アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
12 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第12話 アルフェとの出逢い

しおりを挟む
 やや緊張しながら入った診察室では、人当たりの良い看護婦と眼鏡の医師が待ち構えており、僕をおむつ一枚の姿にして、体重や身長、頭囲や胸囲などを測ったり、足や手の動きなどを念入りに確かめた。

 特に股関節の動きが重要なのか、足の付け根を押したり、触ったりしながら足の可動域を確かめている。身体のあちこちを調べられて思い出したが、身体の成長に伴ってのことなのか、股関節や脚がむず痒く、眠れない夜があったのを不意に思い出した。

 特に異常はなかった様子で、医師は笑顔で僕を母に戻した。
 母の膝に抱かれながら、なにか質問をされるのではないかと構えていたが、医師が話しかける相手は母にだけで、僕は看護師に口を開けさせられて中をほんの一瞬調べられただけだった。

「発達には問題ありませんね。歯が生えるのはもう少し先ですが、兆候は少しあるようです」

 そう言いながら医師が、母の膝に抱かれた僕の前歯を指先で押す。先ほどからそれをされるたびに、歯茎がむずがゆいような感覚がして少し不快だった。喩えるなら、乳歯から永久歯に生え替わるときの、歯が抜ける前の感覚に少し似ているような気がする。

「あー、でも……ここはもうすぐかなぁ?」

 僕が抵抗しないのを良いことに、医師がぐいぐいと歯茎を押してまた何かを確かめている。いい加減止めてほしい。

「うー……」

 牽制の意を込めて顔をしかめてみせると、医師は慌てたように手を引っ込めた。

「あっ、ごめん! 嫌だったよねぇ。ごめんねぇ」
「あー、あっ」

 ちゃんと僕の意思は伝わったらしい。素直に謝罪されたので、悪い気はしなかった。

「歯茎が痒く感じることもあるでしょうから、歯固めなんかをあげるといいですよ。最近西商業区の木工職人がいい歯固めを作っているので、試してみてください」

 そう言いながら、医師が丸く削り出された平らな木の加工品を見せた。穴が開いているのはどうやら持ち手になるらしい。あれを噛んだら、気持ち良さそうだ。

「あえ」
「欲しいの?」

 母にはすぐに通じたようだ。不快なものは我慢するしかないと思っていたが、リーフとして生きている以上はその必要はないらしい。

 ――僕はどれだけのことを我慢していたんだろうな。

 ふとグラス=ディメリアを名乗る前の、ストリートチルドレン『ソイル』だった頃のことを思い出す。歯が生えようが抜けようが、そんなことには構っていられなかった。最初の乳歯は多分、食料を盗んだ罰で殴られたときに折れたような気もする。 
だけど、今の僕にそうした我慢や理不尽は降りかかってはこない。

 ――これが幸福……なのか?

 自問したが、答えはでなかった。安心を得ている自覚はあるが、両親や今日の待合室の人々を見る限りこれは『普通』のことと考えた方が良いのかもしれない。

 ならば、幸福とはなんなのだろうか……?

 ますますわからなくなった。あの女神、フォルトナが話していた通りだ。僕は、普通も知らなければ、何が幸福なのかもわからないのだ。


 診察を受けた帰りは、行きと同じように乳母車に乗って移動した。
 行きと少し違ったのは、途中で母が歩を止めたことだ。

「クリフォートさん」

 近所に住むというクリフォート家の名が、母の口から零れた。どうやらそこにクリフォート家の人間がいるらしい。

「ジュディで構わないわよ、ナタル」

 快活そうな女性の声だった。その声に続いて、赤ん坊の泣き声がした。

「ありがとう、ジュディ。それから……」
「アルフェよ」
「初めまして、アルフェちゃん」

 紹介を受けた母が、アルフェと呼んだ赤ん坊に話しかける。

「リーフもご挨拶しましょうね」

 呼びかけと同時に乳母車を移動させられる。日除けが畳まれると、横に並べられた乳母車の中が良く見えた。

「あーきゅ、きゅああ?」

 乳母車の中には、なにやらこっちを見て賢明に話しかけている赤ん坊がいた。薄紫色の髪に、不思議な色の瞳をしている。僕よりやや小さいところを見ると、少し後に生まれたのだろう。

「まあ、アルフェちゃん。ご挨拶してくれているのね」
「リーフよ。アルフェちゃんより少しだけお姉さんなの。よろしくね」

 ここは挨拶をしておいた方がいいのだろう。そう判断して、アルフェと紹介された赤ん坊の目を見つめた。

「あーうああっ」

 よろしく、という意味を込めたが、赤ん坊らしい挨拶ならば、こんなものだろう。

「あーきゃっ! きゃーきゃっ!」

 その言葉がアルフェにも通じたのか、彼女は急に輝くような笑顔を見せ、ご機嫌に手足を動かし始めた。

 円らな瞳――特に、金色の右目がキラキラと輝いてとても綺麗だ。

「きゃっ、きゃっ!」

 僕に触ろうと手を伸ばしたアルフェの指先が、ほんの少しだけ僕の腕に触れる。触れると同時にアルフェはご機嫌な声を上げて、じたばたと手足を動かした。

「ふふふ。リーフちゃんのことが好きみたい。これからは、たくさん遊びましょうね」

 なるほど、これが『普通』の赤ん坊らしい。自分よりも少し後に生まれているのならば、参考にしたところで発達の早さを怪しまれることもないだろう。

「あーうぁ」

 アルフェ、の名を意識して発音すると、彼女には通じたのかぱちぱちと瞬きをして見せた。

「あーう」

 まるで僕のことが分かっているかのように、アルフェが手を伸ばす。彼女に合わせて手を伸ばしてやると、小さな手が僕の手をきゅっと握った。
 小さくて温かくて、それでいてどこか力強い手だった。
 それが僕とアルフェの、出会いだった。
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...