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16.拒絶(テレーゼサイド)

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「きゃあ!」

 床に尻餅をつく。大して痛みはなかったものの、私は怒りが爆発してつい声を荒らげていた。

「何をなさるのかしら!? 他国の令嬢にこんなことをして許されるとでも──」
「黙りなさい、下衆が」

 私を見下ろしているのは男を手玉に取ろうとするしたたかな女ではなく、格下の人間を蔑む王女だった。
 凍えるような冷たい眼差しに背筋が震え、自分が仕出かしたことに気づく。
 他国の王女になんてことをしてしまったのだろう。震える声で慌てて謝罪する。

「し、失礼しました! あなた様ともっとお話がしたくてあんなことを……!」
「ご心配なく。中々面白いものが見られたので、この件については大事には致しません。……それにしても、目上の人間には随分と下手に出るのですね。実の妹を椅子に縛りつけた挙句、切りつけるような真似をしておいて」
「……!?」

 どうしてそのことを。愕然としていると、サラ王女は嫌悪に満ちた表情で言い放った。

けがらわしい……その身に水の力を宿したこと、近い将来後悔するわよ」

 その金色の眼で見られるのが何故だか恐ろしくて、思わず俯いてしまう。
 穢らわしい? 私が? 清楚の象徴とされる水魔法を使えるこの私が?
 強い怒りが恐怖に勝った。

「あんた、いい加減に……!」

 けれど再び顔を上げた時、サラ王女は異国の兵士たちに連れられてホールから出て行くところだった。こちらを振り返ろうとしない。
 代わりに私に冷ややかな視線を向けていたのは他の参加者。

「何てことをしてくれたんだ、テレーゼ嬢は! まだパーティーは始まったばかりなのに、今夜の主役を帰らせてしまうなんて……!」
「エルフの王女様にお近づきになるチャンスだったのに、何てことをしてくれたんだ」
「これって結構ヤバいんじゃないのか? 向こうの国から苦情が入って、国際問題に発展しなければいいけど」

 サラ王女目当てで集まっていた男たちが好き勝手言いながら散っていく。

「テレーゼ様、緊張のあまり物事をよく考えられなかったのかしらぁ? そうでなければ、サラ王女の腕を掴んで引き留めようとはしないわよね」
「でも、あの人ってそういうところありそう。下級貴族や平民への態度は最悪って噂だし」
「というより、サリサ様を縛って切りつけるって何……? いくら何でもそれはやりすぎでしょうに」

 周囲からは女たちの嘲笑混じりの言葉が聞こえてくる。
 誰も王女に罵られた可哀想な私を助けようとしてくれない。
 それにサリサは私の妹。闇魔法を持って生まれた忌まわしい女。どう扱おうが私の勝手なのに、どうして私だけが責められるのだろう。
 どうせ奴らだって自分の身内にあんなものが生まれたら、虐めるくせに。

 いつまでもこんな頭も性格も悪い連中たちと同じ空気を吸いたくなくて、ホールを後にする。外に待機していた執事は一人王宮から出てきた私を見て驚いていたけれど、「疲れたわ」とだけ言って馬車を走らせる。
 向かった先は我が家ではなくシェイル伯爵邸。
 メイドに今すぐテレンスに会いたい旨を告げると、すんなりと執務室に通された。

「テレーゼ!? どうしてここに……舞踏会に出ているんじゃなかったのか?」
「テレンス様……助けて!」

 驚いて椅子から立ち上がったテレンスに勢いよく抱き着く。胸元に顔を擦りつけながら、できるだけ怯えているような声を作る。

「私、サラ王女に虐められたの! そのせいで皆から白い目で見られてしまって……もう耐えられない!」
「な……どういうことなんだ。落ち着いて話してくれるかい?」
「サリサに暴力を振るっていたって嘘を言われたわ! それから私をわざと怒らせるようなことも言うし……」
「何で……どうしてそんな……」

 流石のテレンスもすぐには信じてくれず、私を抱き止めたまま困惑している。
 ああもう、疑り深い男は嫌いだ。

「きっと私が人間のくせに水魔法を使えるのが気に入らなかったんだわ……! エルフだから人間を馬鹿にするなんて……」
「テレーゼ……もう泣かないでくれ。そんなに泣いたら目が腫れてしまうよ」

 テレンスは怒りと悔しさで流れた私の涙を見て、不安によるものだと勘違いしていた。
 私を安心させるようにキスを落として、何度も耳元で「君は何も悪くないよ」だの「傍にいてやれなくてすまなかった」と囁く。
 よかった、いつものように簡単に落ちてくれて。

 サラ王女にあれだけ嫌われてしまったのだから、エルネスト王子のことはもう諦めるしかない。
 それに舞踏会に出席していた他の貴族に妙な噂を流されたら、私のイメージは悪くなる。そうなった時のために、テレンスをしっかり繋ぎ止めておかないと。
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