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第二章 誠忠のホムンクルス
第68話 養父フェイル・ディメリアの研究
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放課後、僕たちは久しぶりに旧図書館へと向かった。中学校には広い図書室があるので普段はそちらを利用していたのだが、今日ばかりはより蔵書の多い図書館に足を運ぶ必要があった。
――前世の養父、フェイル・ディメリアの研究を調べる。
グラスだった頃から、生きるために必要な錬金術の知識以外は意識して排除してきた。皮肉にも同じホムンクルスの研究に手を出さざるを得なくなったのは、黒石病を発病したせいで、それがなければ養父とは研究においても可能な限り距離を取っていたかった。
だがそれこそが、僕に言い知れない恐怖をもたらしている原因であるとも言える。養父はとうの昔にグラスがこの手で殺し、転生してリーフとして生きているにもかかわらず、あの恐怖が何度でも蘇ってくるのはそのせいだろう。
――知らないから怖いのだ。
それが僕の出した結論だった。とはいえ、いきなりフェイル・ディメリアの研究を調べるのは不自然なので、三級錬金術検定試験を口実にさせてもらうことにした。
三級は筆記試験のみとのことなので、過去問と模範解答をざっと見ておけば問題なく合格出来るだろう。僕にとってはごく簡単な問題だからこそ、幼稚園の頃のように変に勘ぐって深掘りしてしまうのを避けておくためにも、試験対策が必須なのだ。
旧図書館では、以前からの司書が変わらずに貸し出しカウンターに座っており、僕たちの来訪を笑顔で歓迎してくれた。
フェイル・ディメリアの研究は、その年代から閉架にあると踏んでいたので、三級錬金術検定試験の対策と、選択科目の錬金術の授業の復習としてホムンクルス関連の蔵書を司書に頼み、他の研究者たちの名前の中にさりげなくフェイルの名前を混ぜておいた。
「……リーフさん、ちょっといい?」
司書の女性に呼び止められることはあまりないので、少し身構える。さすがにフェイルに関係する蔵書を頼むのは不自然だっただろうか。
「三級錬金術検定試験なら、過去五年分くらいの方が良いかしら?」
なんだ、そっちの方か。やはり、本当の目的は他のものに混ぜて隠しておくに限るな。今後も徹底しよう。
司書の問いかけに僕は少し悩む素振りを見せてから、子供らしくはきはきと答えた。
「……いえ、せっかく受けるのなら必ず合格したいので、閉架書庫にあるようなら古いものから確認させてください」
「もちろんよ。あまり古いものは今の試験問題の傾向と変わってしまうから、責任を持って選ばせてもらうわ」
柔和に笑う司書は、本に関してはかなり深い知識を持っているようだ。やっぱりここに来て良かったな。
司書の女性は僕の注文通りの本を一時間もかからずにしっかりと揃え、アルフェと向かい合わせに自習をしていた僕の元に届けてくれた。
「……三級錬金術検定試験、受けるの?」
「リオネル先生がわざわざ勧めてくれたし、今後有用である可能性が高いからね」
アルフェに気づかれないように、幾つかの本を机の上に並べていく。フェイル・ディメリアの研究は、他の錬金術師と同じ本にごく僅かに綴られているだけだった。複写論文もあったようだが、恐らく関係ないので取り寄せるには及ばないと司書の女性に断りを入れた。
さて、ここから集中して三級錬金術検定試験の過去問と、フェイルの研究を頭に入れておきたいところだな。アルフェの注意を逸らすには、まずは試験対策をしているところを見せておくべきだろう。フェイルのことは、その名前すらアルフェには知られたくない。
「……アルフェ、これから試験対策に集中するから、もし僕が返事をしなくても気にしないでくれるかい?」
「うん。ワタシも明日の魔法学の予習をするから、大丈夫だよ」
僕の内情に気づいていないアルフェは、笑顔で魔法学の教科書とノートを広げてみせる。ノートには星や流れ星を閉じ込めたあの水晶玉の設計図のようなものが、アルフェの可愛らしい字とともに綴られていた。
「一緒に頑張ろうね」
