側妃のお仕事は終了です。

火野村志紀

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1巻

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   第一章 正妃と側妃


 舞踏会の翌日、サディアスは国王に呼び出された。
 用件はもちろん、アニュエラについて。

「話は聞いたぞ。昨晩、アニュエラは侯爵子息と踊り、そのあとは令嬢たちと談笑を交わしていたそうだな」
「……そのようですね」

 そのことなら、すでに侍従から聞いている。
 あの馬鹿女は何をやっているんだ。怒りを抑えきれず、サディアスは無意識のうちに拳を小刻みに震わせた。
 その姿を見た国王が、ため息混じりに言う。

「お前も会場に行ったのだろう? なぜ、彼女を連れ戻さなかった?」
「私の気を引くためにパーティーに参加していると思ったのです。ですから私が怒っている姿を見たら、すぐに帰るだろうと……」

 とがめる相手を間違っていないだろうか。サディアスは眉をひそめながら、あらかじめ用意していた釈明の言葉を口にする。
 息子の言い訳に、国王はわざとらしく肩をすくめた。

「お前がいなくなったあとも、ずいぶんと楽しんでいたようだが」

 それに関しては、反論の余地がない。おとなしく会場から去ると思っていたのに、アニュエラはそうしなかった。
 国王は息子を一瞥し、窓の外へ視線を移す。息がつまるような曇り空が広がっていた。

「側妃に落とされた腹いせに、このようなことをしたのだろう。はた迷惑な娘だ」
「私もそう思います。まったく何を考えているんだか……!」

 鼻息を荒くする息子に、国王が鋭い視線を向ける。

「アニュエラを側妃にすると言い出したのはお前なのだぞ。だったら、手綱はしっかりと握っておけ。さもなくば、お前自身の評価も落とすことになるぞ」
「は、はい。以後、肝に銘じます」

 そんなの言われなくともわかっている。サディアスは内心で毒づきながらも、背筋を伸ばして返事をした。

「とりあえず、アニュエラには昨晩の参加者全員あての謝罪の手紙を書かせて……」
「いや、その必要はない」
「なぜですか? 彼女は既婚者にもかかわらずパーティーに参加して、場の空気を乱したのですよ」

 納得いかない。あの女には罰を受けさせるべきだ。サディアスが抗議すると、国王は忌々いまいましそうに顔をゆがめて言った。

「先ほど言ったであろう。令嬢たちと談笑していたと。初めは彼女らも眉をひそめていたが、しまいにはすっかり打ち解けていたそうだ。アニュエラのおかげで、楽しい一時を過ごせたという声も多く上がっている」
「はあ? アニュエラは令嬢たちに嫌われているはずでは……」
「とにかく、アレが妙な真似をしないように目を光らせろ」
「それはわかっておりますが……」
「よいか。これは命令であるぞ」

 有無を言わさぬ迫力に、サディアスはぐっと息をつまらせる。国王の言葉は絶対だ。たとえ王太子であっても、血の繋がった息子でも、その強制力から逃れることはできない。
 サディアスは黙礼して、玉座の間をあとにする。手のひらを見ると、汗でじっとりと湿っていた。

(まったく、面倒臭いことになったぞ)

 自分の言うことを聞かない道具などいらない。それが父の考えなのだろう。
 だがアニュエラは、ルマンズ侯爵家の娘。自分が即位したときに備えて、強力な後ろ盾を失うわけにはいかない。

(冷静になれ、サディアス。アニュエラを厳しく躾ければいいだけの話じゃないか。品行の悪い側妃を改心させた夫として好感度も上がるだろう)

 我ながらいい作戦だ。自画自賛しながら、愛する妻の部屋へ足を進める。
 彼女は特例で、婚姻後に妃教育を受けることを許された。今朝も勉学に励んでいるだろう。休憩時間になったら、彼女を連れて王都にでも出かけようか。

