アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
267 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第267話 ライブハウスの衝撃

しおりを挟む
 日没後のリゾートエリアは、色とりどりの魔石灯で照らされ、昼から夜の姿へと変わっていく。

 大闘技場コロッセオに程近い歓楽街はエーテル灯を利用した光の管で作った看板をそれぞれの店に掲げ、遠目に見てもどこにどの店があるかわかるのが面白い。

 トーチ・タウンではエーテル灯自体珍しかったけれど、この街ではエーテル灯を魔石灯の代わりに使っているだけでなく、光を生み出す部分の簡易術式で、異なる色を指定しているんだろうな。

 確か、小学校の時の授業だ、リオネル先生がエーテル灯の金属部分――口金くちがねの術式基板で光の色や光の大きさなどを指定するのだと説明してくれたはずだ。

 エーテル灯で彩られた街を進むうちに、ふと明かりが途切れた路地があることに気がついた。赤い壁のようなものが見えるので、通路というわけではなさそうだ。

 暗がりに目が慣れてくると、それが壁ではなく赤い鋼鉄の扉であることがわかる。けれど、それはいわゆる建物の入り口というわけではなく、路地の奥にぽつんと扉だけが立っているのだった。

 奥行きがないので建物がないのは明らかだが、扉を壁代わりに使うものだろうか。
 もう少し近づいてみればなにかわかるかも知れないが――

「はい、こちらですわよ~!」

 気になって観察していただけなのだが、僕が迷子になると思われたのか、マリーに強引に先導されてしまった。

 まあ、今日は団体行動ではあるわけだし、僕一人で勝手な真似をする訳にもいかないな。

   * * *

 案内されて辿り着いたのは、周囲の店とは異なり、外壁をわざわざ黒く塗装して、目立たせた建物だった。二階建てだが室内に明かりがついている様子はなく、代わりに店の看板代わりのエーテル灯による飾りが夜の闇を融かすように輝いている。

 黄色の光で彩られた看板の字を読み取ると、『Beehive』とある。蜂の巣という意味だが、良く見ると二階の窓が蜂の巣の形をイメージしているのか多角形になっているし、面白いな。

「ここは、ハチミツドリンクが美味しいんですのよ。ハチミツがベースのオリジナルドリンクが楽しめますの」

 看板を眺めている僕に、マリーが説明してくれる。

「にゃはっ! ハチミツドリンクも美味しそうだな」

 ファラが早速ハチミツドリンクに興味を示し、外に立てかけてあったメニュー表を目ざとく見つけて眺めている。

「なんだか、大人のお店って感じだね」
「まだ早い時間だから、学園の生徒も結構いるはずよ。カナドジェネレーションは、学園でも人気のバンドなの」
「それは楽しみ! ねっ、リーフ」

 エステアの説明を聞きながら、アルフェが興奮に頬を染めている。これまでの自分の人生になかった経験ということもあり、どう楽しめば普通に見えるのか思案していたけれど、楽しそうなアルフェを見ていれば、それも気にならなくなりそうだ。

「どういう曲調なの?」

 ホムと同様、アルフェも冬休みの交流がきっかけでエステアとすっかり打ち解けたようだ。

「ロックっていうジャンルなんだけど、定義がちょっと難しいわね。個性的で情熱的で激しい感じが好きなの」
「にゃはっ、面白そうだな!」

 エステアの説明で理解出来たのか、ファラがいち早く反応する。アルフェも相槌を打つように微笑んで頷いた。

「もう最前列でノリノリに踊ったりしてもいいし、飲み物片手にじーっと聴いててもいいし、好きに楽しめばいいよ~! ねっ、ししょ~!?」
「なんで僕に言うんだい?」

 メルアにいきなり話題を振られ、苦笑混じりに答える。

「いや、ししょーってあんまり騒がしいのって好きじゃないイメージだから、どーかなーって」

 ああ、なるほど。メルアなりの僕への気遣いだったんだな。メルアが心配しているように僕は騒々しいのはあまり好きではない。

「まあ、アルフェが興味あるものなら、それなりに楽しめるとは思うよ」

 僕はアルフェが楽しそうにしているのを見ているのが好きなので、それは少なくとも嘘ではない。それにしてもエステアが情熱的で激しい曲調が好きというのは少し意外だな。彼女の戦い方のスタイルにはその激しさはあるけれど、普段のエステアのイメージはもう少し穏やかという方がしっくりくる。

