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三
しおりを挟む電源を入れて準備を整えていると、メタモは対戦ゲームのソフトを差し出してきた。これをやりたい、ということだろう。
「いいけど。俺は綾人みたいに上手くないんだから、手加減しろよな」
メタモは身体を左右に揺らしながら歯を剥いた。実に嬉しそうである。
そういえば綾人は、自分が留守の間に冬彦が寂しくないようにとメタモを連れ帰ってきたのだった。海外のいわく有り気な怪しい店で買ったのだと言っていたが、メタモに関してはネットで検索しても情報が一切出てこない。どこの国で買ったのかを訊いたときも、綾人は「秘密だ」と笑うだけだった。
怪しい店のこともメタモの正体も、気にならないわけではない。それでも近頃は、正体不明の生物を冬彦は割と気に入っていた。
人懐こいところは、犬とも似ている。それに、メタモがいてくれるおかげで、綾人不在の期間に寂しさを覚えることがなくなったのだから、可愛がるのは必然だった。ぎょろりとした目玉も、慣れてくれば愛らしく見えてくる。要するに、愛着が湧いたのだ。
二ヵ月も経つと、綾人が土産を買って帰ってきた。
長いこと会わずにいたもう一人の家族が恋しかったのか、メタモは帰宅した綾人にべったりくっつくようになった。そしてこれまで以上に、綾人の仕草や行動を真似するようになる。冬彦はそんなメタモを素直に可愛いと思い、「真似するなよ」と文句を言いながら、綾人も満更でもなさそうだった。
けれど綾人は帰宅から一ヵ月も経たずに家を出て、次に放浪先から帰ってきたのは、その更に三ヵ月後だった。
綾人がいなくなるとメタモはまた冬彦にべったりと付き添うようになる。寂しいのだろうと、冬彦はできるだけメタモに構ってやることにした。
半月後。メタモが家に来て丁度一年が経つ記念日に、メタモがいなくなった。
朝、目を覚ますと、洋室と和室を仕切る襖が開いていた。また綾人が閉め忘れたのだろうと、その時点では気にも留めなかったのだが。昼になって綾人が起きてきても、メタモが姿を現さない。珍しいこともあると、寝坊助を起こしに向かい、そこで初めてメタモがいないことに気付いたのだった。
前日の夜に、綾人はメタモを連れて散歩に出掛けている。一年間ずっと部屋の中に籠っていたメタモが初めて外出を強請ったので、夜の間に少しだけ、と綾人が連れ出してやったのだ。
彼らが帰宅する前に冬彦は眠ってしまったので、玄関で見送ったのがメタモを見た最後だった。
綾人は確かに、メタモと一緒に帰宅したと言う。けれど、朝起きたときにはおそらくもう、メタモはいなくなっていたのだ。
近所を探し回っても、メタモの姿はどこにも見当たらなかった。謎の生物故に躊躇いはあったが、ビラを作って配りもした。それでも、メタモはとうとう見つからなかった。
綾人が眠った後で、また外出したくなったのだろうか。こっそりと出掛けて、迷子にでもなっているのだろうか。どこかで事故にでも遭ったのだろうか。トラックの荷台にでも乗り込んで、遠く見知らぬ地方まで運ばれてしまったのではないか。未確認生物だからと、誰かに捕らわれて酷い目に遭っていないだろうか。元気にしているのか、食べ物に困っていないか、寂しくて泣いていないか。
生きているのか死んでいるのかもわからないメタモを心配して落ち込む冬彦に、綾人は言った。
「メタモのやつ、俺にそっくりだったな」
ダイニングテーブルを囲う椅子に座ったまま項垂れる冬彦の前に、綾人がホットミルクを置いてくれる。
立ち昇る湯気を眺めながら、その通りだと冬彦は頷いた。
空腹時に食事が用意されていないと拗ねるくせに、決まった時間に食事をとるとは限らない。別のなにかに夢中になって、食事を冷ましてしまうことがしょっちゅうあった。眠るときは小さく身体を丸めていて、布団を掛け直してやると手にすり寄ってくる。構ってほしいときはこちらの事情を問わず近付いてきて、文句があるとぎょろりとした目で恨みがましそうに見つめてくる。いや、あれは睨んでいたのだろうか。
「我儘で、冬彦のことが大好きで、甘えたがりで。でも、一人の時間を邪魔されるのは嫌いなんだ」
「うん。本当に我儘で、お前にそっくりだった」
ミルクから昇る湯気を眺めていると、メタモに即席麺を造ってやったときのことを思い出す。危ないのに、麺を煮ている間ずっと、足元でじっと待っていた。
座る者のないベビーチェアが、寂しさの象徴であるように視界に映る。そこに座っていた小さな存在が恋しくて、全身が震えだす。泣き出してしまわないのが不思議だった。
「俺に似てるなら、大丈夫だ」
綾人は穏やかに微笑んで、そっと抱きしめてくれた。冬彦も彼の背中に腕を回して、その温もりに縋りつく。
「きっと、旅に出ただけだよ。俺の放浪癖がうつったんだ」
耳元で宥めるように呟かれた言葉。
「勝手に黙って出掛けて、でも、ちゃんと、どこかで元気に生きてるよ」
そうであってほしいと、強く願う。
また二人きりの生活が始まった。
メタモが来る前と、別段代わり映えのない日常。
けれど最近少しだけ、綾人の様子がおかしい。相変わらずの我儘は変わらないのだが、放浪癖がぱったりとなくなった。もしかしたら、遠慮しているのだろうか。
メタモがいなくなってからの落ち込みようを、冬彦自身、自覚はしている。それでも、
「旅、出たくなったら行けよ。俺のことは心配いらないから。帰って来てくれさえすれば、それでいいから」
三人分の食事を造りながら、冬彦は「遠慮なんかするな」と綾人に伝えた。
半分本当で、半分はまだ強がりだ。それでも、誰よりも自由に生きている姿こそが綾人には似合っていると思うから。なにかに縛られて不自由にだけはなってほしくなかった。
しかし綾人は、それからも家を空けることはなかった。我儘を口にしては冬彦を困らせて、いままで以上に甘えたになり、ゲームに付き合えと言ってくることは増えたが。放浪の旅に出ることはなかった。
おかげでと言うのもなんだが、綾人の世話に忙しい冬彦には、メタモがいなくなった寂しさを感じる時間がない。そのことには、内心こっそりと感謝している。
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