「む……?」

 サディアスは眉を寄せた。侍女と教育係が、なぜかミリアの部屋の前で立ち尽くしていた。

「お前たち、何をしている?」
「で、殿下……その、ミリア妃が……」

 侍女が気まずそうに口ごもる。

「ミリアがどうした? 何かあったのか?」
「部屋に鍵をおかけになって、中に入れてくださらないのです」

 そう言って、固く閉ざされた扉をチラリと見る。

「お前たちの教え方が厳しすぎるのではないか?」
「いえ、そのようなことはございません。むしろ、ずいぶんと甘くしているつもりです」

 教育係が間髪容かんはついれずに反論した。
 遠回しにミリアを非難しているように聞こえるのは、気のせいだろうか。これはあとで、父に報告しなければならない。サディアスは密かに心に決めた。

「わかった。私が話を聞いてみよう」

 扉を数回ノックして、「ミリア、私だ」と呼びかけた。すると扉の向こうから、彼女のか細い声が聞こえてくる。

「サディアス様……私、とてもつらいですわ」

 程なくして、扉の施錠を外す音がした。侍女と教育係を手で制し、サディアスだけが中に入る。
 ミリアは扉の前で、粗相そそうをした子どものように立ち尽くしていた。愛らしい顔がくしゃりとゆがみ、ルビーレッドの双眸が涙で潤んでいる。

「どうしたんだ、ミリア! 何がつらいんだい?」

 サディアスはその細い体を抱き締めた。香水の甘い香りがふわりと、鼻孔をくすぐる。
 美しい銀髪を優しく撫でていると、ミリアはうっとりと目を細める。まるで母猫に甘える子猫のようだ。
 その無防備な姿に、サディアスはたまらない気持ちになる。はぁ、と情欲をはらんだ吐息が漏れた。

(ああ、なんて愛らしいんだ)

 ミリアは容姿が優れているだけではなく、子どものように無邪気な心の持ち主だ。
 アニュエラを冬の女とたとえるなら、ミリアは春の乙女だ。暖かなそよ風が吹く花畑の中で、可憐に微笑む少女だった。

『あんな幼稚な令嬢を妃として迎えるなど、正気なのか』
『なぜ、アニュエラ嬢ではなく、ミリア嬢をお選びになったのか』
『王太子妃にふさわしいのは、ルマンズ侯爵令嬢だろう』

 文官の中には、そのような戯言たわごとを言う者もいた。不敬であるとして、全員職を解いたが。
 アニュエラのどこがいいのか。
 あの女は事あるごとに、サディアスに難癖をつけた。

『殿下、この国は王家だけのものではございません』
『民たちはたしかに王家の道具にすぎないのかもしれません。ですが、道具にも持ち主を選ぶ権利はございます』
『お聞きください、殿下。今のままでは彼らを先導することはできませんわよ』

 アニュエラの無礼な発言を思い返すたびに、腹の底から怒りが沸き上がる。
 彼女はそれなりに容姿が優れているし、頭も舌もよく回る。
 だが、夫を立てるということを知らない。貴族の女としては、致命的な問題だ。

「サディアス様? 聞いてますの?」

 すねたような声に、サディアスははっと我に返る。

「あ、ああ。すまない、ミリア。何かな?」
「もう、サディアス様ったら……」

 ミリアはぷっくりと頬を膨らませた。

「昨日の夜会でアニュエラ様は、皆さんと楽しそうにお喋りをなさったそうですね」

 おそらく侍女から聞いたのだろう。ミリアはサディアスを引き剥がすと、両手で顔を覆って泣き出した。

「私は毎日勉強と公務ばかりなのに、ずるいですわ! どうして私ばっかり、つらい思いをしなければなりませんの!?」
「ミリア……」

 これにはサディアスも答えにきゅうする。
 妃教育を受けていることを考慮し、彼女がするべき多くの公務を取り止めていた。
 それでも公爵家で大切に育てられてきたミリアにとってこの生活は窮屈に感じるようだ。だがこればかりは、妻に耐えてもらうしかない。

