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第三章 暴風のコロッセオ
第166話 傷心のホム
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メルアの治癒魔法は的確で早く、ホムは無事に回復した。風の刃で切り刻まれてボロボロになってしまった服もすっかり元通りだ。
「ついでに服も直しちゃったよー。大サービスだからね」
「……ありがとう……ございます」
元はといえば、エステアが決闘を挑まなければこんなことにはならなかったので、複雑だ。メルアに罪はないのでお礼を言ったものの、僕の声は震えていた。
「恨むんなら、イグニスを恨んじゃって。亜人差別絡みでも結構あくどいことやってるんだから」
冗談めかした口調で、メルアがそっと教えてくれる。エステアのルームメイトということで、かなり警戒していたが、メルアはかなり話しやすいタイプなのかもしれない。
「誘眠、強めにかけちゃったし、今夜は目を覚まさないかもだけど、心配はいらないからね」
僕の心配を先読みして話してくれるメルアは、こちらの心情をきちんと理解してくれているようだ。
「まあ、ちゅーても、この子の場合、睡眠で自己修復能力が高まるし、眠ったまんまの方がいいっしょ?」
自己修復能力という言葉を選んだあたり、メルアはホムがホムンクルスであることを理解して発言している。メルアに話したつもりはなかったので、かなり驚いた。
「……どうしてそれを……?」
「ホムンクルスが合格したって、有名じゃん。学園史上初だって噂だよ」
メルアはそう言いながらホムの髪をそっと撫でた。手のひらから柔らかな光が具現し、ホムの少し短くなった髪が元のように整った。
「キミがそのマスターだよね。今後ともヨロシクってことで」
メルアににこやかに微笑まれ、曖昧に頷いた。メルアは手を振りながら去って行ったが、宜しくと言われたところで、貴族寮の上級生と関わる機会など、ほとんどないだろう。それとも、メルアにはなにか思うところがあるのだろうか。特級錬金術師の資格を持っているとは聞いているが――
「……リーフ」
消灯時間を過ぎて人気のなくなった練武場に、ヴァナベルの声は良く響いた。
「オレたちもそろそろ戻らねぇとな」
「ああ、そうだね」
ホムの治療のため、ここに残ることを警備員に免除されたが、それももう終わりだ。
「あたしが運ぶよ」
「ありがとう、ファラ」
眠ったままのホムをファラが担いで寮の部屋まで運び、ベッドに寝かせてくれた。
「おやすみ、ホム」
薄い上掛けをホムにそっとかけてやり、よく眠れるように明かりを落とす。
しんとした部屋で、ホムと二人きりになると、ホムが敗北したあの瞬間の出来事がありありと脳裏に蘇ってきた。
ホムと僕は家族だ。もう僕を守るための盾なんかでは居させられない。この先、仮に僕たちを脅かす者が現れたとして、どうやって戦うべきなのだろう。
悩みながら机の引き出しの鍵を開け、中から|真なる叡智の書を取り出して手に取った。
「……っ……」
ベッドの方から、ホムが目を覚ましたような気配がして振り向く。
「どうした、ホム。どこか痛むのか?」
首を巡らせると、薄闇の中でホムが起き上がろうとしているのが見えた。
「……いいえ」
「そのまま横になっていて。僕がそっちへ行く」
真なる叡智の書を手にしたまま、僕はホムのベッドの縁に腰かけた。
「……申し訳ありません、マスター」
「謝ることはないよ」
真なる叡智の書を膝の上に置き、額にかかったホムの髪を指で梳いてやる。悪い夢でも見たのか、ホムは額にうっすらと汗をかいていた。
「……マスターのために戦うのがわたくしの役割なのに、……それなのに、エステア様相手に全く歯が立たずに負けてしまいました……」
「エステアの強さもあるけれど、敵意のない人間相手に本気を出せるほど、ホムは冷徹じゃないだろう。きっと、無意識のうちに加減して――」
「そんな余裕は微塵もありませんでした」
僕の言葉を遮り、ホムが力なく首を横に振る。
「わたくしは、今のわたくしの全力で挑んで敗北したのです」
「けれど、イグニスと戦った直後じゃないか」
その言葉にホムは悲しげな視線を返した。目が合った瞬間、ホムがなにを考えているのか、察しがついてしまった。ホムは今、僕の想像以上に深く傷ついている。
「……マスター。マスターのために戦えない、勝つことができないのなら、ホムは一体なんのためにおそばにいるのでしょうか」
ああ、これは僕のせいだ。僕が最初から家族としてホムに接していれば、そんな悩みなど抱かせずに済んだのに。
「……そんなこと、考えなくていいんだよ。たとえ戦うことが出来なかったとしても、僕たちは家族だ。それではダメかい?」
ホムは頷かなかった。涙をいっぱい溜めた目で、僕を見つめている。
「今はとにかく身体を休めておやすみ」
頭を撫でてやる。ホムは目を閉じるが、悔しさに嗚咽が零れてくる。
