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36.提案
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レオポルティーナの泣き声が徐々に小さくなってやがて止むと、フェルディナントは口を開いた。
「済まない、ティーナ。父上に正直に打ち明けるよ。教会に白い結婚証明を出してもらって離婚しよう。白い結婚でも君は傷物とみられてしまうだろうが…教会の証明書があれば次の結婚も何とかなるはずだ。我が家も君のために良縁を探すよ」
「駄目よ!」
レオポルティーナはもう泣いていなかった。涙と鼻水の痕で顔がくしゃくしゃになっていたが、その目には強い光が灯っていた。
「どうして?」
「そうしたらお義父様はフェル兄様を廃嫡して放逐するわ。お坊ちゃま育ちで身体の弱い兄様が平民としてどうやって生きていくの?兄様をかわいがってるお義祖父様だって絶対援助して下さらないわよ。教会の許さないことはお義祖父様もお許しにならないでしょうから」
「そ、それは…確かに…」
「それにヨハンは背中の皮膚がずたずたになるまで鞭打ちされてその辺に捨てられるでしょう。兄様はヨハンがそんな目にあってもいいの?」
「まさか!」
「じゃあ、このまま離婚しないで3人の秘密にしましょう」
「ティーナはそれでいいの?僕はティーナのことは好きだよ。でも愛する妻としてじゃない。幼馴染として、妹のような存在としてだよ。だから僕は君のことを多分抱けない」
「…ええ…分かってるわ…残酷で愛しい兄様…私、あきらめ悪いの…やっぱり兄様のこと、好きなの。ごめんなさい…好きでいさせて。妻でいさせて」
レオポルティーナはまた泣きそうになっていた。
「こんな僕でよければ…でも後悔しない?」
「しないわ…兄様が私を抱けなくてもいい。だけどたまに兄様を抱きしめてもいい?」
「い、いいけど、恋人同士みたいに抱き合えないよ。妹を抱きしめるような感じでよければ…」
フェルディナントはそう言ってちらりとヨハンを見た。レオポルティーナもその視線に気付いた。
「ヨハン、お願い、いい?」
「俺、いや、私になんて許可とらなくても…フェルディナント様はレオポルティーナ様の夫君なんですから。フェルディナント様がいいって言うなら私に異議を言う権利などありません」
ヨハンは本心では嫌だった。でもヨハンは正式にはフェルディナントの侍従でそれ以上でも以下でもない。フェルディナントが正式な妻であるレオポルティーナを抱きしめることはおろか、肉体関係を持つことだって止める権利などない。
フェルディナントは、ヨハンの本心など見えないかのように、彼の肯定にあからさまにほっとした様子を見せた。
「そ、それならいいよ…それから…秘密のことなんだけど、ドミニクもこのことは知ってるんだ」
「そうなの。それじゃ、子作りのことも相談できるわね」
「それなんだけど、実はドミニクはティーナに打ち明けたほうがいいって勧めてくれてたんだ…ごめん」
「そう、なの?どうして先生は打ち明けることを勧めたの?」
「その…ドミニクは、君に打ち明けた上で僕の精液を君の中に人工的に入れればいいって勧めたんだけど…君を抱けないのに精液だけ人工的に入れるのは君が子供を産む道具みたいな気がして断ったんだ」
「そんなことには気を回せるのね…」
「ご、ごめん!無神経なこと言ってしまったね…」
「そ、そんな、兄様、謝らないで。ごめんさない、つい嫌味を言ってしまっただけなの」
レオポルティーナは、途端に俯いてしまったフェルディナントに慌てた。こんな嫌味の応酬をしていたら、表面上だけでも仲のよい夫婦を演じて義父を欺くことはできないだろう。レオポルティーナでさえ気が付いたのだから、フェルディナントとヨハンの関係に義父はもう気付いているかもしれない。そうなったら、義父は義祖父にフェルディナントが同性愛者だと知らせて後継ぎを交代させることに有無を言わせなくするだろう。フェルディナントは病気療養と称した幽閉に追い込まれるか、悪ければ死を偽装されて市井に放逐されるに違いない。そうならないようにするためにはフェルディナントに後継ぎを作るしかない。レオポルティーナの目に再び力強い光が宿った。
「兄様、ヨハン。ドミニク先生の案を採用しましょう。ヨハン、いいわね?これはフェル兄様の身を守るためなのよ。兄様に後継ぎが生まれれば、お義父様も酷いことはされないはずよ」
「ティーナ、でもそんな…抱かれたこともない夫の子供を産むことになっても君はいいの?」
フェルディナントの残酷だけど真実を露わにする言葉は、レオポルティーナの心を再び抉った。
「…兄様…酷いわ…一生に一度かと思うような一大決断したのに…例え、私を絶対抱けないと思ってもそんなこと、二度と言わないで。私は兄様の妻なのよ」
「ご、ごめん…ティーナ…」
「フェルディナント様、奥様のご提案を採用しませんか?」
「そ、そうだね…ティーナとヨハンに異議がないなら、ドミニク先生に相談しよう」
レオポルティーナは、ありがとうと言いながらも心の中はどんどん冷えていった。ヨハンはフェルディナントのただの侍従で本来ならフェルディナントの私的な決断を左右する立場にないはずだ。自分こそが彼の妻なのに理不尽だという思いはどうしても拭えなかった。
一方、ヨハンはフェルディナントの立場を思いやってレオポルティーナの提案にのるように彼に勧めたものの、恋人の血をひく子供をレオポルティーナが産むことが本当は生理的に受け付けられない。その思いは嫉妬となって彼の心の中に滓のようにどんどんと溜まっていった。
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第34話の最後に文を付け足しました。前話(第35話)も途中を少し修正しました。
