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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第282話 自己同一性への答え
メルアの体感ではあっという間に終わったという魔導砲の錬成も、片付けまで終わってみれば、アトリエに入ってから三時間ほどが経過していた。夕食の時間はとっくに過ぎていたが、ウルおばさんの計らいで僕のための一食が夜食として確保されていたので、共有スペースで有り難く頂いた上で、部屋に戻った。
「……ああ、アルフェの声だ」
多分お風呂で歌っているのだろう。反射音がかかっているので、いつもよりくぐもってはいるものの、それが優しい響きになって耳に届く。これを子守歌にしたら、いい夢が見られそうだな。
そんなことを考えながら部屋に向かうと、今度はホムのギターの音色が響いてきた。やはりたどたどしさはあるものの、ホムが一生懸命弾いているのが伝わってくる。その真剣さが音としてのかたさや緊張に感じられるのを、どうにかしてあげたいな。
「……ただいま、ホム」
「おかえりなさいませ、マスター」
そっと声をかけると、明かりのない部屋の奥からホムの声がした。
「明かりもつけずにどうしたんだい?」
「それが、集中しすぎていたようで、暗くなったことに気づいていなかったのです」
ホムが苦笑しながら立ち上がり、明かりを点けてくれる。その指先を見て、僕は思わず目を瞠った。
「傷だらけじゃないか、ホム」
咄嗟にホムの手首を掴んで、引き寄せる。ホムは僕に言われて初めて気がついた様子で目を瞬いた。
「治癒魔法をかけよう。そこに座って」
ホムに指示しながら、机の引き出しにしまってある真なる叡智の書を取り出す。
「このぐらい、すぐに治ります。マスターの手を煩わせるほどではありません」
ひとつひとつは小さな怪我ではあるが、それでも練習時に痛みを堪えるのは心身の負担になる。それはエステアのためにならないとホムに教えようとして、僕は口を噤んだ。
ここで必要なのは正論を説くことじゃない。ホムが安心して僕に甘えられるように、環境を整えることだ。
「……いいかい、ホム」
真なる叡智の書を手に、ホムの隣に座る。僕の意図を汲んだ真なる叡智の書の頁が独りでに動き、治癒魔法を開いて止まった。
この治癒魔法は、水魔法の一種で、血流を操作してかさぶたを作り、傷を塞ぐ程度の効果だが、ホムの治癒能力と僕のエーテル量を鑑みるに充分過ぎるほどの効果が予測される。
これならホムも僕の負担を考えなくて良いだろうし、僕としてもホムの傷を癒やしてあげられる。
「傷よ、塞がれ――セラピア」
僕がホムの手を取り詠唱を口にすると同時に、あたたかな波紋のような感覚が広がる。それを心地よく感じてくれたのか、ホムが自然に目を閉じたのがわかった。
「これでよし。あまり根を詰めてもいけないよ」
「……ありがとうございます、マスター」
細かな傷だらけだったホムの細い指先は瞬く間に癒え、ゆっくりと目を開いたホムはその感覚を確かめるように手指を開いたり閉じたりしている。
「お言葉に背くようで申し訳ないのですが、引っかかっているところがあるので、聞いていただいてアドバイスをもらいたいのです」
「もちろんいいよ。なにも練習を止めさせたいわけではないからね」
僕の考えていることが通じたのだろう、ホムが安堵の笑みを浮かべて頷く。
「とはいえ、僕も素人だ。エステアほど頼りにならないかもしれないけれど、いいかい?」
「マスターに限ってそのようなことはありません。……では、弾かせていただきます」
先ほどまでの練習の感覚を身体に刻み込もうとしているのか、ほとんど休まずにホムがギターを弾き始めた。
その真摯な目と堅いながらもしっかりと基本を押さえた音に、僕はついつい真剣なホムの表情を追ってしまう。アドバイスするためには、全体を見ないといけないので、自分にそう言い聞かせながらホムの身体の動きをつぶさに観察することに努めた。
緊張もあるのだろうけれど、肩に力が入り過ぎているのが少し気になるな。けれど、それが悪いわけじゃない。エステアとの練習のお陰か基本はしっかりと押さえているのは間違いない。だとすると、指先があんなに傷つくのには、少し違和感があるな。
