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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第356話 大闘技場の混沌
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「……こんなとこで足引っ張って悪かったな。それで……だ。大闘技場が目の前だが、どうするんだ?」
問いかけるヴァナベルは真っ直ぐに僕を見つめている。動かせるのはプロフェッサーの蒸気車両と、僕のアーケシウスのみ。状況はあっという間に悪い方に転じてしまったと言わざるを得ない。
「……この状態で、中に踏み込むのは不可能だ。でも、カナルフォード全域にアムレートの効果を及ぼすためには、この辺りでアムレートの魔法陣を描く必要がある」
危険を承知の上で、それでもここから動くことは出来ない。皆の魔力が続いているうちに、僕が一刻も早くアムレートの魔法陣を描き上げる以外になにも思いつけなかった。
「プロフェッサー。出来ることなら、皆を逃がすために戦ったナイルの救出を――」
「気持ちはわかりますが、ここで許可を出すのは難しいですね」
エステアの言葉を遮り、プロフェッサーが上空のデモンズアイに視線を誘導する。ちょうどデモンズアイから一際大きな血涙のひとしずくが滴る瞬間だった。
大粒の血涙は、大闘技場の中心に落ち、辺りに不気味な水音が響く。
「なんかやべぇ音だな……」
「「不吉が溢れる予感がする……」」
ヴァナベルが悪寒を感じたように身を震わせ、リリルルが身を寄せ合いながら声を震わせる。本能的に危険を察しているのか、エーテル遮断ローブに包まれた僕の肌の表面も言いようのない不安にぞわりと粟立った。
「ワタシ、見てみる!」
声を上げたアルフェが意識を集中させて目を閉じる。おそらく遠視魔法を使ったのであろうアルフェは、嫌悪の表情を浮かべながら呟いた。
「大闘技場の中が、デモンズ・アイの血涙で溢れてる……」
「ナイル様は!?」
「……待って、なにか変……」
ホムの問いかけを遮り、アルフェは耳を押さえて俯いている。それほど意識を集中させなければならないほどの異変が起きているのだ。それは、おそらく――
僕の思考を妨げるように地鳴りが起こり、地面が上下に激しく揺れ始める。
「な、なんだぁ!? おい、なんかやべぇぞ!」
地の底からなにかが湧き上がってくるようなその気配は、レッサーデーモンの比ではない。
「退避! 急いで!」
蒸気車両のアクセルを踏み込んだプロフェッサーが、猛スピードで後退を始める。僕もただならぬ気配にアーケシウスの噴射式推進装置を起動させ、その場を離れた。
「見ろ! 大闘技場が割れる!!」
ヴァナベルの悲鳴に大闘技場に目を向けると、血飛沫を飛ばしながら壁に鋭い亀裂が走っていく。無数の亀裂は大闘技場の外壁を破り、ダムの水が決壊するように血涙が激流となって噴き出した。
「おい、あれ!」
「ナイル!!」
ファラの声にエステアの声が重なる。血涙に押し流されて大闘技場の外に飛び出してきたのは、ナイルの新機体ヤクトレーヴェだ。真紅の機体は皮肉にも赤黒いデモンズアイの血でどろどろに汚されている
「ナイル、ナイル!! ナイルを助けなきゃ!」
「エーテルの反応はまだある。大丈夫、生きてる!」
エステアの気力を保たせようとしてか、アルフェが早口でナイルの状況を伝えてくる。エステアとアルフェの声で意識を取り戻したのか、ヤクトレーヴェに取り付けられた拡声魔導器がノイズ混じりの音を発した。
「……エ……テア……、気を……ろ……。あ……他……獣……桁違――」
拡声魔導器の限界かナイルの意識の限界か、ナイルの音声が途絶える。エステアが声を発する前に、ホムが拳を構えながら叫んだ。