「君には苦労をかける。すまない」

 今は優しい言葉をかけてやることしかできない。自分の力不足を痛感していると、ミリアがふいに顔を上げた。ふっくらとした頬が、涙に濡れている。

「……ねえ、サディアス様。お茶会を開いてもよろしいでしょうか?」
「お茶会?」

 ミリアがこんなことを言い出すのは初めてだ。

「ええ。私も多くの方々と仲良くなりたいのです!」
「ああ、かまわないよ」

 たまには息抜きも必要だ。サディアスは妻の可愛い我儘わがままを快く了承した。それに、正妃主催の茶会であれば、皆喜んで出席するだろう。

「本当に? サディアス様、大好きですわ! 愛してます!」
「私もだよ、ミリア」

 ミリアを抱き上げて、ベッドに優しく下ろす。
 扉の前では、今も侍女と教育係が待っているだろう。

(早く立ち去れ。ミリアは、今から私に愛されるのだ)

 妃教育など、いつでもできる。急ぐ必要はない。
 ミリアの額に口づけを落としながら、サディアスは甘い笑みを浮かべた。


   ◇ ◆ ◇ ◆


 半月後、事件は起こった。
 アニュエラは自室で紅茶を味わいながら、自分宛ての手紙を読んでいた。
 差出人はとある男爵家の令嬢。花の香りがついた便箋びんせんには、アニュエラへの感謝の言葉がつづられている。
 彼女は先日の舞踏会の参加者だった。ぽつんとひとり離れた場所に立っていたので、アニュエラから声をかけたのだ。
 素敵な文通相手が増えたと、アニュエラは笑みをこぼす。

「邪魔をするな貴様ら! 不敬であるぞ!」

 部屋の外から怒号が聞こえたのは、手紙を読み終えたのと同時だった。楽しい気分が台なしだ。アニュエラは一瞬眉を寄せた。

(いけない、いけない。平常心よ)

 自分にそう言い聞かせて、にこりと口角を上げる。

「アニュエラ!」

 警備兵の制止を無視して、眉目秀麗の王太子が荒々しく扉を開けた。

「女性の部屋にノックもせず入るなんて失礼ですわよ」
「側妃ごときが私に口応えをするな」

 サディアスがそう言って、大股で室内に入ってくる。ずいぶんご立腹のようだ。

「ご用件はなんでしょうか?」

 横柄な物言いに呆れながら尋ねる。まさか、まだ舞踏会の件を引きずっているのだろうか。
 アニュエラの予想は半分当たっていた。

「先日の舞踏会で、お前は令嬢たちに何を吹きこんだ?」

 サディアスが剣呑けんのんな面持ちで話を切り出す。

「なんのことでしょう?」
「とぼけるな。あの日の舞踏会に参加した令嬢たちをミリアが茶会に招いたが、散々なことになってしまったんだぞ!」

 ミリア? 茶会? 
 もっとわかりやすく説明してもらえないだろうか。

「茶会の場で、ミリアは侍女や文官に対する愚痴ぐちこぼしていたのだ。そうしたら公爵家の令嬢に、心が清らかではないと言われたらしい。わかるか? 遠回しに心がみにくいと言われたんだ! あんなに可憐な少女を……ありえないだろうっ!」

 サディアスが大きくかぶりを振って叫ぶ。
 茶会の場に居合わせていたら、その公爵令嬢に危害を加えていたかもしれない。そう思わせるほどの激昂げきこうぶりに、アニュエラは呆気に取られる。

「それは……その愚痴ぐちの内容が、聞いていられないようなものだったのではありませんか?」 

 そうでなければ、正妃にそのような発言をするはずがない。嫌みを言うのも忘れて、アニュエラは尋ねた。

愚痴ぐちなど誰でもこぼすものではないか。だというのに、みにくい呼ばわりするなど……! しかも誰も庇おうとしなかったらしい」
「それが私のせいとおっしゃいますの?」
「お前はミリアを孤立させようと、舞踏会に参加していた令嬢どもを懐柔かいじゅうしたんだ。違うか?」
「心外ですわ。そのようなことはしておりません」