「済まない、ティーナ。父上に正直に打ち明けるよ。教会に白い結婚証明を出してもらって離婚しよう。白い結婚でも君は傷物とみられてしまうだろうが…教会の証明書があれば次の結婚も何とかなるはずだ。我が家も君のために良縁を探すよ」
「駄目よ!」
レオポルティーナはもう泣いていなかった。涙と鼻水の痕で顔がくしゃくしゃになっていたが、その目には強い光が灯っていた。
「どうして?」
「そうしたらお義父様はフェル兄様を廃嫡して放逐するわ。お坊ちゃま育ちで身体の弱い兄様が平民としてどうやって生きていくの?兄様をかわいがってるお義祖父様だって絶対援助して下さらないわよ。教会の許さないことはお義祖父様もお許しにならないでしょうから」
「そ、それは…確かに…」
「それにヨハンは背中の皮膚がずたずたになるまで鞭打ちされてその辺に捨てられるでしょう。兄様はヨハンがそんな目にあってもいいの?」
「まさか!」
「じゃあ、このまま離婚しないで3人の秘密にしましょう」
「ティーナはそれでいいの?僕はティーナのことは好きだよ。でも愛する妻としてじゃない。幼馴染として、妹のような存在としてだよ。だから僕は君のことを多分抱けない」
「…ええ…分かってるわ…残酷で愛しい兄様…私、あきらめ悪いの…やっぱり兄様のこと、好きなの。ごめんなさい…好きでいさせて。妻でいさせて」
レオポルティーナはまた泣きそうになっていた。
「こんな僕でよければ…でも後悔しない?」
「しないわ…兄様が私を抱けなくてもいい。だけどたまに兄様を抱きしめてもいい?」
「い、いいけど、恋人同士みたいに抱き合えないよ。妹を抱きしめるような感じでよければ…」
フェルディナントはそう言ってちらりとヨハンを見た。レオポルティーナもその視線に気付いた。
「ヨハン、お願い、いい?」
「俺、いや、私になんて許可とらなくても…フェルディナント様はレオポルティーナ様の夫君なんですから。フェルディナント様がいいって言うなら私に異議を言う権利などありません」
ヨハンは本心では嫌だった。でもヨハンは正式にはフェルディナントの侍従でそれ以上でも以下でもない。フェルディナントが正式な妻であるレオポルティーナを抱きしめることはおろか、肉体関係を持つことだって止める権利などない。
フェルディナントは、ヨハンの本心など見えないかのように、彼の肯定にあからさまにほっとした様子を見せた。
「そ、それならいいよ…それから…秘密のことなんだけど、ドミニクもこのことは知ってるんだ」
「そうなの。それじゃ、子作りのことも相談できるわね」
「それなんだけど、実はドミニクはティーナに打ち明けたほうがいいって勧めてくれてたんだ…ごめん」
「そう、なの?どうして先生は打ち明けることを勧めたの?」
「その…ドミニクは、君に打ち明けた上で僕の精液を君の中に人工的に入れればいいって勧めたんだけど…君を抱けないのに精液だけ人工的に入れるのは君が子供を産む道具みたいな気がして断ったんだ」
「そんなことには気を回せるのね…」
「ご、ごめん!無神経なこと言ってしまったね…」
「そ、そんな、兄様、謝らないで。ごめんさない、つい嫌味を言ってしまっただけなの」
レオポルティーナは、途端に俯いてしまったフェルディナントに慌てた。こんな嫌味の応酬をしていたら、表面上だけでも仲のよい夫婦を演じて義父を欺くことはできないだろう。レオポルティーナでさえ気が付いたのだから、フェルディナントとヨハンの関係に義父はもう気付いているかもしれない。そうなったら、義父は義祖父にフェルディナントが同性愛者だと知らせて後継ぎを交代させることに有無を言わせなくするだろう。フェルディナントは病気療養と称した幽閉に追い込まれるか、悪ければ死を偽装されて市井に放逐されるに違いない。そうならないようにするためにはフェルディナントに後継ぎを作るしかない。レオポルティーナの目に再び力強い光が宿った。
「兄様、ヨハン。ドミニク先生の案を採用しましょう。ヨハン、いいわね?これはフェル兄様の身を守るためなのよ。兄様に後継ぎが生まれれば、お義父様も酷いことはされないはずよ」
「ティーナ、でもそんな…抱かれたこともない夫の子供を産むことになっても君はいいの?」
フェルディナントの残酷だけど真実を露わにする言葉は、レオポルティーナの心を再び抉った。
「…兄様…酷いわ…一生に一度かと思うような一大決断したのに…例え、私を絶対抱けないと思ってもそんなこと、二度と言わないで。私は兄様の妻なのよ」
「ご、ごめん…ティーナ…」
「フェルディナント様、奥様のご提案を採用しませんか?」
「そ、そうだね…ティーナとヨハンに異議がないなら、ドミニク先生に相談しよう」
レオポルティーナは、ありがとうと言いながらも心の中はどんどん冷えていった。ヨハンはフェルディナントのただの侍従で本来ならフェルディナントの私的な決断を左右する立場にないはずだ。自分こそが彼の妻なのに理不尽だという思いはどうしても拭えなかった。
一方、ヨハンはフェルディナントの立場を思いやってレオポルティーナの提案にのるように彼に勧めたものの、恋人の血をひく子供をレオポルティーナが産むことが本当は生理的に受け付けられない。その思いは嫉妬となって彼の心の中に滓のようにどんどんと溜まっていった。
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第34話の最後に文を付け足しました。前話(第35話)も途中を少し修正しました。
応援ありがとうございます!
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