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29.王都一の歌い手
しおりを挟む私が転生して3ヶ月が過ぎようとしていた。季節は雨季へと移り変わり、雨の日が多くなっていた。
ここに曜日はなく、ひと月30日、1年は12か月。
季節は3、4、5月が過ごしやすい温暖期。6、7月は雨期で雨が続く。8、9、10、11月は乾期で雨が降らず、12、1、2月は寒冷期で雪もたまに降る。乾季は寒冷期に近くなるほど昼夜の気温差が激しくなる。
雨期や寒冷期はどうしても酒場の客足が減る。そんな時期に活躍するのがステージや楽器だ。この世界で歌や演奏のみを生業としているのは王都に極少数居るのみ。殆どが兼業でこの時期だけ酒場やレストランなどを回る。人気が出ればご指名でお呼びがかかったりするのだ。
この酒場も例外ではなく、日々演奏家や歌手が来て自らの音楽を披露している。他の街から来て回っている人も多い。演奏家は男性が多く歌手は女性ばかりで、綺麗で優しい歌声と美しい音色に癒された。私は昔からこういった酒場やバーで歌う歌手に憧れていた。その憧れを間近で感じられてとても嬉しかった。
そしてある日、彼女がやって来た。
◇
その日は王都からプロの歌手と演奏家、2人が来る事になっていた。宣伝効果もバッチリで酒場は満席。2人はステージの数時間前に酒場を訪れた。そして控室にしている部屋へ通されて軽い食事を終えると、歌手の女性がスタッフに言った。
ソニアという女に会わせて!と。レドモンドは外出していて、判断はルーカスに委ねられた。
私はマスターに連れられ、ホールから控室へ向かった。
中にいたのは水色の髪の女性と、ラベンダー色の髪の男性。女性は真っ赤なドレスに同じ色のルージュが良く似合うちょっときつい感じの美人。豊満な胸をこれでもかとアピールしている。男性は対照的に大人しい・・・というかオドオドした感じで中性的な顔立ち。
「アンタがソニア?」
明らかに棘を含んだ口調で言い、値踏みするような目で私を見る。
「な~んだ、大したことないじゃない!レドモンド様の妻になる女、何て街で聞いたからどんな美人かと思ったら。大体おかしいと思ったのよね!特定の女を作らない事で有名なあの方に妻なんて!…あんた、まさか噂も自分で流したんじゃないでしょうね!?」
畳みかけるように早口で騒ぐ女性。
あちこちでイチャつきまくったあの初デート以来、私はレドモンドの妻になる女、として街中に知られている。彼女たちは数日前からシャハールに滞在していて、もう何軒もの酒場やレストランの指名を受けて回っているらしい。だからそれを耳にしたのだろうが・・・今までがどうだったかは知らないけど、今回は真実だ。
女性は更に続ける。
「アタシのレドモンド様に色目使ってないでしょうね!?ま、アンタの身体じゃ無理でしょうけど!あ、知らないだろうから教えてあげる!アタシ、レドモンド様と夜を一緒に過ごす仲なのよ!」
開いた口が塞がらない、とはこの事だ。
自分でレドは女を作らない、と言っておいて夜を過ごす仲だとも言う。すんごく矛盾してない?過去にそういう事実があったとしても、恋人ではない。それを自ら吹聴して回っているのだろうか?もう少し考えて話した方が良いと思いますよ・・・。
こういう時、少女漫画のヒロインや乙女ゲームの主人公なら気にしたり、落ち込んだり、泣いたりするのかな?私は小さい頃から変に冷静な所がある。こうやって捲し立てられても何だか客観的に見てしまう。そんな性格が、可愛くない、冷たい、と言われ、結局お前はひとりでも大丈夫だろ、となる。
今だって結構な事を言われているが、レドに他の女性がいないのは分かっているから割と平気なのだ。嫌な気分なのはどうしようもないが。可愛くないな、と自分でも思う。
そんな私の態度が気に入らなかったのだろう。彼女が金切り声を上げる。
「何なのよアンタ!!さっきから返事もしないでボケっとして!…そうだ、アンタアタシに謝んなさいよ。今夜、アタシが歌わないと困るでしょ?謝ってお願いしたら歌ってあげても良いわ!」
・・・はあ?・・・そうくるか、ワガママ女め。
でも歌に関してはその通りだ。もうお客さんが彼女を待ってる。ここで言い返すのは簡単だけど、中止にでもなったら雨の中来てくれたお客さんに申し訳ない。それに・・・酒場の評判にキズがついたらレドや皆が困るかも。
彼女は足を組んで私を見上げている。さあ早くなさい!とでも言いたげだ。
仕方ない…それで気が済むなら。
「…申し訳ありませんでした。歌ってください、お願いします」
謝って頭を下げる。
「それでいいのよ!全く…もう邪魔しないでよね!…あら、時間ね、行くわよ!」
コロッと機嫌を良くした彼女はにこやかに言って颯爽と出ていった。後に残ったのは演奏家の男性で、私とマスターに土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「申し訳ありません!サンドラが酷い事を…」
それに答えたのはマスターだった。
「早く行った方が良いのでは?また機嫌を悪くされたら困ります」
何となく笑顔が怖いのは気の所為だろうか・・・?
「すみません…精一杯演奏させて頂きます!」
男性は慌てて出ていった。
ホッと息を吐く。良かった、中止にならなくて。
「マスター、私ホールに出ない方がいい……マスター?」
言いかけて止まってしまった。・・・マスターが私の頭を撫でているから。
「すみませんでしたね、頭なんか下げさせて。余程追い出してやろうかと思ったのですが…そんな事をしたら、あなたがしたことが無駄になってしまいますからね」
「マスター…」
「助かりました。確かにもう中止になど出来ませんでしたからね。彼女、サンドラというんですが、もう随分前からレドに熱を上げていまして。時期になると呼ばなくても来るんです。王都一上手いとの評判でして、断る訳にも行かず我が儘し放題なんですよ。レドは今日出掛けるのを嫌がっていましたよ、あなたに何を言うか分からないって」
「そうだったんですか」
言われて思い出す。そういえばレドが出掛ける前なんか言いたそうにしていた。珍しく奥歯に物が挟まったような話し方で、不思議に感じたのだ。
「…何してる?」
いきなり声が掛かる。
現れたのはレド。何だか不機嫌?と思っていると頭が軽くなる。・・・もしかして、頭を撫でられていたのが気に食わないのだろうか?
「ソニアさんが頑張ってくれたのでお礼を」
「何でお礼がナデナデなんだ?…全く。で?あの女、また何かやったのか」
また・・・?ホントに困ったちゃんなんだな~。
その後、マスターの説明を聞くレドの顔が憤怒の形相なったのは言うまでもない。
サンドラの運命や如何に。
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