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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第249話 二学期最後の日
しおりを挟む二学期の終業式が終わり、明日からは短い冬休みに入る。ほとんどの生徒が、家族と新年を祝うために帰省したため、いつもなら賑やかな寮の食堂はがらんとしていた。
「ワタシたちの貸し切りだね」
各自好きなメニューを受け取る食堂のシステムも、営業最終日の今日に限ってはスペシャルメニューだ。人気のミルクチキンを頬張りながら、アルフェが嬉しそうに目を細めている。
「ファラ様はもうアルダ・ミローネに到着されたでしょうか?」
カナルフォード学園都市からアルダ・ミローネは、定期便で約一時間ほどの距離だ。準備に手間取って夕方に出発したものの、そろそろ着いた頃だろう。
「きっと到着早々にあれこれ食べてるんじゃないかな」
「晩ごはんの時間だし、美味しそうなものがいっぱいあるよね」
ファラの故郷、アルダ・ミローネは美食の街として知られている。夕食時のこの時間は、煮込み料理や蒸し料理の良い匂いをまとった湯気や、香ばしく焼かれる鶏肉などの匂いが大通りに充満しているに違いない。
「いつか一緒に行きたいね」
「ファラに案内を頼まないとね」
アルフェの提案に頷きながら相槌を打つ。どの食べ物も美味しいらしいので、料理の勉強のために一度は訪ねてみたいものだ。そんなことを考えていると、不意にホムが立ち上がった。
「どうしたんだい、ホム?」
「いえ、今なにか――」
言いかけたホムが、窓の外、貴族寮の方に目を凝らす。既に全員が帰省しているはずの貴族寮は照明が普段よりも落とされており、僕の視力ではその窓明かりが薄ぼんやりと夜闇に浮かんで見えるだけだ。
「人影が見えたのです」
「……守衛さんかな?」
呟いたアルフェが僕たちに倣って目を凝らす。
「見廻りの時間にしては早いね」
時計を見れば、まだ十九時前だ。通常の見廻りは、消灯時刻の一時間前と消灯後に行われるが、生徒の帰省に伴い、時間を変えたのだろうか。
「……あ、でも……あのエーテルってエステアさんっぽい……」
肉眼では人影を捉えることは難しくても、アルフェの浄眼にはエーテルの流れが映る。以前メルアが夜中にエステアを見るとエーテルが眩しいと言っていたので、これだけ明かりを落としていればより顕著に見えるのかもしれない。
「でも、エステアはもう帰ってるはず……」
「はい。そのはずです、マスター」
頷いたホムが怪訝そうに顔を歪めている。帰省したはずのエステアが寮に残っているのはなんとも不可解だが、アルフェがエステアのエーテルを見間違えるとは思えない。不測のトラブルの可能性も否めないことを考えると、確認しておいた方が良さそうだ。
「……食事が終わったら確かめに行こうか」
僕の提案にアルフェとホムは、揃って大きく頷いてみせた。
* * *
夕食を終えて中庭に出ると、貴族寮から出てくる人の姿があった。
「あ!」
「エステア様!」
浄眼でエステアに気がついたアルフェと、夜目が利くホムが同時に声を上げる。二人の声でわかったのか、エステアは片手を挙げて応じながらこちらに向かってきてくれた。
「まだ残っていたんだね」
「ええ、ちょっと生徒会の仕事でトラブルが……」
歯切れ悪く応えるエステアは苦笑に顔を歪めている。その表情だけで、エステアが対応せざるを得なかったそのトラブルが恐らくイグニスによる意図的なものなのだろうと推測出来た。
「じゃあ、帰省は明日からなのですね」
「……いいえ」
ホムの問いかけにエステアは眉を下げて首を横に振る。
「私の故郷ファリオン領エルサームは、ガルガン山脈を越えた先にあるの。遠方のため、定期便はさほど頻繁ではなく……。終業式が終わったその足ですぐ向かわなければならなかったのだけど……」
要するにその生徒会の仕事で乗り遅れてしまったということらしい。
「メルアは故郷のヘンベルに帰っているし、寮に残ってるのは私一人だと思っていたわ」
僕たちが残っているのを知って、エステアは幾分かほっとした様子だ。
「あなたたちは故郷に帰らないの?」
「トーチ・タウン行きの定期便は一日に複数あるからね。明日ゆっくり帰省するつもりだよ」
「そう……。それは良かったわ」
言葉とは裏腹にエステアの表情が僅かに曇ったような気がする。ふと視線を感じてホムを見ると、ホムが何か言いたげにエステアを見つめていた。
「…………」
ああ、エステアは僕たちに気を遣って言葉を濁しているけれど、どうやらこの冬休みは帰省出来なくなってしまったらしい。イグニスは、こうなることがわかっていてトラブルを起こしたのだろうな。それに気づいたホムは、きっと一緒に過ごす道を考えていたのだろう。
「……エステア。もし君さえよければ、僕たちのところに来ないかい?」
ホムの意図を汲み、自分なりにエステアに提案してみる。エステアは驚いたように目を丸くして、僕とホムを交互に見つめた。
「もしかして、気づいていたの?」
エステアの問いかけに僕とホムは揃って頷いた。アルフェも気がついたらしく、あっ、と小さな声を上げた。
「定期便が頻繁じゃないってことは、この年末年始の便はもうないんだよね?」
「ええ。実はそうなの……」
だから僕たちの姿を見てほっとした表情を見せたのだ。表情を曇らせたのは、僕たちもまた明日になればいなくなるとわかったから――ということになる。
「それで、どうだい?」
「……急にお邪魔して迷惑じゃない?」
「そう思うなら誘っていないよ。僕がアルフェ以外の友人を紹介するのは初めてだから、両親は驚くだろうけどきっと歓迎してくれる」
僕の隣でアルフェとホムが同意を示すように頷いている。
「マスターがそう仰るなら、わたくしとしても是非来ていただきたいです」
ダメ押しとばかりにホムが言い添えると、エステアが深々と頭を下げた。
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えてお邪魔させてもらうわ。実家にも連絡しないと」
「どうやって連絡するの?」
定期便の話を考えると、手紙にしたところで届くのは三学期が始まった後だ。
「通信魔導器を使うわ。貴族寮には各階に置かれているのよ」
「そこにも待遇の差があるんだね……」
貴族寮は学校に集まる寄付金の恩恵を多く受けることから、良く考えればありそうなことだ。
「メルアのアトリエにもあるから、リーフはそっちから実家に連絡するといいわ」
「ああ、そうだね」
誰もいないとわかっていても、下手に貴族寮に僕たちが出入りするのは避けた方がいいだろう。幸いメルアからアトリエの鍵を預かっているので、僕も念のため実家に連絡を入れることにした。
カナルフォードからの連絡手段は手紙しかないと思っていたけれど、これでかなり便利になりそうだな。
「まあ、リーフ!」
通話口に出た母は驚きながらも僕の声に喜び、僕もまた母の元気そうな声にほっと胸を撫で下ろした。
「それで、急なんだけど友達のエステアと一緒に帰ってもいい?」
「ええ、もちろん! あなたの友達ならいつでも大歓迎よ」
掻い摘まんで事情を話すと、母は二つ返事で了承してくれた。
「……ただ、ルドセフ先生のところで定期健診を予約しているから、その時間だけは少し退屈させてしまうかもしれないけど」
そこはホムとアルフェの友達でもあるので何も問題ないことを伝えると、母はホムの成長を感じたのか喜んでくれた。
やれやれ、思いがけずエステアと一緒に帰省することになったけれど、嬉しそうなホムとアルフェを見ていると、明日からが楽しみだ。
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