別々のことをするんだから、『お互い』なんだろうけれど、細かいことは気にせずに頷き、僕は三級錬金術検定試験の過去問を解き始めた。
問一 ポーションとエリクシールの違いを述べよ
ポーションは外傷を治療する薬の総称。傷薬であり傷口に塗布することで効果を発揮する。エリクシールは病気や毒などを治療する薬の総称。体内組織や自然治癒力に働きかけることで効果を発揮するため、内服する必要がある。
問二 賢者サライが生み出したエーテルを増幅する魔法『マキナ・アウラ』を錬金術に落とし込んだ発明品の名前を答えよ。
魔導炉。
簡単であることはわかっていたが、まさかこれほどまでとは……。
魔導炉については、機兵に搭載される主機関として設計された精密魔導器だということも、回答に含めても良い気がするのだが、それは二級以上での知識なんだろうな。
歴史上、機兵を初めて開発したのが賢者サライで、この学校の名前の元にもなっているのだけれど、八百年前の英雄はどんな発想からこんな兵器を思いついたのかは、とても興味深いな。司書の女性が見つけてくれた解説集も後で読んでおこう。
試験対策というよりは、セント・サライアス付属幼稚園、セント・サライアス小学校・中学校の生徒として知っておいて損はなさそうな知識だ。
話は逸れたが、この『マキナ・アウラ』を研究していた当時のサライの研究テーマは、魔法現象の簡略化で、その集大成の魔法が『マキナ・アウラ』だ。
『マキナ・アウラ』は、魔墨というサライが調合した特殊な液体によって、特殊な文字により超合金の板に刻み込まれていた。そこに刻まれていた文字の羅列は、サライが北欧神話という文献から持ってきたもので、情報を圧縮するのに最も適した文字媒体だった。今、簡易術式でも広く使われているルーン文字がこれに当たるのだが、ここまでの知識はやっぱり三級向けではなさそうだな。
問三 ホムンクルスの錬成に必要となる素材を二つ述べよ。
アムニオス流体、遺伝子情報が含まれる物質。
これは今日の錬金術の授業でやったとおりだ。だが、やはり『素材』として、遺伝子情報が含まれる物質を挙げられるとあの時の恐怖が蘇ってくるな。
この設問に当たったのもなにかの機会だと思って、フェイルの研究を調べてみるか。
埃の匂いの染みついた臙脂色の布表紙の本を引き寄せ、該当のページを開く。手が震えたが、爪を立てて耐えた。
フェイルの項目は、冠位錬金術師アルビオン・パラケルススの項目に連なっていた。アルビオンが二百年ほど前に放棄した不老不死の研究に執着していたというのは、グラスの記憶と一致する。
あの頃は、不死を求める錬金術師は多く、女神や神人も魔族との戦いで禁忌の取り締まりに手を出せていない時代だ。
アルビオンがなぜ不老不死の研究を放棄したのかは不明だが、フェイルに関しては異常なまでにホムンクルスの研究に没頭していたとの記載がある。
その頃引き取られた僕のことは、当然記述にはなかったが、フェイル自身の研究が、不老不死とホムンクルスの研究に偏っていたことは、はっきりと記されていた。
少し思い出してきたが、フェイルはなにかとアルビオンに執着していたので、もしかすると偉大な先人を超えようとしていたのかもしれない。それがやがて禁忌の研究になるとも気づかずに……。
当然彼の研究は、神人らによって処分され尽くしており、現代ではアルビオンのおまけ的な記載しか見られなくなっていた。他分野の研究においても、功績らしい功績はなく、僕のグラスとしての記憶のなかに残っているものが全てだということがわかった。
――そういうことか。
現代においては、フェイルはなにも成していない。グラスのことも、フェイルとは切り離されて記録に残されている。それが女神や神人の計らいだったとしても、僕と養父フェイルを繋ぐものは、もう僕の記憶以外になにも残っていないのだ。
養父の命は途絶え、歴史の中でも死んでいる。フェイルの影がつきまとうのだとすれば、それは僕の恐怖が引き起こしているものに他ならない。
――もう怖がらなくていい。僕を脅かすものはなにもないのだから。