僕自身もベースを弾いてみてわかるが、弦を押さえるのに、そこまで強い力が必要な訳ではないはずなのだけれど。
「……ホム、ちょっとギターを貸してくれるかい」
「はい、マスター」
僕の呼びかけにホムは即座に演奏を途中で止め、ギターを渡してくれる。受け取ったギターの弦に指先を添えたところで、違和感の正体に気がついた。原因は弦だ。どうやら調整が甘かったのか、弦が緩んでいたのだ。
「ああ、なにかの弾みで弦が緩んでいたみたいだ。それを力んで無理矢理弾いていたから、指を傷つけてしまったんだね。気づかなくて済まなかった」
ペグと呼ばれるネジ状の部品を回して弦を調整し、音を確認しながらホムに謝る。
「いいえ、マスターのせいではありません」
ホムはそう言ってくれたが、これは僕の調整の甘さにも原因がある。けれど、それを今押し問答したところで進展はなにもないので、僕はホムの気遣いをそのまま受け入れることにした。
「……少し身体の力を抜いてみよう。落ち着いて弾けば、ギターは応えてくれるはずだ」
音の調整を終えたギターをホムに戻しながら提案すると、ホムは僕の言葉に真剣な眼差しを向け、深く頷いた。
「引っかかっている箇所があったのは弦の緩みが原因かもしれない。まずは、最初の出だしを少し弾いてみようか。最初はこの弦と、この弦を押さえるわけだから、ここからここまで指を滑らせて、しっかり止めてみるといい」
ギターを抱えたホムに寄り添い、手を添えながら説明する。
「わかりました、マスター」
音を出さないまでも僕がホムの手に自分の手を添えて、力加減を感覚的に教えたことでホムも何かが掴めたようだ。
次にホムが弾いた最初の一音の優しさに、僕とホムは目を合わせて微笑みあった。メロディは気分の高揚を示すように鼓動とともに高鳴り、アルフェの声を脳内に想起させる。ギターが僕たちとともに歌いたがっている、そんな感覚を覚えた。
「……目覚めてから、探し始めた――ワタシはダレ?」
僕とホムの声が自然と重なる。ホムのギターが歌い始める。
歌詞の問いかけに対する答えを、僕はもう知っている。
僕はリーフ。リーフ・ナーガ・リュージュナだ。
「……ああ、アルフェの声だ」
多分お風呂で歌っているのだろう。反射音がかかっているので、いつもよりくぐもってはいるものの、それが優しい響きになって耳に届く。これを子守歌にしたら、いい夢が見られそうだな。
そんなことを考えながら部屋に向かうと、今度はホムのギターの音色が響いてきた。やはりたどたどしさはあるものの、ホムが一生懸命弾いているのが伝わってくる。その真剣さが音としてのかたさや緊張に感じられるのを、どうにかしてあげたいな。
「……ただいま、ホム」
「おかえりなさいませ、マスター」
そっと声をかけると、明かりのない部屋の奥からホムの声がした。
「明かりもつけずにどうしたんだい?」
「それが、集中しすぎていたようで、暗くなったことに気づいていなかったのです」
ホムが苦笑しながら立ち上がり、明かりを点けてくれる。その指先を見て、僕は思わず目を瞠った。
「傷だらけじゃないか、ホム」
咄嗟にホムの手首を掴んで、引き寄せる。ホムは僕に言われて初めて気がついた様子で目を瞬いた。
「治癒魔法をかけよう。そこに座って」
ホムに指示しながら、机の引き出しにしまってある真なる叡智の書を取り出す。
「このぐらい、すぐに治ります。マスターの手を煩わせるほどではありません」
ひとつひとつは小さな怪我ではあるが、それでも練習時に痛みを堪えるのは心身の負担になる。それはエステアのためにならないとホムに教えようとして、僕は口を噤んだ。
ここで必要なのは正論を説くことじゃない。ホムが安心して僕に甘えられるように、環境を整えることだ。
「……いいかい、ホム」
真なる叡智の書を手に、ホムの隣に座る。僕の意図を汲んだ真なる叡智の書の頁が独りでに動き、治癒魔法を開いて止まった。
この治癒魔法は、水魔法の一種で、血流を操作してかさぶたを作り、傷を塞ぐ程度の効果だが、ホムの治癒能力と僕のエーテル量を鑑みるに充分過ぎるほどの効果が予測される。
