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第27話:お忍びの訪問者
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その日、庭は穏やかな陽射しに包まれていた。
白いラナンキュラスが風に揺れ、テーブルの上にはローズマリーとカモミールをブレンドした温かなティーポット。
リリアは今日もカップを手に、客人を迎えていた。
昨日のことを思い出すだけで、胸がふわりと熱くなる。
グレイヴァン・リオステルと交わしたあの言葉の数々が、心の奥に静かに灯っていた。
「このまま、静かに穏やかに、日々が続けばいいな……」
そんなささやかな願いが胸をよぎった、まさにその時。
「……へえ、噂どおり。ここが“花の隠れ家”か」
現れたのは、一見して只者ではない雰囲気を持つ若者だった。
軽やかな亜麻色の上着に、首元には緩く巻かれた藍色のスカーフ。旅人風の革の靴には道の埃がついているが、姿勢はまっすぐで気品を感じさせる。どこか演劇の舞台から抜け出してきたような存在感。
そして何より目を引いたのは、その深く澄んだ瑠璃色の瞳だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
「じゃあ、あのテーブルをいただこうかな。日差しがちょうど良さそうだ」
彼は穏やかな笑みを浮かべながら庭を一瞥し、ゆっくりと腰を下ろした。
「……悪くない。いや、なかなかだ。手入れが行き届いていて、香りも柔らかい。これを作ったのは……君かい?」
「はい。わたしが、この庭の手入れをしています」
リリアは戸惑いながらも、少しだけ誇らしげに答えた。
「ふむ。じゃあ、紅茶も君のおすすめで。甘いものも一緒にお願いしようかな」
軽口を叩くその声には、棘もなく、むしろどこか人懐こさがあった。
やがて彼は、スコーンに添えられた紫のジャムを口に運び、ふと目を細める。
「……このジャム。“ブルーフラワー”の花弁を使ってるね? 王都でも滅多に見かけない。面白いな、これは」
その言いぶりに、リリアは思わず首を傾げた。
「あの……失礼ですが、お名前を伺っても?」
問いかけに、彼はふっと笑みを深め、指先でスカーフの端を軽くつまむと、言った。
「“彼”が通っていると聞いてね。どんな場所か興味が湧いたんだよ」
「彼、とは……?」
「グレイヴァン・リオステル。あの堅物が、定期的に通う場所なんて珍しいからね」
「グレイヴァン様とお知り合いなのですか?」
「知ってるとも。長いつきあいだよ。私はルシアン――ルシアン・フェルディナンド。彼とは、まぁ親しい友人ということにしておこう」
その名を聞いた瞬間、リリアの手が小さく震えた。
ルシアン・フェルディナンド――この国の第三王子。
才気と気まぐれさで名を馳せ、各地をお忍びで巡るという、伝説めいた人物。
まさか、自分の庭に、そんな人が足を踏み入れるとは。
穏やかに過ごしてきたこの場所が、少しずつ“外の世界”と繋がりはじめている。
それが良いことかどうかは、まだわからない。
けれど、リリアは心に小さな決意を浮かべた。
(……どんな人が来ても、私はこの庭を大切にしていく。
ここが、誰かの心を癒せる場所である限り)
ラベンダーの香りが風に運ばれる。
その傍らで、“お忍びの来訪者”は、静かにティーカップを傾けていた。
白いラナンキュラスが風に揺れ、テーブルの上にはローズマリーとカモミールをブレンドした温かなティーポット。
リリアは今日もカップを手に、客人を迎えていた。
昨日のことを思い出すだけで、胸がふわりと熱くなる。
グレイヴァン・リオステルと交わしたあの言葉の数々が、心の奥に静かに灯っていた。
「このまま、静かに穏やかに、日々が続けばいいな……」
そんなささやかな願いが胸をよぎった、まさにその時。
「……へえ、噂どおり。ここが“花の隠れ家”か」
現れたのは、一見して只者ではない雰囲気を持つ若者だった。
軽やかな亜麻色の上着に、首元には緩く巻かれた藍色のスカーフ。旅人風の革の靴には道の埃がついているが、姿勢はまっすぐで気品を感じさせる。どこか演劇の舞台から抜け出してきたような存在感。
そして何より目を引いたのは、その深く澄んだ瑠璃色の瞳だった。
「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ」
「じゃあ、あのテーブルをいただこうかな。日差しがちょうど良さそうだ」
彼は穏やかな笑みを浮かべながら庭を一瞥し、ゆっくりと腰を下ろした。
「……悪くない。いや、なかなかだ。手入れが行き届いていて、香りも柔らかい。これを作ったのは……君かい?」
「はい。わたしが、この庭の手入れをしています」
リリアは戸惑いながらも、少しだけ誇らしげに答えた。
「ふむ。じゃあ、紅茶も君のおすすめで。甘いものも一緒にお願いしようかな」
軽口を叩くその声には、棘もなく、むしろどこか人懐こさがあった。
やがて彼は、スコーンに添えられた紫のジャムを口に運び、ふと目を細める。
「……このジャム。“ブルーフラワー”の花弁を使ってるね? 王都でも滅多に見かけない。面白いな、これは」
その言いぶりに、リリアは思わず首を傾げた。
「あの……失礼ですが、お名前を伺っても?」
問いかけに、彼はふっと笑みを深め、指先でスカーフの端を軽くつまむと、言った。
「“彼”が通っていると聞いてね。どんな場所か興味が湧いたんだよ」
「彼、とは……?」
「グレイヴァン・リオステル。あの堅物が、定期的に通う場所なんて珍しいからね」
「グレイヴァン様とお知り合いなのですか?」
「知ってるとも。長いつきあいだよ。私はルシアン――ルシアン・フェルディナンド。彼とは、まぁ親しい友人ということにしておこう」
その名を聞いた瞬間、リリアの手が小さく震えた。
ルシアン・フェルディナンド――この国の第三王子。
才気と気まぐれさで名を馳せ、各地をお忍びで巡るという、伝説めいた人物。
まさか、自分の庭に、そんな人が足を踏み入れるとは。
穏やかに過ごしてきたこの場所が、少しずつ“外の世界”と繋がりはじめている。
それが良いことかどうかは、まだわからない。
けれど、リリアは心に小さな決意を浮かべた。
(……どんな人が来ても、私はこの庭を大切にしていく。
ここが、誰かの心を癒せる場所である限り)
ラベンダーの香りが風に運ばれる。
その傍らで、“お忍びの来訪者”は、静かにティーカップを傾けていた。
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コメントありがとうございます。
急に非表示にしてしまい申し訳ありません。
お話の内容に不備があり、編集して再度公開しますのでお待ちください。
優しい時間がながれるお話ですね!
成金に負けるな!!( ≧∀≦)ノ