メタモ

さくら

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「なあ。これ、どこの土産だっけ?」
 綾人の放浪癖がすっかり身を顰めた影響は何故か冬彦にもあって、彼が旅をしていた頃が懐かしくなり、つい過去の土産物を漁ってしまった。棚に仕舞われていた槍を持った男の人形を手に、テレビを観ていた綾人に近付く。
 綾人は暫く無言で人形を見つめ、首を傾げた。
「さあ。どこだったっけ?」
「なんだよ。自分が旅した場所だろぉ」
 恍けているのだと思って笑ってやったが、どうやら本当に覚えていないらしい。
「まあ、確かに。こんなような人形、結構どこにでもあるからな」
 珍しい物でないから記憶に薄いのだろう。
 続けていろいろな土産物を引っ張り出していると、ビニール袋に包まれた写真の束が出てきた。一時期カメラにはまっていた綾人が、放浪中に撮ってきたものだ。
 スペインのアルハンブラ宮殿で撮影したという中庭の写真は、植込みに挟まれて伸びる池に建物が反射して映り、上下シンメトリーな構図が個人的に気に入っている。噴水を中心に幾何学模様に整えられた庭も、美しいと同時になんだか面白くて好きだった。
「なあ。アルハンブラ宮殿って、スペインのどこだっけ?」
 テレビへと向けられていた視線を遮るように、綾人の眼前に写真を翳す。文句を言われるかと思ったが、彼は人形のときと同様に暫く無言で写真を眺めていた。やがて返ってきたのは、予想外の一言。
「あー……。忘れた」
 苦笑交じりの返事に、今度こそ冬彦は驚いた。
 地名を覚えていないなんて綾人らしくない。おかしいのは、放浪癖を我慢しているせいだろうか。或いは、放浪癖が収まったのも様子がおかしいせいなのか。
「綾人?」
「ん。悪い。いまテレビ観てるから、急ぎの用じゃないなら後にして」
「あ、うん。ごめん」
 ただテレビが見たくて、話をはぐらかされただけだったのだろうか。でもそうなら、最初から煩いと言ってくるはずだ。
 この日の出来事は、小さな違和感として冬彦の胸の内に残ることとなった。

 鍋の中で具がぐつぐつと煮えていく。今日は寒いから、一年ぶりのおでんだ。
 買い忘れた辛子を買いに出掛けている綾人が帰る頃には、出汁の染み込んだ完璧なおでんが出来上がる予定でいる。寒いのが苦手な彼が手袋をとって、コートを脱ぎ、鼻の頭まで撒いたマフラーを外す頃にはテーブルの鍋敷きに鍋を移動もできるだろう。
「取り皿も用意しただろ。コップも出した。ポットも沸かしてある」
 あとは綾人の帰りを待つだけだと確認したところで、テーブルの上でスマホが震えた。
 綾人からだろうか。
 画面を見ると、知らない番号が表示されている。訝しんだのは一瞬で、すぐに通話状態にした。
「もしもし?」
 もしかしたら、メタモを見かけた人が連絡をくれたのかもしれない。以前配ったビラに携帯番号を載せていたことを思い出して、期待で胸が膨らんだ。
「広瀬さんですか?」
「はい!」
 名前を呼ばれたことでビラを受け取ってくれた人からの連絡だと判断して、返事の声が弾む。
「私、××警察署の伊藤いとう、と申します」
「……警察、ですか?」
 公的機関の名前に、僅かに声が固くなる。
 けれど警察がメタモを保護してくれているのなら、下手な人間の手に渡るよりも安全かもしれない。メタモを不用意に傷付けることはないだろうし、返してほしければと金銭を要求されることもないだろう。
 気が逸って様々な妄想を膨らませながらも、メタモと再会して、あの小さな身体を抱きしめる瞬間を想像する。きっとメタモは必死にシャツにしがみ付いて来て、ぎょろりとした目玉で見上げて来るに違いない。歯を剥いて笑うだろうか。安心して、涙することもあるだろうか。
 しかし告げられた用件は、そんな希望に溢れた報告ではなかった。
「古橋綾人さんをご存じですか?」
「え。あ、はい。……友人で、同居人です」
 どくん、と嫌に心臓が高鳴った。
 彼の身に、なにかあったのだろうか。不安が湧き上がる。
「先日、古橋さんの――」
 ご遺体が見つかりました。
 
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