アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
166 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第166話 傷心のホム

しおりを挟む
 メルアの治癒魔法は的確で早く、ホムは無事に回復した。風の刃で切り刻まれてボロボロになってしまった服もすっかり元通りだ。

「ついでに服も直しちゃったよー。大サービスだからね」
「……ありがとう……ございます」

 元はといえば、エステアが決闘を挑まなければこんなことにはならなかったので、複雑だ。メルアに罪はないのでお礼を言ったものの、僕の声は震えていた。

「恨むんなら、イグニスを恨んじゃって。亜人差別絡みでも結構あくどいことやってるんだから」

 冗談めかした口調で、メルアがそっと教えてくれる。エステアのルームメイトということで、かなり警戒していたが、メルアはかなり話しやすいタイプなのかもしれない。

誘眠レム、強めにかけちゃったし、今夜は目を覚まさないかもだけど、心配はいらないからね」

 僕の心配を先読みして話してくれるメルアは、こちらの心情をきちんと理解してくれているようだ。

「まあ、ちゅーても、この子の場合、睡眠で自己修復能力が高まるし、眠ったまんまの方がいいっしょ?」

 自己修復能力という言葉を選んだあたり、メルアはホムがホムンクルスであることを理解して発言している。メルアに話したつもりはなかったので、かなり驚いた。

「……どうしてそれを……?」
「ホムンクルスが合格したって、有名じゃん。学園史上初だって噂だよ」

 メルアはそう言いながらホムの髪をそっと撫でた。手のひらから柔らかな光が具現し、ホムの少し短くなった髪が元のように整った。

「キミがそのマスターだよね。今後ともヨロシクってことで」

 メルアににこやかに微笑まれ、曖昧に頷いた。メルアは手を振りながら去って行ったが、宜しくと言われたところで、貴族寮の上級生と関わる機会など、ほとんどないだろう。それとも、メルアにはなにか思うところがあるのだろうか。特級錬金術師の資格を持っているとは聞いているが――

「……リーフ」

 消灯時間を過ぎて人気のなくなった練武場に、ヴァナベルの声は良く響いた。

「オレたちもそろそろ戻らねぇとな」
「ああ、そうだね」

 ホムの治療のため、ここに残ることを警備員に免除されたが、それももう終わりだ。

「あたしが運ぶよ」
「ありがとう、ファラ」


 眠ったままのホムをファラが担いで寮の部屋まで運び、ベッドに寝かせてくれた。

「おやすみ、ホム」

 薄い上掛けをホムにそっとかけてやり、よく眠れるように明かりを落とす。

 しんとした部屋で、ホムと二人きりになると、ホムが敗北したあの瞬間の出来事がありありと脳裏に蘇ってきた。

 ホムと僕は家族だ。もう僕を守るための盾なんかでは居させられない。この先、仮に僕たちを脅かす者が現れたとして、どうやって戦うべきなのだろう。

 悩みながら机の引き出しの鍵を開け、中から|真なる叡智の書アルス・マグナを取り出して手に取った。

「……っ……」

 ベッドの方から、ホムが目を覚ましたような気配がして振り向く。

「どうした、ホム。どこか痛むのか?」

 首を巡らせると、薄闇の中でホムが起き上がろうとしているのが見えた。

「……いいえ」
「そのまま横になっていて。僕がそっちへ行く」

 真なる叡智の書アルス・マグナを手にしたまま、僕はホムのベッドの縁に腰かけた。

「……申し訳ありません、マスター」
「謝ることはないよ」

 真なる叡智の書アルス・マグナを膝の上に置き、額にかかったホムの髪を指でいてやる。悪い夢でも見たのか、ホムは額にうっすらと汗をかいていた。

「……マスターのために戦うのがわたくしの役割なのに、……それなのに、エステア様相手に全く歯が立たずに負けてしまいました……」
「エステアの強さもあるけれど、敵意のない人間相手に本気を出せるほど、ホムは冷徹じゃないだろう。きっと、無意識のうちに加減して――」
「そんな余裕は微塵もありませんでした」

 僕の言葉を遮り、ホムが力なく首を横に振る。

「わたくしは、今のわたくしの全力で挑んで敗北したのです」
「けれど、イグニスと戦った直後じゃないか」

 その言葉にホムは悲しげな視線を返した。目が合った瞬間、ホムがなにを考えているのか、察しがついてしまった。ホムは今、僕の想像以上に深く傷ついている。

「……マスター。マスターのために戦えない、勝つことができないのなら、ホムは一体なんのためにおそばにいるのでしょうか」

 ああ、これは僕のせいだ。僕が最初から家族としてホムに接していれば、そんな悩みなど抱かせずに済んだのに。

「……そんなこと、考えなくていいんだよ。たとえ戦うことが出来なかったとしても、僕たちは家族だ。それではダメかい?」

 ホムは頷かなかった。涙をいっぱい溜めた目で、僕を見つめている。

「今はとにかく身体を休めておやすみ」

 頭を撫でてやる。ホムは目を閉じるが、悔しさに嗚咽が零れてくる。

 僕はホムになんて声をかけてやればわからなくて、僕は膝の上の真なる叡智の書アルス・マグナに視線を落とした。

 ひとりでに開いたページには、誘眠レムを発動させる簡易術式が描かれていた。

しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...