アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第299話 穏やかな未来のかたち

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「……みなさま、ドリンクは受け取ってますわね? まだの方は前方と後方のテーブルからお好きなものをお取り頂くか、係の者から受け取ってくださいまし」

 マリーはジョスランにエスコートされながら、先ほどのステージの方まで戻っていく。乾杯がはじまるとあって、エステアとメルアがマリーに続き、僕たちも彼女らに倣った。

「さて、今日ここをプロデュースさせていただいたのは、他でもない――」

 ステージに立ったマリーが、最前列にいるエステアへと嬉しげな視線を向け、手のひらでエステアを示す。

「先の生徒会総選挙におけるエステアへの投票率100%の平民寮の皆さまに、友人としてワタクシからも感謝の気持ちをお伝えしたかったからですわ」
「……えっ」

 エステアが驚きの声を上げ、隣のメルアも口をぱくぱくと動かしている。どうやら二人ともこの話を聞かされていないんだろうな。僕としても驚いたが、友達想いのマリーならばやりそうなことだと納得した。

「これから幾多の困難も待ち受けていることでしょう。それを乗り越え、よりよい学園を、かつてのように差別なく、己の研鑽に努めていける安心した環境を作り出すことをエステアは目標としておりますの。これは夢ではなく、実現可能な目標ですわ」

 マリーはそこで一息吐き、生徒の一人一人に訴えかけるような真摯な眼差しを向ける。

「そのためには、みなさまの協力が必要不可欠。どうぞこれからも宜しくお願い致しますわ」

 流れるような優美な動きでグラスをジョスランに預け、マリーが深々と頭を下げる。その誠意の伝わる美しい所作に拍手が起こり、マリーとエステアを讃える声が響いた。

「……さて。堅っ苦しいことは抜きと申しあげましたのに、少々緊張させていただきましたわね。さっきのあれは建前で、本音はこっちなんですの……。ジョスラン!」

 マリーに飲み物が入ったグラスを戻したジョスランが、内ポケットから取り出した魔導杖を振るう。指揮者のような美しい動きと同時に、色とりどりの花々が宙に具現し、マリーの誕生日を祝う文字が煌めきながら宙に浮かんだ。

「なお、個別の挨拶は不要ですわ~。貴族のしきたりなんて、ワタクシ、実は苦手なんですわぁ~! ……というわけで、改めてになりますけれど、存分にお食事と歓談を楽しみながら、ワタクシの誕生日を盛り上げてくださいまし!」

 再びマリーの誕生日を祝した拍手が起こり、皆が楽しげに顔を見合わせる。その姿をマリーはステージの上から満足げに眺めると、高々とグラスを掲げた。

「では、乾杯ですわぁ~!」
「乾杯!!」

 マリーの合図でグラスが高く掲げられる。パーティーのスタートを告げる乾杯をきっかけに、食堂にはやがて楽しげな歓談の声が響き始めた。

「……なんだか不思議な気分だわ」
「これからは、こういう会も設けたら良いのではありませんか?」

 平民寮にほとんど初めて足を踏み入れるらしきエステアに、ホムが笑顔で提案する。

「ええ、そうね。これが当たり前になる学園が、私の目指すものでしょうから。授業でも、こうした授業時間外でも、皆が笑顔で活き活きと過ごせる学園が……」
「わたくしもそれを願います」

 エステアが感慨深く呟く言葉を相槌を打ちながら聞いていたホムが、真摯な眼差しで同意を示す。ホムとエステアが感じているように、亜人と人類という垣根だけでなく、貴族と平民の垣根も何れ越えられるといいだろうな。難しい問題だからこそ、今度の生徒会ではそのきっかけを作ることに意義があるだろう。

「……で、さっきのはなんなんです? リーフ」

 ステージを降りたマリーが、懲りずに僕のバスケットをつつきながら聞いてくる。

「……ああ、これ?」

 さすがにこの場で誤魔化すのは無理だろうと判断し、僕は観念して飲み物とバスケットを手近なテーブルの上に置いた。

「誕生日プレゼントには全然足りないと思うけど、なにかしたくてこの前買った材料で作ったんだ」
「噂の手作りクッキーとやらですの?」
「なんでそれを?」

 包みを解く前に言い当てられ、思わず聞き返してしまった。マリーは僕を驚かせたことが嬉しかったのか、にんまりと笑い、歓談に花を咲かせている食堂のおばちゃんたちを視線で示した。

「おばさま方が教えてくださいましたわ」

 今回のパーティー会場の準備だけでも色々あっただろうに、短期間のうちにそんな話まで聞き出しているだなんて、マリーのコミュニケーションの高さには驚かされてばかりだな。

ワタクシが当然頂いてもいいんですわよね?」
「それはもちろん」

 僕が頷くと、マリーが青いリボンをかけた包みを一つ取った。

「エステアにもひとつ差し上げたいです」
「いいよ」

 緑のリボンをかけた包みをホムに渡すと、すかさずメルアが身を乗り出してきた。

「えっ!? 待って、うちも食べたい!」
「たくさんあるから、焦らなくていいよ、メルア」

 メルアにも包みを渡す間に、マリーはもう包みを解いてしまっている。

「え、今食べるのかい?」

 まさか今食べると思っていなかったので思わず訊ねると、マリーはつんと澄ました仕草でクッキーをつまむと、口の中に放り込んだ。

「コース料理じゃあるまいし、順不同ですわ。……ほれよりはんですの、ほのクッキー……」

 食べながら目を丸くしてもごもごと口を動かすマリーは、行儀が悪いとわかっていても喋らずには居られない様子だ。

「口に合わなかったかい?」
「そんなわけありませんわ! このクッキー、なんですの!? 美味しすぎて、ワタクシ、独り占めしたくなってきましたわぁ~! ジョスラン!」
「はっ」

 マリーの呼びかけでその命令の全てを察したジョスランが、僕とアルフェにバスケットごと譲るように交渉してくる。

「いやいやいや。ジョスラン、いくらマリーの命令だからってうちの分まで持ってかないで~」

 慌てて間に入ったのはメルアだが、マリーは全然気にしない。

「あら一袋貰っているではありませんか。あとでゆっくり召し上がってくださいまし、メルア」
「ちょっ、マリーがほぼ全部食べるやつじゃん……」

 話を聞いている限り、マリーとメルアの間には良くあることらしい。まあ、お金持ちだし、気に入ったら店ごと買いそうなタイプでもあるから、今に始まったことではないのだろうな。

「オーホッホッホ! その通りですわ! 今日は何の日かお忘れでして?」
「はいはい、わかってるって。ししょー、うちにもまた作ってよね」
「いいよ。こんなのでよければ」

 せっかくの誕生日に僕のクッキーで争われても困るので、快く応じておく。また材料の買い出しに行く必要があるけれど、街に出るのは気分転換にもなるし、なによりアルフェも喜ぶから僕としても時折はやりたいところだ。

「こ・ん・な・の、だなんて、謙遜しすぎですわぁ。お店でも開いたら良いですのに。看板娘にアルフェを置けば完璧ですわ」
「それ、いいかも」
「わたくしもお手伝い致します」

 アルフェが笑顔で頷き、ホムも応じてくれる。

「……そういう未来もいいね。考えておくよ」

 冗談ではなく本気で思う。錬金術以外の未来があってもいいかもしれない。アルフェとホムと一緒なら、それを悪くないと思えるし想像出来る。


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