アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第二章 誠忠のホムンクルス

第76話 ホムンクルス覚醒

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 ホムンクルスの育成を始めて七日目――。

 試験管の中には、僕よりも年格好がやや上ぐらいのホムンクルスが膝を抱えて丸まった姿で浮いている。

 予定通り育成が進んだホムンクルスは、今まさに目覚めの刻を迎えようとしている。

 ホムンクルスの錬成は二度目だが、実際に覚醒させるのは初めてだ。前世で容れ物として用意していた自分グラスのホムンクルスと似ても似つかぬ少女の姿と、試験管に写る自分の姿を見比べ、大きく息を吐いた。

「さて、そろそろ始めようか」

 酸素吸入魔導器のポンプを外し、アムニオス流体を外に流すためのホースと入れ替える。あとはバルブを捻ればアムニオス流体が外に流れ、ホムンクルスは肺呼吸を始めて覚醒する。

 当然裸のままなので、着替えとバスタオルも用意した。着替えは僕の服では小さいので、母がホムンクルスのためにメイド風の服を作ってくれた。白を基調としたノースリーブの上衣に、黒を基調としたエプロンつきのスカートが一体となったワンピースで、背中側のウエスト位置にあるオレンジのリボンが特徴だ。

 僕の帽子に合わせてか、ホムンクルスにはホワイトブリムと呼ばれる白いフリル素材のヘッドドレスがトレードマークになっている。

「……そういえば、名前を決めていなかったな」

 ホムンクルスだし、頭の文字を取って『ホム』でいいだろう。武器であり盾となる存在なので、馴れ合うつもりもない。あまり情をかけずにおきたいところだ。

 名前を決めたところで、ホムンクルスを覚醒させる心の準備が調った。

「さあ、目覚めろ。ホム――」

 バルブを開くと、試験管を満たしているアムニオス流体がゆっくりと水かさを減らしていく。試験管の中で揺らいでいたホムは、その変化に目を覚まし、真っ直ぐに僕を見つめた。白い髪からアムニオス流体の水滴が滴り、窓から差し込んだ朝の陽の光の中で煌めいている。不覚にもその姿を、美しいと思ってしまった。

「……お前の役割は、既に理解しているはずだ。僕への忠誠を示せ」

 アムニオス流体が抜けきらない試験管の中で、ホムと名付けたホムンクルスが、ゆっくりとひざまずく。そして深々と頭を垂れ、忠誠を誓った。

「今この時より、わたくしの全てを貴方に捧げます。マイマスター、リーフ・ナーガ・リュージュナ様」

 ホムが抑揚のない声で紡いだ言葉から、僕は初めて所有することになったホムンクルスの錬成成功を確信した。


 アムニオス流体で濡れた身体を拭かせ、母が用意してくれた服に着替えさせた後、両親にホムを紹介する。

 母も父もホムの誕生を喜び、まるで家族のように温かくホムを迎え入れた。名前については適当につけたとは言えないので、ホムンクルスであることから『ホム』と名付けることは、覚えやすく、その特徴を捉えた実に合理的な名前だと後付けの理由をつけて押し通した。

「……ホムはどう思う? この名前でいいかい?」

 なおも心配そうな両親を安心させるため、ホム本人にも名前のことを訊ねる。

「わたくしも気に入っております、マスター」

 ホムが絶対に否定しないとわかっているのは僕だけだが、両親を納得させるには十分だった。


   * * *


 事前に術式で知識や僕の記憶を共有しているものの、アムニオス流体から出して数日は、外界の刺激に慣れさせておく必要がある。残りの冬休みの間は、家で過ごさせることにした。

 ホムは最初から母を手伝う僕を手伝い、初日から家事をよくこなして母を驚嘆させた。

「褒めて伸ばすと愛情が育つのよ。ホムちゃんのこと、褒めてあげてね」
「わかりました。ホム、おいで」

 母に言われ、いつも両親にされてきたように、『いいこいいこ』と頭を撫でる仕草を加えて褒めることにする。

 ホムは僕が撫でやすいように身を屈め、目を閉じて頭を差し出した。

「よくやってくれている。この調子で頼むよ」
「ありがとうございます、マスター」

 頭を撫でながら褒めた僕を、ホムが上目遣いで見つめる。笑顔とはまた違うが、全ての感情を抑制しているわけではないので、喜んでいるらしいことは伝わってきた。

 ――笑ったら、多分可愛いんだろうな。

 ふと頭に浮かんだ言葉に、自分でも驚いた。ホムンクルス相手に、僕はなにを考えているのだろう。

「……どうかされましたか、マスター?」
「いや、なんでもない。もう寝ようか、ホム」

 驚きはしたが、嫌な感覚ではなかった。家族やアルフェに感じている『すき』とはまた少し違うけれど、悪くない感覚かもしれない。

 ホムの分のベッドと寝具を両親が僕の部屋に用意してくれたので、そのまま従うことにした。僕個人としては、物置小屋でもいいと思っていたのだが、さすがにそれは両親に心配されるだろう。両親の目もあるので、僕とホムはこれから同じ寝室で眠る。

「おやすみ、ホム」
「おやすみなさいませ、マスター」

 ホムに今日最後の命令を出し、背を向けるようにして寝返りをうつ。ベッドは離してあるが、同じ部屋にいるのに気配がほとんどないのはちょっと不気味だ。

 この生活に慣れるには、それ相応の時間が必要そうだな。そういう意味では、環境適応をあらかじめコントロールできるホムンクルスは便利だ。人間の方がしばらくは合わせる必要があるとは、計算外だった。そもそも、僕は――

 とりとめもない考えの途中で、僕の意識は夢の中へと落ちていった。
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