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第三章 暴風のコロッセオ

第115話 学園都市カナルフォード

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「ねえ、アルフェ。その角膜接触レンズコンタクトだけど、新しいものと交換しようか」
「ううん。これから忙しくなるし、困ってないから大丈夫だよ」

 いつもなら二つ返事で同意してくれるアルフェが、珍しく首を横に振った。

「それより、リーフ。見て!」

 笑顔に戻ったアルフェが、いよいよ間近に迫ったカナルフォード学園都市を指差す。

 このカナルフォード学園は、アルカディア帝国のグレイスフィール領に建設された帝国随一の学園都市だ。

 都市に存在する幼等部、初等部、高等部、大学部および、さらに高次の研究機関を含めたあらゆる学術機関を総称して『カナルフォード学園』と呼ばれている。

「コロッセオ、おっきいねぇ。リーフのアーケシウスも、活躍できるかな?」
「さあ、どうだろうね」

 都市の中心に近い湾岸には、堅牢なコロッセオが建てられており、湖上からもその全貌がはっきりと見える。僕たちが進学するカナルフォード高等教育学校では、毎年八月にこのコロッセオで『武侠宴舞ゼルステラ』という機兵を用いた模擬戦闘による機兵競技を行事として取り入れており、軍事国家であるアルカディア帝国の伝統的な民間娯楽として広く知られている。

 まあ、本物の戦争の時代を生きてきたグラスだった頃の僕にとっては、娯楽として親しまれるほどに今の時代が平和であると言い換えることも出来るのだけれど。

「……良くも悪くも軍事国家だということを、この先理解することになるんだろうね」
「わたくしは軍事科ですし、その知識と技術をマスターのためにお役立ていたします」
「ああ。頼んだよ、ホム」

 何かが起きたときに、軍事力は役に立つだろう。それこそ女神の気まぐれで、国が滅ぼされるなんていうことがあり得ないわけでもない。
遠く離れたカナド地方の小さな村が、歴史的な暴風雨で一晩のうちに消えてしまったという不穏な噂もあるぐらいだから、僕個人に女神たちが干渉しないという話も、鵜呑みにはしていられない。

 だからこそ、ホムには軍事科を専攻してもらった。たとえ個人で動かせるものの範囲が限られていたとしても、身に着けておいて損はないはずだ。

「……でも、せっかく都会なんだから、もっとお洒落で可愛いこともしたいなぁ」

 カナルフォード学園では、アルフェは引き続き魔法学を、僕は工学科で錬金術と学ぶことになっている。軍事科目が必修であるとはいえ、僕たちの本命はあくまで学術だ。

「アルフェには、そっちの方が似合うからね」

 コロッセオから視線を移し、北東部にある大学エリアを眺める。ドーム型の大きな屋根の建物は、大学部の目印にもなっている天体観測所だ。

「あそこでリーフと星を眺められたら、ロマンチックなんだろうな」
「大学に入ったら占星術を専攻してみてもいいね」

 アルフェがどういった進学先を選ぶかはわからないが、僕に付き合わせることもない。僕がニブルヘイム医科大学を目指すというのは当面の間は伏せておこう。アルフェの両親も、これ以上アルフェが遠くへ行ってしまうと寂しく感じるだろうし。

「ホムちゃんと三人で、天体観測所を独り占めできたらいいね」

 僕の考えなど知らないアルフェが無邪気にはしゃいでいる。不意に話を振られたホムは、真顔で目を瞬かせて、小首を傾げた。

「三人でも独り占めというのでしょうか?」

 それは確かに気になるが、まあ、ニュアンスは伝わるだろう。

「ワタシたちは一心同体みたいにずーっと一緒だから、独り占めでいいんだよ」

 アルフェは嬉しそうに笑って、僕とホムをぎゅっと抱き締める。

「勿体ないお言葉です」

 ホムもアルフェの抱擁にすっかり慣れた様子で笑顔を見せている。
ああ、万が一のことばかり考えてしまうけれど、ホムにはこうして笑顔でいてほしいものだな。僕たちを守るために戦う運命を背負わせてしまっているけれど。僕も生みの親としてもっと強くならなければ。

 三人で話しながら陸地を眺めているうちに、速度を落とした船が港に着岸しつつある。

「そろそろ、下船に向けて動いた方がよさそうですね、マスター」

 甲板に上ってきた船員が、預かり荷物のアナウンスを始めたのを、ホムが耳ざとく聞きつけた。

「アーケシウスを見てきましょうか、マスター」
「ああ。頼んだよ、ホム」

 必須科目のひとつである機兵訓練には、機兵での実戦が組み込まれている。少女の姿から成長出来ない僕は、事前の申請で体格に合うアーケシウスの持ち込みを特別に許可されているのだ。

 下船したら、まずは船倉せんそうの格納庫に預けているアーケシウスを荷受けして大型荷物輸送の手続きをしなければな。

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