アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第三章 暴風のコロッセオ

第204話 プロフェッサーの正体

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 打ち明けられたプロフェッサーの秘密にさして驚きもしなかったのは、それがどういう意味を持つか正確に理解出来ていなかったことによるだろう。

「おや、驚きませんか?」

 意外そうに首を傾げ、プロフェッサーが僕の顔を覗き込む。薄く汚れた眼鏡のレンズの向こうで、彼の瞳が本当の僕の姿を探っているような気がした。

「……それだけ重要な秘密を、どうして僕に打ち明けるんですか?」

 明かされたところで、それをどうこうするつもりは僕にはない。だったら秘匿しておいても、全く損にはならないはずだ。この学園での彼の名は、アルバート・アンピエール、いかにも偽名めいた名前ではあるが……。

「信用されたいのです。この情報が、ここにある理論が確かなものであると」
「それは……」

 禁忌とされる科学技術に明るいわけではないけれど、全てが悪とは思ってはいない。

 タオ・ラン老師も『力や技術に善悪はない。善悪を決めるのは扱う人間によるものじゃ。そして悪を生まぬよう、子供たちを善の心に導くのは大人の役割じゃ』そう話していたこともあり、僕は科学技術に関する嫌悪感は抱いていない。

「疑う余地はありません。ですが、どうして禁忌であるものを研究するのです?」

 問いかけながらつい口が滑ったことに気がついた。

「ああ、やはり気づきましたか。……木を隠すなら森と言いますからねぇ」

 プロフェッサーは困ったような顔をすると、自分のデスクに腰かけ、真っ黒な薄い板を愛しむように手に取った。

「初めて科学という存在を知ったのは私が十歳の頃でした。それは禁書庫の中に保管されていた薄い本のような何か――ちょうどこのような形のね」

 プロフェッサーは呟きながら、その薄い板のような本のようなものを膝に乗せ、遠くを見つめた。まるで自分の昔を思い返しているかのようなプロフェッサーに、僕も黙って耳を傾けた。

「彼女はリヴルという名前の人格AIでした。この薄い本のようなものは、『タブレット』と呼ばれる筐体だったそうです。彼女はその中に住み、人のように話し、沢山の知識を持っている妖精のような存在で、私の数少ない友人でした……。私は彼女に会い、旧時代の話を聞かせてもらうのが楽しみでした。ただそれだけ……それだけだったんです……」

 話はそこで途切れ、プロフェッサーは先ほど『タブレット』と呼んだ板を机の上に戻した。

「そのリヴルを大人たちは認めなかった。リヴルは無残に捨てられ、私はそれを諦めきれずに失われた古代文明の研究に傾倒していきました。……考古学から科学文明の研究に行き着くまではそう長くありませんでした。先ほどカナド地方の話を出したのも、それを実際に見たことがあったからです。あの地方には今でも高度な科学技術が残されている」

 これほど饒舌にプロフェッサーが語るのは珍しい。その口ぶりから、科学技術に対して並々ならぬ興味を持っていることが窺い知れた。

「プロフェッサーは、科学をどう見ているのですか?」
「科学は決して世間で言われるような世界を滅ぼす禁忌の知識ではない、そう考えます。魔導器の発達がそれを証明している。旧人類を忌み嫌う人々によって封印されてしまった科学文明は、今の文明を支える魔法や錬金術にも等しく尊いものであると」

 プロフェッサーの話を聞く限り、その発言が彼にとって嘘偽りのない真実であることは容易に理解できた。タオ・ラン老師の故郷を知っているなら尚更のことだ。

「今、私はアルカディア帝国軍・公安第三特務部隊にエージェントとして所属していますが、元々は禁忌指定とされている科学知識の摘発や過激思想を持つ思想犯の取り締まりを行うことで科学文明という危険思想を更生させるのを目的とした組織でした。ですが、私は着実に力をつけて出世し、科学知識を部分的に軍内での導入に成功しました」

 長い前置きだったが、漸く話が見えて来た。今、この国において科学技術は単なる禁忌ではなくなっている。それを有用と見なし、利用しようとする動きがあるのだ。

「つまり、いずれ科学技術を堂々と研究できる未来が来るかも知れない……そういうことでしょうか?」
「ええ。それが目標です。私はその足がかりとして、現在帝国軍内でのポストを勝ち取り一派閥を築いています。この学園では旧態依然とした差別的な思想に囚われた貴族たちを排除するのが最終目標です。学び舎であるこの学園で人々が自由に知識を得て、自分の考えを述べられる。私はそういう社会の実現のために動いているのです」

 理想として語られるその話を聞けば、当然もうひとつの疑問が湧いた。僕にそこまで詳しい話を聞かせるのは、単に僕が科学の片鱗に触れているからだけではない。
 プロフェッサーの目的を果たすために、僕が必要なのだ。

 それを問いかけるまでもなく、プロフェッサーは僕に微笑みかけた。

「聡明なあなたならもうおわかりでしょう? あなたは、優秀な技術者の卵だ。そんなあなたに科学技術に触れさせることで、さらなる高みが目指せるはず――私は、そう確信しているのですよ」

 プロフェッサーの手が『タブレット』を愛しむように撫でる。そこにいるはずのないリヴルと呼ばれていたモノを想像し、僕は大いに興味をそそられた。

 彼を今日まで掻き立てているのは、そのリヴルが悪ではないという証明なのかもしれない。どんな姿形であれ、リヴルはプロフェッサーのかけがえのない友人だったのだ。

「……押しつけがましいようですが、理解して頂けますか? 科学技術は悪ではないと、信じていただければ、それだけでも充分ではあるのですが」
「知識や技術に善悪はないです。善悪を決めるのはいつだって人の心……そうですよね?」

 老師の受け売りだが、今は僕の言葉としても心からそう言える。プロフェッサーの目的とは違うけれど、武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯の勝利のために使えるものは何だって使いたいし、持てる力は全て出し切りたい。それが今、禁忌の殻を破って自由を手に入れようとしている科学技術であるなら尚更、僕の力になってくれるだろう。

「それは差し上げます。使った後は処分して頂くのが良いでしょう、今は、まだ」

 僕は頷いた。新人類がその高度な文明を恐れるあまり、禁忌にしたという歴史を軽んじてはいけないとわかっていたから。


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