 とんでもない言いがかりだ。アニュエラは首の後ろが、かっと熱くなるのを感じた。これほど怒りを感じたのは、久しぶりかもしれない。

「では彼女たちとは、なんの話をしていた? ミリアの悪口で盛り上がっていたのではないか?」
「王宮での暮らしや妃教育について聞かれたので、お答えしていただけです」

 例の男爵令嬢と歓談しているうちに、ほかの令嬢も集まってきたのだ。皆最初は敵意と警戒心を剥き出しにしていたが、会話を続けるうちに態度が軟化していった。
 ある令嬢はひどく驚いていた。
 噂と全然違う、と。
 噂など、そのほとんどはねたみと偽りでコーティングされた作り話にすぎない。「アニュエラは王太子をないがしろにしている」という話も、単に妃教育が忙しくて彼に会う時間がなかっただけだ。
 アニュエラとの交流で、彼女たちはそのことを知ったようだった。

「嘘だと思われるのなら、ほかの参加者や給仕に確認なさってはいかがですか?」
「わ、私は多忙の身なのだ。そんなことをしている暇などあるか!」

 このまま逃げるつもりか、この男は。込み上げる怒りを吐き出すように、アニュエラは深呼吸する。

「殿下、私を疑ったことを謝罪してください」
「疑われるような行動をしたお前が悪い!」

 子どもじみた理由を述べると、サディアスは足早に退室していった。
 旗色が悪くなると、一方的に話を切り上げて逃げていく。夫の悪い癖だ。今はまだ許されているが、即位したらこうもいかないだろう。
 しかし今問題にすべきなのは、ミリアのほうだ。
 サディアスはああ言っていたが、自分が主催する茶会で侍女たちの悪口を言うなど非常識としか言いようがない。
 ――常に淑女らしい振る舞いを。
 話を聞く限り、ミリアにはそれが欠けている。彼女はすべての貴族女性の手本になることを求められているというのに。

「大丈夫なのかしら……」

 何かもう、あらゆる意味で。
 アニュエラはぬるくなった紅茶を飲みながら、他人事のように思う。


 実のところ、まったく大丈夫ではなかった。
 数日後、王宮では新たな事件が発生していた。


「お、おぬしら……自分たちが何を言っているのか、理解しているのか?」
「はい。ミリア妃の教育係を辞退させていただきたく存じます」

 すげない返答に、国王は目まいを起こしそうになる。早朝、ミリア妃の教育係一同が謁見を申しこんできたのだ。それも本日中に、と。
 一日の予定を、崩すわけにはいかない。宰相は彼らの要求に難色を示したが、彼らの中には高位貴族出身の学者もいて、すげなく断るわけにもいかなかった。
 謁見を許した彼らの手には辞表が握られていた。

「給金はしっかり支払っているではないか。何が不服なのだ」

 国王にとっては予想外の事態だ。その顔には、困惑の色がありありと浮かんでいる。

「待遇に不満はございません。よくしていただいております」
「ならば……」
「ですが、我々はこれ以上ミリア妃にお教えすることはできません」

 中央に立っていた初老の男性が、強い口調で断言する。
 かつては王妃の教育係も担った言語学者だ。辛辣しんらつな言葉に、国王は低くうなった。

「ミリアが幼稚な性格であることは、事前に伝えていたではないか。そしておぬしたちも、それを了承したはずだろう」
「おっしゃる通りです。しかし何事にも限度というものがございます」
「う、うむ。であるなら、幼い子どもを相手にしていると思って……」
「彼女はいずれ王妃となるお方です。子ども扱いなどできません」

 なんとか説得を試みるが、彼らの意思は鋼よりも硬い。表情ひとつ変えることなく切り返され、国王は答えにきゅうした。
 ノーフォース公爵家の令嬢が、未熟であることは承知していた。もっとあけすけな言い方をしてしまえば、頭の足りない娘だ。
 王妃もそのタイプだった。今でこそ威厳のある振る舞いをしているが、若いころは侍女たちも手を焼いていた。
 だが、教育係たちがさじを投げるほどではなかった。
 だから、ミリアもどうにかなる。
 そう軽視していた結果がこれだ。国王は自分の考えが浅はかだったことを、今この瞬間思い知った。
 しかし、すでに手遅れだ。