僕はホムになんて声をかけてやればわからなくて、僕は膝の上の真なる叡智の書に視線を落とした。
ひとりでに開いたページには、誘眠を発動させる簡易術式が描かれていた。
「ついでに服も直しちゃったよー。大サービスだからね」
「……ありがとう……ございます」
元はといえば、エステアが決闘を挑まなければこんなことにはならなかったので、複雑だ。メルアに罪はないのでお礼を言ったものの、僕の声は震えていた。
「恨むんなら、イグニスを恨んじゃって。亜人差別絡みでも結構あくどいことやってるんだから」
冗談めかした口調で、メルアがそっと教えてくれる。エステアのルームメイトということで、かなり警戒していたが、メルアはかなり話しやすいタイプなのかもしれない。
「誘眠、強めにかけちゃったし、今夜は目を覚まさないかもだけど、心配はいらないからね」
僕の心配を先読みして話してくれるメルアは、こちらの心情をきちんと理解してくれているようだ。
「まあ、ちゅーても、この子の場合、睡眠で自己修復能力が高まるし、眠ったまんまの方がいいっしょ?」
自己修復能力という言葉を選んだあたり、メルアはホムがホムンクルスであることを理解して発言している。メルアに話したつもりはなかったので、かなり驚いた。
「……どうしてそれを……?」
「ホムンクルスが合格したって、有名じゃん。学園史上初だって噂だよ」
メルアはそう言いながらホムの髪をそっと撫でた。手のひらから柔らかな光が具現し、ホムの少し短くなった髪が元のように整った。
「キミがそのマスターだよね。今後ともヨロシクってことで」
メルアににこやかに微笑まれ、曖昧に頷いた。メルアは手を振りながら去って行ったが、宜しくと言われたところで、貴族寮の上級生と関わる機会など、ほとんどないだろう。それとも、メルアにはなにか思うところがあるのだろうか。特級錬金術師の資格を持っているとは聞いているが――
「……リーフ」
消灯時間を過ぎて人気のなくなった練武場に、ヴァナベルの声は良く響いた。
「オレたちもそろそろ戻らねぇとな」
「ああ、そうだね」
ホムの治療のため、ここに残ることを警備員に免除されたが、それももう終わりだ。
「あたしが運ぶよ」
「ありがとう、ファラ」
眠ったままのホムをファラが担いで寮の部屋まで運び、ベッドに寝かせてくれた。
「おやすみ、ホム」
薄い上掛けをホムにそっとかけてやり、よく眠れるように明かりを落とす。
しんとした部屋で、ホムと二人きりになると、ホムが敗北したあの瞬間の出来事がありありと脳裏に蘇ってきた。
ホムと僕は家族だ。もう僕を守るための盾なんかでは居させられない。この先、仮に僕たちを脅かす者が現れたとして、どうやって戦うべきなのだろう。
悩みながら机の引き出しの鍵を開け、中から|真なる叡智の書を取り出して手に取った。
「……っ……」
ベッドの方から、ホムが目を覚ましたような気配がして振り向く。
「どうした、ホム。どこか痛むのか?」
首を巡らせると、薄闇の中でホムが起き上がろうとしているのが見えた。
「……いいえ」
「そのまま横になっていて。僕がそっちへ行く」
真なる叡智の書を手にしたまま、僕はホムのベッドの縁に腰かけた。
「……申し訳ありません、マスター」
「謝ることはないよ」
真なる叡智の書を膝の上に置き、額にかかったホムの髪を指で梳いてやる。悪い夢でも見たのか、ホムは額にうっすらと汗をかいていた。
「……マスターのために戦うのがわたくしの役割なのに、……それなのに、エステア様相手に全く歯が立たずに負けてしまいました……」
「エステアの強さもあるけれど、敵意のない人間相手に本気を出せるほど、ホムは冷徹じゃないだろう。きっと、無意識のうちに加減して――」
「そんな余裕は微塵もありませんでした」
僕の言葉を遮り、ホムが力なく首を横に振る。
「わたくしは、今のわたくしの全力で挑んで敗北したのです」
「けれど、イグニスと戦った直後じゃないか」
その言葉にホムは悲しげな視線を返した。目が合った瞬間、ホムがなにを考えているのか、察しがついてしまった。ホムは今、僕の想像以上に深く傷ついている。
「……マスター。マスターのために戦えない、勝つことができないのなら、ホムは一体なんのためにおそばにいるのでしょうか」
ああ、これは僕のせいだ。僕が最初から家族としてホムに接していれば、そんな悩みなど抱かせずに済んだのに。
「……そんなこと、考えなくていいんだよ。たとえ戦うことが出来なかったとしても、僕たちは家族だ。それではダメかい?」
ホムは頷かなかった。涙をいっぱい溜めた目で、僕を見つめている。
「今はとにかく身体を休めておやすみ」
頭を撫でてやる。ホムは目を閉じるが、悔しさに嗚咽が零れてくる。
僕はホムになんて声をかけてやればわからなくて、僕は膝の上の真なる叡智の書に視線を落とした。
ひとりでに開いたページには、誘眠を発動させる簡易術式が描かれていた。
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