「エステアさんはどうしてそのロックが好きなの?」

 僕が気になっていたことを、アルフェが代わりに訊いてくれた。

「父の影響ね。父は昔趣味でバンドをやるくらい、音楽が好きだったの。私も父の真似をして小さい頃からギターに親しんでいたのよ」
「そうそう。こーみえてエステアはマイギター持ってるし、ちょ~音楽好きなんだよね! 今日もライブの興奮を発散すべく掻き鳴らしちゃうんじゃない!?」

 ルームメイトのメルアに暴露され、エステアが慌てたように顔の前で手を振る。

「ちょっとメルア。さすがに帰ったら消灯時間だからやらないわよ」
「それってまるで消灯時間じゃなければやるってことですわね、エステア?」
「もう、マリーまで」

 幼馴染みのマリーの指摘は的を射ていたのか、エステアは否定しないで笑顔を浮かべた。

「でも、エステアのギターの腕前はかなりのものですのよ。ワタクシ、エステアが奏でる情熱的なメロディを高く評価していますの」
「いいよね、エステアのギター」

 マリーの証言にメルアが同意を示す。傍で訊いていたホムが興味深げにエステアと目を合わせた。

「それは今度是非聴かせていただきたいです」
「ふふふ、そのうちにね」

 ホムが興味を持ったことに悪い気はしなかったのだろう、エステアが笑顔で応じる。結果論にはなるが、エステアを僕の家に誘って良かったな。二人の仲が急速に深まっていくのは僕としても単純に嬉しい。

「そういえば、さっきからこの地下から何やら賑やかな音楽が聞こえてくるのですが……」
「え? うそっ!?」
「やばっ! 余裕ぶっこいてたらもう始まってるじゃん~!」

 ホムの指摘に時計を確認したエステアとメルアが悲鳴を上げ、地下に続く階段を降り始める。

「みなさん早く来てくださいまし!」

 マリーに急かされて地下室の分厚い扉を開くと、音が激流のように押し寄せた。

「これがライブ……」

 圧倒的な音楽の世界に爪先から頭の天辺まで一気に浸かって、音の奔流に呑み込まれそうだ。

「そっ。一曲目の掴みは、みんな大好きな『感謝の祈り』のスペシャルアレンジっ! これはテンションあがっちゃう~!」

 ライブに慣れているエステア、メルア、マリーの三人は最前列へ向かっていく。

 ああ、通りで知っているような気がすると思ったらロック調にアレンジしてあるのか。確かに個性的で、面白いな。聴いたことのある曲でさえ、全く違う印象を感じる。

「すごいね! 楽しい!」
「わたくしも、胸がドキドキして参りました」

 アルフェどころかホムまで興奮に顔を紅潮させている。きっと僕も二人ほどではないにせよ、頬が赤くなっていそうだ。それほどに気分の高揚を感じるのは、音楽の力なのだろうか。

 続く曲は最初の一音からそのバンドが構成する音の世界に惹き込まれた。

 音楽のことは詳しくないけれど、エステアが好きだというのを感覚的に理解出来た。今ここにある音は、激しい曲調は、今まで聴いたことのあるどの音楽とも違う。

 足許から突き上げてくる重低音、腹部に強く響くドラムの音、爆音が全身に訴えかけてくる。

 ほとんど絶叫に近い声量なのに、その歌詞に聴き入らずにはいられない歌唱力というのも素晴らしいな。ギターを弾きながら歌うその指の動き、ボーカルの声の響きを追ってしまうのは、僕もまたこのバンドに惹かれるものがあるからなのかもしれない。


しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...