「アニュエラ妃の際に楽をした反動かもしれませぬな。あの御方は与えられた課題を難なくこなし、我々と談笑を交わす余裕さえありました」

 アニュエラを引き合いに出され、国王はぴくりと眉を動かす。

「とにかく、辞職は認めん。ミリアの妃教育を続けよ」
「……肝心の本人に意欲がないのに、どうしろとおっしゃるのです」
「そこをなんとかするのがおぬしたちの仕事であろう! 私の命に逆らうなら、反逆と見なすぞ!」

 国王はいら立ちに任せ、椅子の手すりを拳で叩いた。
 ミリアを正妃にしたことを、責められているような気分だ。
 妃に一番重要なのは家柄だ。高貴な生まれであり、整った容姿の持ち主であれば、教養や礼節などあとで身につけさせればよい。そう考えている。
 身につかないのは、教育係たちの怠慢たいまんにほかならない。

「どうぞ、お好きになさってください。我々を処刑しても、なんの解決にもならないかと思いますが」

 辞表を提出すると決めた時点で、覚悟を決めていたのだろう。この国の賢人たちに、脅しは通用しなかった。


   ◇ ◆ ◇ ◆


「――というわけで、近々王宮を去るつもりでございます。今までお世話になりました」
「えぇ……?」

 元教育係の女性が挨拶にやってきた。彼女から事の経緯を聞かされ、アニュエラは開いた口が塞がらない。
 王太子妃の教育係が一斉に辞表を出した。そんな馬鹿な話、聞いたことがない。
 彼女は平民の生まれではあるが、高名な学者の娘で、もともとは市井しせいで子どもたちに教育を施していた。その評判を耳にした国王により、妃教育の教師に任命されたのだ。選りすぐりの教育係の中でも、最も信頼されていた。
 彼女の聡明さは、アニュエラもよく理解している。だからミリアのことも、彼女に任せておけば大丈夫だろうと思っていたのだが、どうやら甘かったようだ。

「私にとってアニュエラ様と過ごす日々は、とても充実しておりました。未来の国母こくぼに仕えることがどれだけ誇らしかったか……」

 元教育係の目には光るものが浮かんでいた。泣くほどつらかったのかと、アニュエラは戦慄せんりつする。

「はっきり申し上げます。ミリア様は王妃の器ではございません」

 元教育係の歯に衣着せぬ物言いに、アニュエラは目を丸くする。

「そのようなことをおっしゃってはいけませんわ。誰が聞いているかわかりませんもの」
「かまいません。私はもうじき辞めますし、むしろ今すぐ王宮から追い出されたほうがマシです」

 元教育係が今まで見たことのないくらいの晴れ晴れとした笑顔で毒づく。
 よほど腹に据えかねているようだ。少し怖い。

「……ミリア様はそんなに覚えが悪いの?」

 好奇心が湧いてきた。
 元教え子ではなくひとりの友人として、アニュエラは尋ねた。

「それ以前の問題です」

 元教育係はうんざりした表情で答えた。

「どういうこと?」
「そもそも妃教育を受けようとしません。あれこれ理由をつけて、逃げ回っておられます」
「勉強嫌いのお嬢様なのね。気持ちはわからなくもないけど」

 アニュエラは皮肉げに笑った。
 自分ですら嫌気の差す地獄の日々だったのだ。あの幼さが抜け切っていない少女に耐えられるとは思えない。

「それだけではありませんね。妃教育が終わるのを、先延ばしにしているように思えます」
「先延ばしに……ああ、そういうこと」
「はい。妃教育が終わると、一気に公務が増えますからね」
「王族に公務はつき物でしょうに。それは彼女も理解しているのでは?」
「まさか。『妃は綺麗にして、王様の隣で笑っているのが仕事でしょ?』と、大真面目な顔でおっしゃっていましたよ。それを聞いたときは、卒倒しそうになりました」
「側妃であれば、それでもよかったでしょうね……」


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