「機兵の中にいるなら、まだ助かる余地があります。今は目の前の敵に集中してください!」
目の前の敵――
ホムに言われるまで、僕も気がついていなかった敵の姿が、大闘技場内部の血涙の中から露わになる。背骨のようなものが血みどろの地面から突き出たかと思うと見る間に血涙を吸い上げて黒く滑らかな皮膚に転じ、漆黒の翼膜を纏った竜族の魔族へと変貌を遂げた。
「ケシャァアアアアアッ!!」
12メートルはあろうかという巨躯が羽ばたいたことで疾風が起こり、大闘技場の外壁が弾け飛ぶ。大闘技場内部を満たしていた血涙の残りが濁流のように押し寄せ、辺り一面は血の海となった。
甲高い咆吼を上げ、デモンズアイの周りを滑空しているのは竜種の魔族の中でも数少ないアークドラゴンの成体だ。人魔大戦の時でさえ、滅多に確認されなかったその成体が、今自分たちの目の前を悠々と飛翔している。
「……アーク……ドラゴン……」
絶望的な光景に思わず呟くと、まるで僕の声が聞こえていたかのようにデモンズアイの角膜部分がぎょろりと僕たちの方を向いた。デモンズアイの視線に命じられたかのように、上空のアークドラゴンもゆっくりと降下し、ほとんど原形を留めない大闘技場の中央に身体を落ち着けた。
「……魔王ベルゼバブの命により、この地を魔族のものとする……」
なんとも名状し難い気味の悪い声が、殷々と辺りに木霊す。
「目玉がしゃべってる……」
恐怖のあまりデモンズアイから目を逸らすことすら出来ずに、アルフェが呟く声が聞こえた。
「使役者の同調を使ってる……。あのデモンズアイを召喚した魔族が、この近くにいる……」
「どうしますか、マスター」
ホムが上空のアークドラゴンとデモンズアイを見比べながら僕に問う。一瞬の隙も見せられないことは、その視線が一度も僕に向けられないことからも明らかだ。
「作戦は変わらない。使役者を処分しても何も変えられない」
「そのとおり。だが、我が下僕に勝てると思うな。貴様らはここで我々の糧となるのだ!」
使役者のその言葉を合図に、アークドラゴンが地を這うように迫る。
「散開!!」
誰よりも早く反応したのはエステアだった。叫び、抜刀するその背をホムが追っていた。
問いかけるヴァナベルは真っ直ぐに僕を見つめている。動かせるのはプロフェッサーの蒸気車両と、僕のアーケシウスのみ。状況はあっという間に悪い方に転じてしまったと言わざるを得ない。
「……この状態で、中に踏み込むのは不可能だ。でも、カナルフォード全域にアムレートの効果を及ぼすためには、この辺りでアムレートの魔法陣を描く必要がある」
危険を承知の上で、それでもここから動くことは出来ない。皆の魔力が続いているうちに、僕が一刻も早くアムレートの魔法陣を描き上げる以外になにも思いつけなかった。
「プロフェッサー。出来ることなら、皆を逃がすために戦ったナイルの救出を――」
「気持ちはわかりますが、ここで許可を出すのは難しいですね」
エステアの言葉を遮り、プロフェッサーが上空のデモンズアイに視線を誘導する。ちょうどデモンズアイから一際大きな血涙のひとしずくが滴る瞬間だった。
大粒の血涙は、大闘技場の中心に落ち、辺りに不気味な水音が響く。
「なんかやべぇ音だな……」
「「不吉が溢れる予感がする……」」
ヴァナベルが悪寒を感じたように身を震わせ、リリルルが身を寄せ合いながら声を震わせる。本能的に危険を察しているのか、エーテル遮断ローブに包まれた僕の肌の表面も言いようのない不安にぞわりと粟立った。
「ワタシ、見てみる!」
声を上げたアルフェが意識を集中させて目を閉じる。おそらく遠視魔法を使ったのであろうアルフェは、嫌悪の表情を浮かべながら呟いた。
「大闘技場の中が、デモンズ・アイの血涙で溢れてる……」
「ナイル様は!?」
「……待って、なにか変……」
ホムの問いかけを遮り、アルフェは耳を押さえて俯いている。それほど意識を集中させなければならないほどの異変が起きているのだ。それは、おそらく――