それがわかると、もう一つの恐怖の種のようなものが気になってきた。ホムンクルスが気になり、こだわってしまうのは、その研究がグラスであった頃の僕自身の死を招いたものだからだ。それを乗り越えるためにも、この時代で禁忌をおかさずにホムンクルスを完成させるべきなのかもしれないな。
――前世の養父、フェイル・ディメリアの研究を調べる。
グラスだった頃から、生きるために必要な錬金術の知識以外は意識して排除してきた。皮肉にも同じホムンクルスの研究に手を出さざるを得なくなったのは、黒石病を発病したせいで、それがなければ養父とは研究においても可能な限り距離を取っていたかった。
だがそれこそが、僕に言い知れない恐怖をもたらしている原因であるとも言える。養父はとうの昔にグラスがこの手で殺し、転生してリーフとして生きているにもかかわらず、あの恐怖が何度でも蘇ってくるのはそのせいだろう。
――知らないから怖いのだ。
それが僕の出した結論だった。とはいえ、いきなりフェイル・ディメリアの研究を調べるのは不自然なので、三級錬金術検定試験を口実にさせてもらうことにした。
三級は筆記試験のみとのことなので、過去問と模範解答をざっと見ておけば問題なく合格出来るだろう。僕にとってはごく簡単な問題だからこそ、幼稚園の頃のように変に勘ぐって深掘りしてしまうのを避けておくためにも、試験対策が必須なのだ。
旧図書館では、以前からの司書が変わらずに貸し出しカウンターに座っており、僕たちの来訪を笑顔で歓迎してくれた。
フェイル・ディメリアの研究は、その年代から閉架にあると踏んでいたので、三級錬金術検定試験の対策と、選択科目の錬金術の授業の復習としてホムンクルス関連の蔵書を司書に頼み、他の研究者たちの名前の中にさりげなくフェイルの名前を混ぜておいた。
「……リーフさん、ちょっといい?」
司書の女性に呼び止められることはあまりないので、少し身構える。さすがにフェイルに関係する蔵書を頼むのは不自然だっただろうか。
「三級錬金術検定試験なら、過去五年分くらいの方が良いかしら?」
なんだ、そっちの方か。やはり、本当の目的は他のものに混ぜて隠しておくに限るな。今後も徹底しよう。
司書の問いかけに僕は少し悩む素振りを見せてから、子供らしくはきはきと答えた。
「……いえ、せっかく受けるのなら必ず合格したいので、閉架書庫にあるようなら古いものから確認させてください」
「もちろんよ。あまり古いものは今の試験問題の傾向と変わってしまうから、責任を持って選ばせてもらうわ」
柔和に笑う司書は、本に関してはかなり深い知識を持っているようだ。やっぱりここに来て良かったな。
司書の女性は僕の注文通りの本を一時間もかからずにしっかりと揃え、アルフェと向かい合わせに自習をしていた僕の元に届けてくれた。
「……三級錬金術検定試験、受けるの?」
「リオネル先生がわざわざ勧めてくれたし、今後有用である可能性が高いからね」
アルフェに気づかれないように、幾つかの本を机の上に並べていく。フェイル・ディメリアの研究は、他の錬金術師と同じ本にごく僅かに綴られているだけだった。複写論文もあったようだが、恐らく関係ないので取り寄せるには及ばないと司書の女性に断りを入れた。
さて、ここから集中して三級錬金術検定試験の過去問と、フェイルの研究を頭に入れておきたいところだな。アルフェの注意を逸らすには、まずは試験対策をしているところを見せておくべきだろう。フェイルのことは、その名前すらアルフェには知られたくない。
「……アルフェ、これから試験対策に集中するから、もし僕が返事をしなくても気にしないでくれるかい?」
「うん。ワタシも明日の魔法学の予習をするから、大丈夫だよ」
僕の内情に気づいていないアルフェは、笑顔で魔法学の教科書とノートを広げてみせる。ノートには星や流れ星を閉じ込めたあの水晶玉の設計図のようなものが、アルフェの可愛らしい字とともに綴られていた。
「一緒に頑張ろうね」
別々のことをするんだから、『お互い』なんだろうけれど、細かいことは気にせずに頷き、僕は三級錬金術検定試験の過去問を解き始めた。
問一 ポーションとエリクシールの違いを述べよ
ポーションは外傷を治療する薬の総称。傷薬であり傷口に塗布することで効果を発揮する。エリクシールは病気や毒などを治療する薬の総称。体内組織や自然治癒力に働きかけることで効果を発揮するため、内服する必要がある。
