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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第327話 建国祭に向かう夜
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カナルフォード学園の敷地を多くの蒸気車両が行き来している。明日が建国祭前日とあり、テントや機材、備品などを始めとした物品が運び込まれているのだ。
換気のために開け放った窓からその様子を眺めながら、僕はホムの奏でるギターの音に耳を澄ませている。名目上は真なる叡智の書の点検で起きている僕だったが、それはとうに終わり、目を休ませると言い訳をしながら更けゆくカナルフォード学園都市の夜を眺めているのだ。
「……もうお休みになられますか、マスター?」
「いや、大丈夫だよ。それより、練習では完璧のお墨付きをもらったというのに熱心だね」
僕はエーテル過剰生成症候群を患っていることもあり、疲労からの回復が極端に早い。だが、いくらホムンクルスとはいえホムの回復には限度がある。先日は寝落ちてしまうほど疲れていたことを考えると、少し心配だ。
「明日は早いけれど、大丈夫かい?」
「平気です。ただ、マスターの睡眠を妨げるようなら止めますが……」
「いいよ、続けて。君の弾くその音が好きなんだ」
ホムの眉が僅かに下がったので、僕は努めて微笑み、優しく言って聞かせた。ホムはその言葉に安堵するどころか、益々眉を下げ、嬉しいような悲しいような複雑な表情を見せた。
「マスター」
まるで自分でもその感情をどう表現して良いのかわからない、そんな表情のホムを放っておくことも出来ず、僕は少し間を置いてから問いかけた。
「どうかしたのかい?」
「いえ……。マスターがそう仰ってくださるのは嬉しいですし、マリー様は完璧と言ってくださったのも光栄なのですが……でも、わたくしにはまだ感情というものを上手く表現出来ている気がしないのです」
「ホム……」
――それは僕が君を造った時、感情抑制を加えたからだ。
そう言いかけて、僕は強く唇を噛んだ。そんなことは当事者であるホムが一番良くわかっている。それを理由にしたくなくて、一人悩んでいたのに、僕が生まれながらの資質がそうだと決めつけてしまうのは間違っている。
「出来ると思っていました。アルフェ様とマスターが作ってくださった衣装……あの衣装がわたくしにこんなに豊かな感情があると教えてくれたのです。だから……ギターをもっと歌わせてあげたい。感情を込めて、音に乗せて……。なのに、現実は練習を重ねれば重ねるほど、違和感が大きくなるばかりで……」
「……上手く弾けないというよりは、ホムの理想と食い違いがある、という理解でいいのかな?」
僕の問いかけにホムは静かに頷く。
「Re:bertyのバンドとしての完成度はマリー様のお言葉が示すとおり、疑いの余地はありません。でも、わたくし自身が満足のいく演奏を出来ていないのです。……もっと言えば、……その……アルフェ様の想い、それに応えようとするマスターの想いを汲み上げ切れないのがなんとも歯がゆくて……」
ああ、ホムは僕の記憶を共有しているのだ。だから、僕のアルフェへの想いを知識として知っている。だから、どうしても理想が高くなるのだ。それはひとえに僕とアルフェを喜ばせたいという、ホム自身の強い想いから生まれた理想だ。
だとしたら、僕はその枷になってしまっている僕への忠誠心を解いてあげる必要があるだろう。音楽というものを詳しく知らない僕でも、これだけはわかる。音楽というのは、自由に楽しく奏で、人々に広げ、感情を分かち合うものなのだ。僕たちは、喜びと幸せを、愛を表現したいのだから、ホムにも心からの笑顔で演奏してもらいたい。
「……打ち明けてくれてありがとう、ホム。だけど、そこまで思い悩まなくてもいいんだよ」
「……そうなのですか?」
ホムは戸惑いがちに僕に問い返す。その目にはまだ不安の陰が見える。それをどうにか取り除いてあげたい。技術としてはもう申し分ないのだから、あとはホムがRe:bertyの曲を『アニマ』という僕たちのラブソングを、どう表現するかにかかっているのだ。そしてそれはきっと、ホムの心次第でギターが応えてくれる。
「確かにこの歌は、アルフェと僕の気持ちを歌った歌だけど、誰にでもそうした気持ちはあるんじゃないかな?」
「わたくしにも……?」
ホムの問いかけに僕は微笑んだ。
「想像してごらん。これがもし、ホムと僕の歌だとしたら? エステアと僕たちの歌だとしたら?」
「……マスターとわたくし……。そして、エステアとわたくしたちの歌……」
ホムは歌うように呟き、目を閉じた。その手が自然にギターを爪弾きはじめる。『アニマ』のメロディラインをなぞる優しい音色に、僕も目を閉じてホムが弾く音に身を任せた。
「もしも……変わっても……わたくしの……変わらない……」
ホムが歌詞の一部を意図的に変えて、自分のこととして置き換えはじめる。僕を慕う心、みんなを尊敬する心、その気持ちがホムの演奏を後押ししている。そんな気がしたその刹那。
「あっ」
ホム自身も、それに気づいたように目を開いた。
「少しですが、わかった気がします」
「よし、それを捕まえよう。僕も一緒に弾くよ」
僕は立ち上がり、ベースを取り出してホムの隣に並んだ。
「良いのですか、マスター」
「僕がそうしたいんだ」
演奏を通じて、互いの想いを伝え合いたい。アルフェへ抱いている気持ちとホムへ抱いている気持ちは同じではないけれど、でも、どちらも二人を想う大切な気持ち――僕が二人を通じて知った愛するという気持ちだ。
「ワン、ツー、ワンツースリー――」
ホムの合図で僕はベースを、ホムはギターを奏でる。思い返せば二人でこうして揃って練習するのは凄く久しぶりだ。今回はホムの自主性を重んじて、エステアに任せきりだったこともあり、ホムは今日の今日まで悩みを打ち明ける暇がなかったのだろうな。
それにしても、アルフェが『感謝の祈り』で抱えていた悩みと同じようなことをホムが抱えていたのは不思議だ。もしかすると、これは偶然ではなくて、誰もが持っている悩みなのかもしれないな。
換気のために開け放った窓からその様子を眺めながら、僕はホムの奏でるギターの音に耳を澄ませている。名目上は真なる叡智の書の点検で起きている僕だったが、それはとうに終わり、目を休ませると言い訳をしながら更けゆくカナルフォード学園都市の夜を眺めているのだ。
「……もうお休みになられますか、マスター?」
「いや、大丈夫だよ。それより、練習では完璧のお墨付きをもらったというのに熱心だね」
僕はエーテル過剰生成症候群を患っていることもあり、疲労からの回復が極端に早い。だが、いくらホムンクルスとはいえホムの回復には限度がある。先日は寝落ちてしまうほど疲れていたことを考えると、少し心配だ。
「明日は早いけれど、大丈夫かい?」
「平気です。ただ、マスターの睡眠を妨げるようなら止めますが……」
「いいよ、続けて。君の弾くその音が好きなんだ」
ホムの眉が僅かに下がったので、僕は努めて微笑み、優しく言って聞かせた。ホムはその言葉に安堵するどころか、益々眉を下げ、嬉しいような悲しいような複雑な表情を見せた。
「マスター」
まるで自分でもその感情をどう表現して良いのかわからない、そんな表情のホムを放っておくことも出来ず、僕は少し間を置いてから問いかけた。
「どうかしたのかい?」
「いえ……。マスターがそう仰ってくださるのは嬉しいですし、マリー様は完璧と言ってくださったのも光栄なのですが……でも、わたくしにはまだ感情というものを上手く表現出来ている気がしないのです」
「ホム……」
――それは僕が君を造った時、感情抑制を加えたからだ。
