ボクのことが嫌いな彼らは、10年後の僕を溺愛する

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悲しそうな表情を見せないで欲しい。

すべてどうにもならないことだから。

それに、僕に恨まれたっていいだろ。

弟は他の家族から、他の人間から、十分愛されているはずなんだ。

僕へ執着しているのは、父親への対抗心なのではないかと思う。

早く目を覚ませばいいのに。

弟にはママを支えてもらいたいから、もっと強くなって欲しいと願ったところで、どう伝えればいいのかわからない。


「母さんが高宮家に絶対的な信頼を寄せていたのは、ある意味で洗脳みたいなもんだったんだと思う。でも、洗脳はある日突然解けてしまった」


弟の話は続く。


「10年前、母さんは愛する息子の悲惨な姿を見てしまい、すべてを拒絶した」


弟の精神状態は割と直ぐにおかしくなる。


「あの時、忘れてしまったんだ。父さんと出会ってからの、すべてのことを」


どうやらまた揺れているみたいだ


「あの時、記憶を失った彼女にとって、大切なのは1人息子だけになった。父さんと出会う前、1人で必死に守ってきた唯一の肉親」


話を聞いていると、僕もだんだん不安になってきた。


「たぶん俺は、あの時から、あの女から、アンちゃん、アンリ君って、呼ばれるようになったんだ」


「何言ってるの?」


「だって、ちょうどいいサイズだったから。母さんに残った記憶の中の息子と、ほとんど同じ年齢だったし、血が繋がってるから、どことなく似てもいた」


「ちょっと待って、ほんとに何を言ってるの?」


「わからない?つまりね、過去に戻った母さんの中では、俺がお兄ちゃんになったんだよ」


「……ありえない。嘘だ」


「こんな馬鹿な嘘をつくもんか。母さんを刺激したくない父さんは、俺がアンリという子どもであることを否定しなかった。父さんも、母さんの前では俺のことをアンリって呼ぶようになった。最初は何でなのかわからなかった。アンリが誰なのかも知らなかった。小さな俺の中でお兄ちゃんはいつのまにか架空の存在になっていた。長い間、お兄ちゃんのことを天使かもって思っていたくらいだからね。それでも自分の名前はわかっていた。気がついたら他の高宮家の人間も呼ばなくなった俺の名前。時々、自分でも俺が誰なのかわからなくなる。でもお兄ちゃんは、誰よりもわかってるはずでしょ。俺は、アンリじゃないんだって」


「……樹里」


「うん。俺は、樹里だ。お兄ちゃんにそう呼んでもらって、ちょっと自信がついたよ。お兄ちゃんは可哀想な人だ。お兄ちゃんほどじゃないけど、俺も結構可哀想なやつだと思う」



忘れられたのは、弟。

樹里の方だったのか。

それがわかったところで、やっぱりどうにもならない。

ママが僕を認識していないことに変わりはない。



「本物のアンリを、お兄ちゃんの存在を知って、俺がどれだけ嬉しかったか、今なら少しはわかってくれる?」



真実を知って、僕はこれまでと違った意味で、樹里のことが怖くなってきた。


今まで僕は、恨むだけでよかった。


でも僕は、樹里に恨まれても仕方ない存在だったのかかしれない。


母親に存在を忘れられる悲しみは、よく理解している。

どうにもならないから、どうしてこうなったのかを何千回も考えた。


誰かのせいにするのが楽だった。


実際、高宮奏のせいだと思っている。


でも、樹里はどうだろう。


優しくしてくれた父親と、急に姿を消して一見好き勝手に生きていた兄。



「本当はね、殺そうとしたんだ。お兄ちゃんのこと。あのアパートで捕まえて、こっそり殺して、俺が本物のアンリになろうとした。

今は、やめてよかったと思ってる。

だって、俺は、どうあがいてもアンリじゃないからね。



高宮樹里。

母さんの、もう1人の息子。

誰も認めない2人目。






あんたの、弟。






俺が樹里でいるために、あんたに死なれちゃ困るんだよ。


ねぇ、真実を知ってショックだった?


お兄ちゃんのこと、好きになっちゃったから言わないでおこうと思ったけど、父さんが動くならば、俺も動かないではいられないよ。


父さんに殺してもらうつもりなら、俺も死んでやるから。


そしたら多分、母さんも後を追うだろうね。


あの世では、家族3人上手くやっていけるかな?


それもそれで、いいのかもね」



満面の笑みを浮かべる樹里は、今日初めて楽しそうだった。


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