問二 賢者サライが生み出したエーテルを増幅する魔法『マキナ・アウラ』を錬金術に落とし込んだ発明品の名前を答えよ。
魔導炉。
簡単であることはわかっていたが、まさかこれほどまでとは……。
魔導炉については、機兵に搭載される主機関として設計された精密魔導器だということも、回答に含めても良い気がするのだが、それは二級以上での知識なんだろうな。
歴史上、機兵を初めて開発したのが賢者サライで、この学校の名前の元にもなっているのだけれど、八百年前の英雄はどんな発想からこんな兵器を思いついたのかは、とても興味深いな。司書の女性が見つけてくれた解説集も後で読んでおこう。
試験対策というよりは、セント・サライアス付属幼稚園、セント・サライアス小学校・中学校の生徒として知っておいて損はなさそうな知識だ。
話は逸れたが、この『マキナ・アウラ』を研究していた当時のサライの研究テーマは、魔法現象の簡略化で、その集大成の魔法が『マキナ・アウラ』だ。
『マキナ・アウラ』は、魔墨というサライが調合した特殊な液体によって、特殊な文字により超合金の板に刻み込まれていた。そこに刻まれていた文字の羅列は、サライが北欧神話という文献から持ってきたもので、情報を圧縮するのに最も適した文字媒体だった。今、簡易術式でも広く使われているルーン文字がこれに当たるのだが、ここまでの知識はやっぱり三級向けではなさそうだな。
問三 ホムンクルスの錬成に必要となる素材を二つ述べよ。
アムニオス流体、遺伝子情報が含まれる物質。
これは今日の錬金術の授業でやったとおりだ。だが、やはり『素材』として、遺伝子情報が含まれる物質を挙げられるとあの時の恐怖が蘇ってくるな。
この設問に当たったのもなにかの機会だと思って、フェイルの研究を調べてみるか。
埃の匂いの染みついた臙脂色の布表紙の本を引き寄せ、該当のページを開く。手が震えたが、爪を立てて耐えた。
フェイルの項目は、冠位錬金術師アルビオン・パラケルススの項目に連なっていた。アルビオンが二百年ほど前に放棄した不老不死の研究に執着していたというのは、グラスの記憶と一致する。
あの頃は、不死を求める錬金術師は多く、女神や神人も魔族との戦いで禁忌の取り締まりに手を出せていない時代だ。
アルビオンがなぜ不老不死の研究を放棄したのかは不明だが、フェイルに関しては異常なまでにホムンクルスの研究に没頭していたとの記載がある。
その頃引き取られた僕のことは、当然記述にはなかったが、フェイル自身の研究が、不老不死とホムンクルスの研究に偏っていたことは、はっきりと記されていた。
少し思い出してきたが、フェイルはなにかとアルビオンに執着していたので、もしかすると偉大な先人を超えようとしていたのかもしれない。それがやがて禁忌の研究になるとも気づかずに……。
当然彼の研究は、神人らによって処分され尽くしており、現代ではアルビオンのおまけ的な記載しか見られなくなっていた。他分野の研究においても、功績らしい功績はなく、僕のグラスとしての記憶のなかに残っているものが全てだということがわかった。
――そういうことか。
現代においては、フェイルはなにも成していない。グラスのことも、フェイルとは切り離されて記録に残されている。それが女神や神人の計らいだったとしても、僕と養父フェイルを繋ぐものは、もう僕の記憶以外になにも残っていないのだ。
養父の命は途絶え、歴史の中でも死んでいる。フェイルの影がつきまとうのだとすれば、それは僕の恐怖が引き起こしているものに他ならない。
――もう怖がらなくていい。僕を脅かすものはなにもないのだから。
それがわかると、もう一つの恐怖の種のようなものが気になってきた。ホムンクルスが気になり、こだわってしまうのは、その研究がグラスであった頃の僕自身の死を招いたものだからだ。それを乗り越えるためにも、この時代で禁忌をおかさずにホムンクルスを完成させるべきなのかもしれないな。
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