これならホムも僕の負担を考えなくて良いだろうし、僕としてもホムの傷を癒やしてあげられる。
「傷よ、塞がれ――セラピア」
僕がホムの手を取り詠唱を口にすると同時に、あたたかな波紋のような感覚が広がる。それを心地よく感じてくれたのか、ホムが自然に目を閉じたのがわかった。
「これでよし。あまり根を詰めてもいけないよ」
「……ありがとうございます、マスター」
細かな傷だらけだったホムの細い指先は瞬く間に癒え、ゆっくりと目を開いたホムはその感覚を確かめるように手指を開いたり閉じたりしている。
「お言葉に背くようで申し訳ないのですが、引っかかっているところがあるので、聞いていただいてアドバイスをもらいたいのです」
「もちろんいいよ。なにも練習を止めさせたいわけではないからね」
僕の考えていることが通じたのだろう、ホムが安堵の笑みを浮かべて頷く。
「とはいえ、僕も素人だ。エステアほど頼りにならないかもしれないけれど、いいかい?」
「マスターに限ってそのようなことはありません。……では、弾かせていただきます」
先ほどまでの練習の感覚を身体に刻み込もうとしているのか、ほとんど休まずにホムがギターを弾き始めた。
その真摯な目と堅いながらもしっかりと基本を押さえた音に、僕はついつい真剣なホムの表情を追ってしまう。アドバイスするためには、全体を見ないといけないので、自分にそう言い聞かせながらホムの身体の動きをつぶさに観察することに努めた。
緊張もあるのだろうけれど、肩に力が入り過ぎているのが少し気になるな。けれど、それが悪いわけじゃない。エステアとの練習のお陰か基本はしっかりと押さえているのは間違いない。だとすると、指先があんなに傷つくのには、少し違和感があるな。
僕自身もベースを弾いてみてわかるが、弦を押さえるのに、そこまで強い力が必要な訳ではないはずなのだけれど。
「……ホム、ちょっとギターを貸してくれるかい」
「はい、マスター」
僕の呼びかけにホムは即座に演奏を途中で止め、ギターを渡してくれる。受け取ったギターの弦に指先を添えたところで、違和感の正体に気がついた。原因は弦だ。どうやら調整が甘かったのか、弦が緩んでいたのだ。
「ああ、なにかの弾みで弦が緩んでいたみたいだ。それを力んで無理矢理弾いていたから、指を傷つけてしまったんだね。気づかなくて済まなかった」
ペグと呼ばれるネジ状の部品を回して弦を調整し、音を確認しながらホムに謝る。
「いいえ、マスターのせいではありません」
ホムはそう言ってくれたが、これは僕の調整の甘さにも原因がある。けれど、それを今押し問答したところで進展はなにもないので、僕はホムの気遣いをそのまま受け入れることにした。
「……少し身体の力を抜いてみよう。落ち着いて弾けば、ギターは応えてくれるはずだ」
音の調整を終えたギターをホムに戻しながら提案すると、ホムは僕の言葉に真剣な眼差しを向け、深く頷いた。
「引っかかっている箇所があったのは弦の緩みが原因かもしれない。まずは、最初の出だしを少し弾いてみようか。最初はこの弦と、この弦を押さえるわけだから、ここからここまで指を滑らせて、しっかり止めてみるといい」
ギターを抱えたホムに寄り添い、手を添えながら説明する。
「わかりました、マスター」
音を出さないまでも僕がホムの手に自分の手を添えて、力加減を感覚的に教えたことでホムも何かが掴めたようだ。
次にホムが弾いた最初の一音の優しさに、僕とホムは目を合わせて微笑みあった。メロディは気分の高揚を示すように鼓動とともに高鳴り、アルフェの声を脳内に想起させる。ギターが僕たちとともに歌いたがっている、そんな感覚を覚えた。
「……目覚めてから、探し始めた――ワタシはダレ?」
僕とホムの声が自然と重なる。ホムのギターが歌い始める。
歌詞の問いかけに対する答えを、僕はもう知っている。
僕はリーフ。リーフ・ナーガ・リュージュナだ。
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表紙、挿絵:イラストAC様、ナノバナナ(AIイラスト)他。
小説に関するAI利用の範囲:果物に関する情報収集、校正、要約、プロット整理。