僕の思考を妨げるように地鳴りが起こり、地面が上下に激しく揺れ始める。
「な、なんだぁ!? おい、なんかやべぇぞ!」
地の底からなにかが湧き上がってくるようなその気配は、レッサーデーモンの比ではない。
「退避! 急いで!」
蒸気車両のアクセルを踏み込んだプロフェッサーが、猛スピードで後退を始める。僕もただならぬ気配にアーケシウスの噴射式推進装置を起動させ、その場を離れた。
「見ろ! 大闘技場が割れる!!」
ヴァナベルの悲鳴に大闘技場に目を向けると、血飛沫を飛ばしながら壁に鋭い亀裂が走っていく。無数の亀裂は大闘技場の外壁を破り、ダムの水が決壊するように血涙が激流となって噴き出した。
「おい、あれ!」
「ナイル!!」
ファラの声にエステアの声が重なる。血涙に押し流されて大闘技場の外に飛び出してきたのは、ナイルの新機体ヤクトレーヴェだ。真紅の機体は皮肉にも赤黒いデモンズアイの血でどろどろに汚されている
「ナイル、ナイル!! ナイルを助けなきゃ!」
「エーテルの反応はまだある。大丈夫、生きてる!」
エステアの気力を保たせようとしてか、アルフェが早口でナイルの状況を伝えてくる。エステアとアルフェの声で意識を取り戻したのか、ヤクトレーヴェに取り付けられた拡声魔導器がノイズ混じりの音を発した。
「……エ……テア……、気を……ろ……。あ……他……獣……桁違――」
拡声魔導器の限界かナイルの意識の限界か、ナイルの音声が途絶える。エステアが声を発する前に、ホムが拳を構えながら叫んだ。
「機兵の中にいるなら、まだ助かる余地があります。今は目の前の敵に集中してください!」
目の前の敵――
ホムに言われるまで、僕も気がついていなかった敵の姿が、大闘技場内部の血涙の中から露わになる。背骨のようなものが血みどろの地面から突き出たかと思うと見る間に血涙を吸い上げて黒く滑らかな皮膚に転じ、漆黒の翼膜を纏った竜族の魔族へと変貌を遂げた。
「ケシャァアアアアアッ!!」
12メートルはあろうかという巨躯が羽ばたいたことで疾風が起こり、大闘技場の外壁が弾け飛ぶ。大闘技場内部を満たしていた血涙の残りが濁流のように押し寄せ、辺り一面は血の海となった。
甲高い咆吼を上げ、デモンズアイの周りを滑空しているのは竜種の魔族の中でも数少ないアークドラゴンの成体だ。人魔大戦の時でさえ、滅多に確認されなかったその成体が、今自分たちの目の前を悠々と飛翔している。
「……アーク……ドラゴン……」
絶望的な光景に思わず呟くと、まるで僕の声が聞こえていたかのようにデモンズアイの角膜部分がぎょろりと僕たちの方を向いた。デモンズアイの視線に命じられたかのように、上空のアークドラゴンもゆっくりと降下し、ほとんど原形を留めない大闘技場の中央に身体を落ち着けた。
「……魔王ベルゼバブの命により、この地を魔族のものとする……」
なんとも名状し難い気味の悪い声が、殷々と辺りに木霊す。
「目玉がしゃべってる……」
恐怖のあまりデモンズアイから目を逸らすことすら出来ずに、アルフェが呟く声が聞こえた。
「使役者の同調を使ってる……。あのデモンズアイを召喚した魔族が、この近くにいる……」
「どうしますか、マスター」
ホムが上空のアークドラゴンとデモンズアイを見比べながら僕に問う。一瞬の隙も見せられないことは、その視線が一度も僕に向けられないことからも明らかだ。
「作戦は変わらない。使役者を処分しても何も変えられない」
「そのとおり。だが、我が下僕に勝てると思うな。貴様らはここで我々の糧となるのだ!」
使役者のその言葉を合図に、アークドラゴンが地を這うように迫る。
「散開!!」
誰よりも早く反応したのはエステアだった。叫び、抜刀するその背をホムが追っていた。
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