そう言いかけて、僕は強く唇を噛んだ。そんなことは当事者であるホムが一番良くわかっている。それを理由にしたくなくて、一人悩んでいたのに、僕が生まれながらの資質がそうだと決めつけてしまうのは間違っている。
「出来ると思っていました。アルフェ様とマスターが作ってくださった衣装……あの衣装がわたくしにこんなに豊かな感情があると教えてくれたのです。だから……ギターをもっと歌わせてあげたい。感情を込めて、音に乗せて……。なのに、現実は練習を重ねれば重ねるほど、違和感が大きくなるばかりで……」
「……上手く弾けないというよりは、ホムの理想と食い違いがある、という理解でいいのかな?」
僕の問いかけにホムは静かに頷く。
「Re:bertyのバンドとしての完成度はマリー様のお言葉が示すとおり、疑いの余地はありません。でも、わたくし自身が満足のいく演奏を出来ていないのです。……もっと言えば、……その……アルフェ様の想い、それに応えようとするマスターの想いを汲み上げ切れないのがなんとも歯がゆくて……」
ああ、ホムは僕の記憶を共有しているのだ。だから、僕のアルフェへの想いを知識として知っている。だから、どうしても理想が高くなるのだ。それはひとえに僕とアルフェを喜ばせたいという、ホム自身の強い想いから生まれた理想だ。
だとしたら、僕はその枷になってしまっている僕への忠誠心を解いてあげる必要があるだろう。音楽というものを詳しく知らない僕でも、これだけはわかる。音楽というのは、自由に楽しく奏で、人々に広げ、感情を分かち合うものなのだ。僕たちは、喜びと幸せを、愛を表現したいのだから、ホムにも心からの笑顔で演奏してもらいたい。
「……打ち明けてくれてありがとう、ホム。だけど、そこまで思い悩まなくてもいいんだよ」
「……そうなのですか?」
ホムは戸惑いがちに僕に問い返す。その目にはまだ不安の陰が見える。それをどうにか取り除いてあげたい。技術としてはもう申し分ないのだから、あとはホムがRe:bertyの曲を『アニマ』という僕たちのラブソングを、どう表現するかにかかっているのだ。そしてそれはきっと、ホムの心次第でギターが応えてくれる。
「確かにこの歌は、アルフェと僕の気持ちを歌った歌だけど、誰にでもそうした気持ちはあるんじゃないかな?」
「わたくしにも……?」
ホムの問いかけに僕は微笑んだ。
「想像してごらん。これがもし、ホムと僕の歌だとしたら? エステアと僕たちの歌だとしたら?」
「……マスターとわたくし……。そして、エステアとわたくしたちの歌……」
ホムは歌うように呟き、目を閉じた。その手が自然にギターを爪弾きはじめる。『アニマ』のメロディラインをなぞる優しい音色に、僕も目を閉じてホムが弾く音に身を任せた。
「もしも……変わっても……わたくしの……変わらない……」
ホムが歌詞の一部を意図的に変えて、自分のこととして置き換えはじめる。僕を慕う心、みんなを尊敬する心、その気持ちがホムの演奏を後押ししている。そんな気がしたその刹那。
「あっ」
ホム自身も、それに気づいたように目を開いた。
「少しですが、わかった気がします」
「よし、それを捕まえよう。僕も一緒に弾くよ」
僕は立ち上がり、ベースを取り出してホムの隣に並んだ。
「良いのですか、マスター」
「僕がそうしたいんだ」
演奏を通じて、互いの想いを伝え合いたい。アルフェへ抱いている気持ちとホムへ抱いている気持ちは同じではないけれど、でも、どちらも二人を想う大切な気持ち――僕が二人を通じて知った愛するという気持ちだ。
「ワン、ツー、ワンツースリー――」
ホムの合図で僕はベースを、ホムはギターを奏でる。思い返せば二人でこうして揃って練習するのは凄く久しぶりだ。今回はホムの自主性を重んじて、エステアに任せきりだったこともあり、ホムは今日の今日まで悩みを打ち明ける暇がなかったのだろうな。
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