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第二章 誠忠のホムンクルス

第80話 ホムとの登校

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 冬休みのうちに必要書類の提出とともに同時に借りていた試験管と酸素吸入魔導器を返却し、ホムの従者としての登校許可を得た。

 休み明けの初日となる今日は、アルフェとホム二人分のお弁当を作り、普段よりも早めの時間にいつもの通学路でアルフェと待ち合わせた。アルフェは覚醒したホムと会えるのを心待ちにしていたようで、僕たちよりも早く到着していた。

「はじめまして、ホムちゃん。ワタシ、アルフェ! 仲良くしようね」

 白い息を弾ませながら、アルフェが明るい笑顔でホムの前に両手を差し出す。

「身に余るお言葉、ありがとうございます。アルフェ様」

 ホムはアルフェが差し出した手を取り、迷わずその場に跪いた。

「そんなことしなくていいよ! ワタシとホムちゃんは、友だちなんだから」

 従者としての立場を弁えて接するようにあらかじめ教え込んでいたのだが、案の定アルフェはホムの態度に困惑しているようだ。

「しかし、従者としてそのような――」
「アルフェに合わせて。出来るね、ホム?」

 ある程度融通が利くようにホムに言い聞かせる。ホムは素直に立ち上がり、僕に向かって頭を垂れると、アルフェに向き直った。

「アルフェ様の仰せのとおりに致します」
「ありがとう、ホムちゃん。じゃあ、手を繋いで学校まで行こっ」

 アルフェが微笑み、僕とホムの間に入る。そうしていつものように僕と手を繋ぐと、ホムにもそうするように促した。

「……これで良いのでしょうか?」
「うん。軽く握り返してあげると、アルフェも喜ぶと思うよ」

 さりげなく力加減を指示しながら、僕もアルフェの手を握り返す。

「えへへっ。でも、リーフとはこうして繋ぎたいなぁ」

 そう言いながらアルフェは僕と指を絡めて手を握り直し、僕の帽子に頬を寄せた。

 目立たないようにと早めに登校するのを見越してか、校舎のエントランスホールでアナイス先生とリオネル先生が待っていた。

「素晴らしいです、リーフ。初めて作ったホムンクルスとは思えません……!」

 自身も錬金術師であるリオネル先生が、興奮を隠せない様子でホムに魅入っている。性能は外見からはわからないが、見た目にこだわったせいで、特徴が出てしまったな。描き込んだ術式を起動させるのにかなりのエーテルを消耗したことは、幸か不幸かエーテル過剰生成症候群のせいに出来たので、特に言及されなかった。

 リオネル先生によると、ホムンクルス生成の失敗例で最も多いのが、エーテル不足による錬成陣起動不全で、その次は酸素吸入魔導器のトラブルらしい。

 前世を含めると二度目のホムンクルス錬成ではあるので、失敗する確率はかなり低かったんだが、ここまで驚かれると少しは自重した方が良かったかな。まあ、この先も一緒に過ごすことを考えると変に妥協しないで良かったといえば良かったのだが。

「……想像以上に素晴らしい完成を見せてくれましたね。やはり、我が校の特待生に選んだ私たちの目は確かでした。ただ、そのことでひとつ懸念があります」
「……ホムンクルスの闇取引の話でしょうか?」

 僕の問いかけに、アナイス先生が静かに頷く。どうやら父から聞いたあの話は、先生方の間でも噂になっているらしい。

「校内はもちろん、登下校の監視も強化します。ですが、万が一を避けるため、少しでも不審に感じることがあれば、すぐに知らせてください」

 三級錬金術検定試験の初めての合格者であり、この学校唯一のホムンクルス所有資格者である僕のために、学校側も早めに対策を用意してくれていたようだ。

「ありがとうございます。なにかあればすぐに報告いたします」

 僕の発言にホムも無言で頷く。

「ワタシも、リーフとホムちゃんが安心できるように気をつけるね」
「助かります、アルフェ」

 アルフェの協力にアナイス先生が柔らかに微笑む。アルフェもそれに誇らしげに微笑みを返した。

「今日からホムをよろしくお願いします。アルフェもありがとう」

 魔法学の授業を通じて、アルフェとアナイス先生の間にも信頼関係が育っているらしいことが伝わってくる。僕の表情も自然と和らいだ。


 ホムを伴って授業を受ける僕は、案の定注目を浴びた。初日ということもあり、リオネル先生から三級錬金術検定試験の合格によるホムンクルス所有資格の取得の周知がなされたことで、物珍しがられたものの、批判の声は向けられなかった。

 さすが小学校とは異なり、特別待遇であることへの不満などは聞こえてこない。この学校では、三級錬金術検定試験に合格し、自分の力で錬成を行えば僕と同じようにホムンクルスを従者として伴うことが出来ると誰もが知っているからだ。

 とはいえ、そうでもない人間もいるもので――

「いいな、それ。俺にも作ってくれよ、リーフ」

 中庭でお弁当を食べている僕たちをわざわざ訪ねてきたのは、グーテンブルク坊やだった。相変わらず、従者のジョストも従えている。

「所有するにも資格がいるのだけれど、取得済みかい?」
「う……」

 まあ、そうだろうなと思ったが、グーテンブルク坊やは閉口して顔を真っ赤に染めて走って行った。ジョストがグーテンブルク坊やに代わって頭を下げ、謝罪の意を示して去る。やれやれあんな立派な従者がいるのに、人のホムンクルスを欲しがるなんてどうかしているぞ。

「……お友だちが減っちゃって淋しいのかな?」

 そんなグーテンブルク坊やにまで同情を示すアルフェは優しいな。けれど、アルフェにはちゃんと現実を見せてあげた方がいい。

「友だち? 取り巻きの間違いだよ、アルフェ。……あの二人は全然対等じゃないじゃないか」

 視界の端で追っていたジョストは、案の定グーテンブルク坊やに八つ当たりで小突かれている。そのぞんざいな扱いにさすがのアルフェも気がついたのか、悲しげに眉を下げた。

「……そっか。あの子は従者なんだもんね」

 そう、従者である限り、その立場は対等ではない。人間はともかく、ホムは僕に対して絶対服従を誓うように運命づけられた従者なのだ。アルフェは友だちだと思っているようだけれど、ここではっきりと伝えておかなければ。

「……まあ、それで言うなら、僕たちとホムもそうなるんだけど――」
「違うよ」

 アルフェが珍しく僕の言葉を遮り、ホムを抱き寄せて頬を寄せた。

「ワタシとホムちゃんはもう友だちだもん。ねっ、ホムちゃん?」

 突然抱きつかれたホムは、当惑した顔で僕の方を見つめたが、命令どおりアルフェに合わせた。

「光栄にございます」

 まあ、僕の命令がなくてもホムは、違うとは言わないだろうな。そういえば、アルフェが友だちだと公言したのは、僕以外では初めてだ。それぐらいホムのことを気に入ってくれたことを、まずは喜んでおこう。
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