即座に異議を唱えた。
「な、何故ですか」
「……少し考えれば分かることです」
「そんなの分かるわけがないでしょう。もっとはっきり仰ってください!」
「アリシアはポーラと違い、聡明な女性です。場の空気を乱すこともしないでしょう」
「…………」
言外にポーラを貶された気がした。だが、それについては反論の余地がなかった。
「しかし、それならポーラの同伴も許可してください。アリシアだけなんて、正妻としての立場が……」
「認めません」
「母上!」
どうしてそこまで意固地になるのか。何とか食い下がろうとするダミアンだったが、返ってきたのは実の親とは思えない冷たい言葉だった。
「私は今まで、あなたのわがままを大目に見てきました。ですがこれからは、そういうわけにもいきません。たとえ何があろうと、親として庇い立てするつもりはありません」
1,780
あなたにおすすめの小説
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。
藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。
学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。
そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。
それなら、婚約を解消いたしましょう。
そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。
ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」
ぱんっ。
愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。
──え?
打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる