250 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ
第250話 家族との再会
しおりを挟む
ヴェネア湖の上を抜ける冷たい風に上着の襟元を合わせる。湖上を薄く覆っていた霧が強く吹いた風に流れて、間近に迫った懐かしいトーチ・タウンの景色が露わになった。
「あれが、トーチ・タウンね」
「そう。中間の入り江にある塔を中心として、東西に分かれているんだ。僕たちの家がある東側は、今頃は黒竜教の竜堂広場市で賑わっているはずだよ」
新年には黒竜教の参拝で多くの人が訪れる竜堂は、新年に向かうまでの間も竜堂広場市が日に日に増えていき、年が明けた頃に大きな賑わいの時期を迎える。甘い物が好きという黒竜神にちなんで、黒竜神に捧げる菓子を売る屋台が所狭しと建ち並ぶのだ。
「それは楽しいお祭りのようなものなんでしょうね」
「そうだね。僕もアルフェと何度かお参りに行ったけれど、子どもたちは大喜びだったよ」
少し離れていただけなのに、こうして外から故郷を眺めていると、子どもの頃、トーチ・タウンで過ごした日々のことを思い出す。
屋台の菓子の色とりどりの包み紙、甘い砂糖の香り、アルフェの嬉しそうな笑顔――。顔よりも大きい綿飴なる綿状の飴菓子を成り行きで作ることになったけれど、あれも美味しかったな。
「……リーフは、嬉しくなかったの?」
「え?」
懐かしく昔を振り返っていた僕は、不意に向けられたエステアの問いに思わず目を瞬いた。
「いえ、『子どもたちは大喜びだった』と言ったでしょう?」
「……あ、ああ。小さい子たちは、ここぞとばかりにお菓子を食べられるからね。それで――」
自分の発言を繰り返され、間違いに気づく。苦し紛れに言い添えながら、表情を変えないように努めた。よく考えて見れば自分も子どもだったのだから、ここは「楽しかった」と無難に表現すべきだったのだ。人に説明しようとすると、変なところで自分の客観的な視点が露呈してしまいそうだ。エステアと話すときは気をつけないといけないな。
「確かに、私も甘い物は虫歯になるからと律されたものだわ」
「そうだね。そう考えると黒竜神は神様だから、虫歯の心配をしなくてもよさそうだ」
「ふふっ、そうね」
僕の発言がおかしかったのか、エステアが少し噴き出しながら同意を示す。
やれやれ。客観的な視点を持っているからとはいえ、前世の記憶を持ったまま転生しているなんて荒唐無稽な話を思いつくはずもないだろうけれど、念には念を入れて気をつけておくに越したことはないな。
* * *
トーチタウンの港湾区に入る頃には、太陽も高く昇り、冬とはいえあたたかな日差しが僕たちを迎えてくれた。
「おかえり、リーフ! ホム!」
「父上!」
下船した僕たちを真っ先に迎えたのは、意外にも父の声だった。
「お帰りなさい、リーフ、ホムちゃん。アルフェちゃんも、お疲れさま」
「それと、いつも娘がお世話になっているそうで……ようこそエステア」
僕たちの旅の疲れを労う母の言葉に頷きながら、父が僕たちの後ろに続くエステアを穏やかに迎える。
「急なことで申し訳ありません。本日からお世話になります、エステア・シドラと申します」
エステアは舷梯を降りきってから改めて頭を垂れ、丁寧に挨拶をする。
「ファリオン公爵家に仕えるシドラ子爵家のご令嬢をお預かりするとは、光栄の極み。どうぞ我が家と思って寛いでほしい」
「ありがとうございます。どうぞお嬢様の友人として気軽に接してください」
「もちろんそのつもりだよ」
堅苦しい挨拶はここまでだとばかりに、父が白い歯を見せてにっと笑う。その表情に安堵したのか、エステアも肩の緊張を解いた。
「さあ、まずは我が家に行くとしよう。みんな、荷物は任せなさい」
「いえ、ここはわたくしが――」
「ホム、お前も従者じゃなく娘のように思っているんだ。お前の親はリーフかもしれないが、たまには年長者にも甘えてくれ」
その言葉にホムは呆けたような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに父の言わんとしていることに気がつき、嬉しそうに頬を染めた。
「父上の言うとおりにしていいよ、ホム」
僕が優しく諭すと、ホムは頷いて父に荷物を預けた。エステアはこれから厄介になるのでと固辞し、父も無理強いはしなかったが、アルフェは素直に甘えてくれた。
「ありがとう。重くないの?」
「はははっ、これでも軍人だぞ?」
この程度の荷物は重いうちに入らないとばかりに、父が三人分の荷物を軽々と頭上に掲げる。
「すごーい!」
アルフェが思わず歓声を上げると、父はますます嬉しそうに快活に笑った。
「素敵なご家族ですね」
歩き始めた父と母に続きながら、エステアがホムに囁く声が聞こえてくる。
「わたくしには勿体ないほどの素晴らしい家族です」
ホムの口から『家族』という言葉が出たことを噛みしめるように頭の中で反芻しながら、僕は改めて大切な家族と並んだ。
さて、久しぶりの会話はなにがいいだろうな。母の病状が気になるが、エステアに変に気を遣わせてしまうのは避けたい。そう考えると、父が迎えに来てくれた話題から入るのが無難でよさそうだ。
「……父上、仕事は大丈夫なのですか?」
父を見上げながら訊ねてみる。例年、年末年始は要人警護もあって忙しく、ほとんど家にいた記憶がない。
「年に数えるほどしかない娘との時間だ。部下たちが気を利かせて休みを取らせてくれた」
「じゃあ、みんな一緒に過ごせるね」
アルフェの弾んだ声に、父と母が揃って頷く。どうやら僕の家で過ごすことが両家の家族間でも公認されているらしい。
さすがクリフォートさんは、母親というだけあってアルフェのことがよくわかっているな。思えば昔から、アルフェはうちに毎日のように出入りしていたのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「あれが、トーチ・タウンね」
「そう。中間の入り江にある塔を中心として、東西に分かれているんだ。僕たちの家がある東側は、今頃は黒竜教の竜堂広場市で賑わっているはずだよ」
新年には黒竜教の参拝で多くの人が訪れる竜堂は、新年に向かうまでの間も竜堂広場市が日に日に増えていき、年が明けた頃に大きな賑わいの時期を迎える。甘い物が好きという黒竜神にちなんで、黒竜神に捧げる菓子を売る屋台が所狭しと建ち並ぶのだ。
「それは楽しいお祭りのようなものなんでしょうね」
「そうだね。僕もアルフェと何度かお参りに行ったけれど、子どもたちは大喜びだったよ」
少し離れていただけなのに、こうして外から故郷を眺めていると、子どもの頃、トーチ・タウンで過ごした日々のことを思い出す。
屋台の菓子の色とりどりの包み紙、甘い砂糖の香り、アルフェの嬉しそうな笑顔――。顔よりも大きい綿飴なる綿状の飴菓子を成り行きで作ることになったけれど、あれも美味しかったな。
「……リーフは、嬉しくなかったの?」
「え?」
懐かしく昔を振り返っていた僕は、不意に向けられたエステアの問いに思わず目を瞬いた。
「いえ、『子どもたちは大喜びだった』と言ったでしょう?」
「……あ、ああ。小さい子たちは、ここぞとばかりにお菓子を食べられるからね。それで――」
自分の発言を繰り返され、間違いに気づく。苦し紛れに言い添えながら、表情を変えないように努めた。よく考えて見れば自分も子どもだったのだから、ここは「楽しかった」と無難に表現すべきだったのだ。人に説明しようとすると、変なところで自分の客観的な視点が露呈してしまいそうだ。エステアと話すときは気をつけないといけないな。
「確かに、私も甘い物は虫歯になるからと律されたものだわ」
「そうだね。そう考えると黒竜神は神様だから、虫歯の心配をしなくてもよさそうだ」
「ふふっ、そうね」
僕の発言がおかしかったのか、エステアが少し噴き出しながら同意を示す。
やれやれ。客観的な視点を持っているからとはいえ、前世の記憶を持ったまま転生しているなんて荒唐無稽な話を思いつくはずもないだろうけれど、念には念を入れて気をつけておくに越したことはないな。
* * *
トーチタウンの港湾区に入る頃には、太陽も高く昇り、冬とはいえあたたかな日差しが僕たちを迎えてくれた。
「おかえり、リーフ! ホム!」
「父上!」
下船した僕たちを真っ先に迎えたのは、意外にも父の声だった。
「お帰りなさい、リーフ、ホムちゃん。アルフェちゃんも、お疲れさま」
「それと、いつも娘がお世話になっているそうで……ようこそエステア」
僕たちの旅の疲れを労う母の言葉に頷きながら、父が僕たちの後ろに続くエステアを穏やかに迎える。
「急なことで申し訳ありません。本日からお世話になります、エステア・シドラと申します」
エステアは舷梯を降りきってから改めて頭を垂れ、丁寧に挨拶をする。
「ファリオン公爵家に仕えるシドラ子爵家のご令嬢をお預かりするとは、光栄の極み。どうぞ我が家と思って寛いでほしい」
「ありがとうございます。どうぞお嬢様の友人として気軽に接してください」
「もちろんそのつもりだよ」
堅苦しい挨拶はここまでだとばかりに、父が白い歯を見せてにっと笑う。その表情に安堵したのか、エステアも肩の緊張を解いた。
「さあ、まずは我が家に行くとしよう。みんな、荷物は任せなさい」
「いえ、ここはわたくしが――」
「ホム、お前も従者じゃなく娘のように思っているんだ。お前の親はリーフかもしれないが、たまには年長者にも甘えてくれ」
その言葉にホムは呆けたような表情を一瞬だけ見せたが、すぐに父の言わんとしていることに気がつき、嬉しそうに頬を染めた。
「父上の言うとおりにしていいよ、ホム」
僕が優しく諭すと、ホムは頷いて父に荷物を預けた。エステアはこれから厄介になるのでと固辞し、父も無理強いはしなかったが、アルフェは素直に甘えてくれた。
「ありがとう。重くないの?」
「はははっ、これでも軍人だぞ?」
この程度の荷物は重いうちに入らないとばかりに、父が三人分の荷物を軽々と頭上に掲げる。
「すごーい!」
アルフェが思わず歓声を上げると、父はますます嬉しそうに快活に笑った。
「素敵なご家族ですね」
歩き始めた父と母に続きながら、エステアがホムに囁く声が聞こえてくる。
「わたくしには勿体ないほどの素晴らしい家族です」
ホムの口から『家族』という言葉が出たことを噛みしめるように頭の中で反芻しながら、僕は改めて大切な家族と並んだ。
さて、久しぶりの会話はなにがいいだろうな。母の病状が気になるが、エステアに変に気を遣わせてしまうのは避けたい。そう考えると、父が迎えに来てくれた話題から入るのが無難でよさそうだ。
「……父上、仕事は大丈夫なのですか?」
父を見上げながら訊ねてみる。例年、年末年始は要人警護もあって忙しく、ほとんど家にいた記憶がない。
「年に数えるほどしかない娘との時間だ。部下たちが気を利かせて休みを取らせてくれた」
「じゃあ、みんな一緒に過ごせるね」
アルフェの弾んだ声に、父と母が揃って頷く。どうやら僕の家で過ごすことが両家の家族間でも公認されているらしい。
さすがクリフォートさんは、母親というだけあってアルフェのことがよくわかっているな。思えば昔から、アルフェはうちに毎日のように出入りしていたのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
0
あなたにおすすめの小説
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる