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第三章 暴風のコロッセオ
第116話 車窓からの景色
しおりを挟む舷梯を降りると、先ほどまで船の上から見ていた都市が僕たちを迎えた。
「あっ、路面列車!」
港に係留された船から少し離れたところに、路面列車の線路が続いているのが見える。アルフェが指差した先を見ると、臙脂色の路面列車が遠く離れていくところだった。
線路を目で辿ってみると、路面列車というだけあって、道路と並行して走行しているのがわかる。建物の間を縫うように張り巡らされている線路は、僕たちが生まれ育ったトーチ・タウンにはなかったものだ。アルフェが声を弾ませているのを耳にしながら、僕は列車と行き交う蒸気車両をざっと眺めた。
客船が港に入ったことで、送迎の蒸気車両や大型荷物輸送の輸送車両が集まり、港周辺はそれなりに混雑している。
トーチ・タウンとは異なり、アーケシウスを街中で自由に乗り回すことができないのは、おそらく発展している交通機関の影響だろう。それ相応の許可を取得すれば、街中で乗ることもできるらしいが、わざわざ目立つような真似もしたくない。
「マスター。大型荷物輸送の手続きが終わりました」
アーケシウスの様子を見に行っていたホムが、僕と二人分のトランクを抱えて戻ってくる。
「ああ、ご苦労だったね、ホム」
ホムを労いながら輸送車両の駐車場に視線を移すと、カナルフォード学園の紋章が描かれた輸送車両が入ってきているのが見えた。
アーケシウスはこれから、カナルフォード学園が所有する格納庫へ運び込まれることになっている。今後は学園の管理下に置かれるため、アーケシウスともしばらくはお別れだ。
「さて、寮に向かわないとね」
「うん。アルフェ、あれに乗りたい!」
「もちろん、そのつもりだよ」
カナルフォード学園での移動は蒸気を動力とする路面列車だ。料金は一律一○ガルダで、街を周遊しているので、万が一乗り過ごしてもこの港湾前に戻ってこられる。
「ホム、これで料金を支払ってくれ」
銅貨二枚を財布から取り出し、一枚をホムに渡す。
「ありがとうございます、マスター」
ホムは嬉しそうに銅貨を握りしめ、恭しく頭を垂れた。
「ふふっ。リーフがそうやってると、ママみたいだね」
「まあ、生みの親には違いないけれどね。でも、そろそろホムが自由に使えるお金も必要そうだ」
「この程度の距離であれば、走ります。マスターの資産をお譲り頂くに及びません」
「心がけは嬉しいけれど、僕たちは家族だよ、ホム。父上と母上からホムの分もちゃんと預かってる」
今まではあまりお金を使う場面がなかったが、選考科目が異なることを考えると、そろそろホムにも財布を持たせておかないとな。
* * *
港の最寄りの駅、港湾前駅から路面列車に乗り込むと、窓から湖を抜けた涼しい風が入り込んできた。
明日の入学式を控えてカナルフォード学園にやってくる生徒が多いかと思っていたのだが、意外にも僕たち以外の乗客は大人たちばかりだった。
「みんな、もう寮に入ってるのかな?」
「遠方の都市から来る生徒も多いだろうし、そうなんじゃないかな」
天候や交通機関の影響で一日や二日の遅延があり得るので、遠方なら尚更万全を期すだろう。あとは、カナルフォード学園にやってくる生徒には貴族が多いらしいから、送迎用の蒸気車両を手配しているのかもしれないな。
「……すごいねぇ、都会だねぇ」
路面列車の最後尾に座っているアルフェが、飽くことなく窓の外を眺めている。初めて親元を離れた新しい生活で不安があるかもしれないと思っていたけれど、案外アルフェは大丈夫そうだ。
その証拠に、アルフェの左右の足が楽しげに揺れている。赤ん坊の頃から、楽しいと足を動かす癖は、こんなに大きくなっても変わらないものらしい。僕を追い越して成長していくアルフェを間近で見ていても、嬉しさしか感じないのは、多分それもあるんだろうな。姿が変わっていっても、アルフェの本質はずっと変わらないのだと、僕はもう知っているのだから。
「リーフも嬉しそうだね。楽しみだね」
アルフェがふと僕の方を向き、目を合わせて微笑む。
「そうだね。アルフェが淋しがっているかもと思ったけど、安心したよ」
「ワタシ、どこにいてもリーフが一緒なら淋しくないよ」
そう言いながらアルフェが膝の上に置いていた手を伸ばし、僕と指先を絡めて手を繋ぐ。すっかり大きくなった手に包まれる感覚は、僕の安堵をさらに高めた。
「あっ、寮が見えて来た。あれかな?」
アルフェが指差す先には、青い屋根と白い壁が特徴的な寮がある。確か、港から近い北側は貴族寮前駅なので、僕たちが降りる平民寮前は、その次だ。
「そっちは貴族寮だよ。僕たちは、次だね」
学生寮の区画は停留所が南北に二ヵ所あり、貴族寮前を過ぎた路面列車が公園を横切って南下していく。
寮自体も、中学、高校、大学で寮が分けられているらしく、公園や広い庭を挟んで三棟に分かれており、広々とした区画には、テニスコートや茶褐色の屋根が特徴の錬武場などが揃えられている。ちょっとした日用品や食料品を扱う店も並んでいるので、この寮の区画だけでひとつの街のような雰囲気だ。
かなり広い貴族寮を抜けたところで、緑の屋根が見えて来た。僕たちが入寮する、一般寮だ。線路の経路が理由で、平民寮前駅と貴族寮前駅はかなり離れているけれど、こうして見てみると、貴族寮と平民寮は、中庭を挟んでほぼ向かい側に位置しているようだな。
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