40 / 168
第40話 五右衛門風呂
しおりを挟む
だが俺は両親の人柄や人格などについてそう詳しく知らないし覚えてはいない。
共に過ごした期間が極端に短かかったし、年齢的に同レベルでの会話も成立していなかったからだ。
当然記憶に残る範囲でしか言いようがないのだけれど、奇特にも都会からど田舎である井伊影村の淀鴛家へ嫁いだ母は、華奢な体格で容姿端麗かつ穏やかな性格にして、幼い俺と接する際は絶え間なく優しい表情をしていたような気がする。
一方、井伊影村の灯明神社たる実家で生を受け、すくすくと成長した暁には都会へ出て神道を学び俺の祖父の望むまま素直に実家へ戻った父は、祖父が大病を患い亡くなってしまう前に、淀鴛家直系の者が代々引き継いで来た燈明神社の宮司となったらしい。
そんな父は母と比べると寡黙で厳しい人だったが、一家団欒の時間や俺と遊んでくれた際は表情を緩め、優しい目を向けてくれていたような気がする...
食べるのに一生懸命な幼い俺にも時折声をかけてくれた両親は、土鍋を突きながらたわいのない会話を楽しそうに続けていた。
今思えば本当に暖かみのある家庭だったのかも知れない...
三人が満腹感で満たされると楽しい夕食の時間が終わり、いつものように母が台所で皿洗いをしているあいだ、父が幼い俺を風呂へ入れてくれた。
土鍋を熱するカセットコンロはあれど、ガスの通っていない淀鴛家の風呂と云えば昔ながらの「五右衛門風呂」だった。
石造りで若干歪んだ円形の浴槽に井戸水を溜め、家の外で薪を燃して沸かすというえらく手間のかかる代物である。
五右衛門風呂を沸かすのは専ら父の担当で、小さいから危ないとの理由から手伝うことは叶わなかったが、竹筒を口に当て、汗をかきながら「フーフー」と懸命に息を吹きかける父の後ろ姿が印象深かった。
因みにもう経験することは無いと思われるが、幼い俺は五右衛門風呂の底板が大の苦手だった。
内部の造りが下に行くほど狭まっている五右衛門風呂の底は殊の外熱い。
ゆえに木製の底板を足で踏んづけて湯に浸かるわけだが、固定されていないためゆらゆらと動いてしまうのである。
幼い俺が苦手だったとしても何の不思議もあるまい...
父に身体を洗い流してもらい、二人して茹蛸になるまで湯に浸かって風呂から上がると、母がやって来てバスタオルで濡れた身体を拭きパジャマを着せてくれた。
そのあとこたつに入り、ボーっとテレビを眺めていると睡魔が襲い眠くなる。
家事をあらかた済ませた母が、眠気満々の幼い俺の口に無理矢理歯ブラシを入れて歯磨きを済ますと、障子の戸で仕切られた隣の寝室へ千鳥足でよれよれと歩く。
幼い俺は障子の戸を閉める直前に、両親と就寝の挨拶を交わし布団に入り眠りについた。
それが両親と交わす、人生で最後の挨拶になろうとは露ほども知らずに...
共に過ごした期間が極端に短かかったし、年齢的に同レベルでの会話も成立していなかったからだ。
当然記憶に残る範囲でしか言いようがないのだけれど、奇特にも都会からど田舎である井伊影村の淀鴛家へ嫁いだ母は、華奢な体格で容姿端麗かつ穏やかな性格にして、幼い俺と接する際は絶え間なく優しい表情をしていたような気がする。
一方、井伊影村の灯明神社たる実家で生を受け、すくすくと成長した暁には都会へ出て神道を学び俺の祖父の望むまま素直に実家へ戻った父は、祖父が大病を患い亡くなってしまう前に、淀鴛家直系の者が代々引き継いで来た燈明神社の宮司となったらしい。
そんな父は母と比べると寡黙で厳しい人だったが、一家団欒の時間や俺と遊んでくれた際は表情を緩め、優しい目を向けてくれていたような気がする...
食べるのに一生懸命な幼い俺にも時折声をかけてくれた両親は、土鍋を突きながらたわいのない会話を楽しそうに続けていた。
今思えば本当に暖かみのある家庭だったのかも知れない...
三人が満腹感で満たされると楽しい夕食の時間が終わり、いつものように母が台所で皿洗いをしているあいだ、父が幼い俺を風呂へ入れてくれた。
土鍋を熱するカセットコンロはあれど、ガスの通っていない淀鴛家の風呂と云えば昔ながらの「五右衛門風呂」だった。
石造りで若干歪んだ円形の浴槽に井戸水を溜め、家の外で薪を燃して沸かすというえらく手間のかかる代物である。
五右衛門風呂を沸かすのは専ら父の担当で、小さいから危ないとの理由から手伝うことは叶わなかったが、竹筒を口に当て、汗をかきながら「フーフー」と懸命に息を吹きかける父の後ろ姿が印象深かった。
因みにもう経験することは無いと思われるが、幼い俺は五右衛門風呂の底板が大の苦手だった。
内部の造りが下に行くほど狭まっている五右衛門風呂の底は殊の外熱い。
ゆえに木製の底板を足で踏んづけて湯に浸かるわけだが、固定されていないためゆらゆらと動いてしまうのである。
幼い俺が苦手だったとしても何の不思議もあるまい...
父に身体を洗い流してもらい、二人して茹蛸になるまで湯に浸かって風呂から上がると、母がやって来てバスタオルで濡れた身体を拭きパジャマを着せてくれた。
そのあとこたつに入り、ボーっとテレビを眺めていると睡魔が襲い眠くなる。
家事をあらかた済ませた母が、眠気満々の幼い俺の口に無理矢理歯ブラシを入れて歯磨きを済ますと、障子の戸で仕切られた隣の寝室へ千鳥足でよれよれと歩く。
幼い俺は障子の戸を閉める直前に、両親と就寝の挨拶を交わし布団に入り眠りについた。
それが両親と交わす、人生で最後の挨拶になろうとは露ほども知らずに...
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
【完結】皇帝の寵妃は謎解きよりも料理がしたい〜小料理屋を営んでいたら妃に命じられて溺愛されています〜
空岡立夏
キャラ文芸
【完結】
後宮×契約結婚×溺愛×料理×ミステリー
町の外れには、絶品のカリーを出す小料理屋がある。
小料理屋を営む月花は、世界各国を回って料理を学び、さらに絶対味覚がある。しかも、月花の味覚は無味無臭の毒すらわかるという特別なものだった。
月花はひょんなことから皇帝に出会い、それを理由に美人の位をさずけられる。
後宮にあがった月花だが、
「なに、そう構えるな。形だけの皇后だ。ソナタが毒の謎を解いた暁には、廃妃にして、そっと逃がす」
皇帝はどうやら、皇帝の生誕の宴で起きた、毒の事件を月花に解き明かして欲しいらしく――
飾りの妃からやがて皇后へ。しかし、飾りのはずが、どうも皇帝は月花を溺愛しているようで――?
これは、月花と皇帝の、食をめぐる謎解きの物語だ。
シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる