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rainbows
clear blue sky①
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東田部長から個室に呼び出された榊凌士は、最近の自分の行いを一通り振り返ってみた。
真面目に仕事をしているし、成績だって悪くない。
一体何をしたのか、良い話か、悪い話かと考えながら凌士は第一会議室に入ったのだが、そこで待っていた東田部長は既にスタンバイモードだった。
「失礼します」
「まあ、まず座りたまえ」
東田部長の表情もそうだが、ぴりぴりとした空気や、若干低めの声音から、察する。
どうやら悪い話のようだ。
「…失礼します」
言って、凌士が椅子に腰を下ろせば、間を置かずに東田部長は切り出した。
「榊くん、あまりプライベートなことに口を出したくはないんだが…。 総務の間宮さんとただならぬ関係にあるのでは?」
ああ、なるほど、と凌士は腑に落ちた。
まずいとかやばいとかは思わなかった。
別に、凌士は妻子がある身でもないし、不倫や浮気といった間柄ではない。
だから、部長にこのように呼び出されて、事情を訊かれるいわれもないのだが…。
天音はひとつ、勘違いをしている。
天音は天音が思っているよりずっと、男ウケがいいし、社内で人気がある。
凌士はもちろん、とても天音が可愛いし愛しているけれど、身近な人間で一番の天音ファンと言えば、やはりこの、東田部長だろう。 そう、凌士は思っている。 「総務の皆にはいつもお世話になっているから」と言って、東田部長はよく総務に差し入れやお土産を買っていくが、あれは総務の皆にお世話になっているからではない。
天音に会いたくて、天音に喜んでほしくて、天音に「東田部長、いつもご馳走様です、ありがとうございます」と言われたいからだ。
東田部長だけでなく、分け隔てなくにこにこと明るく接する天音には、ファンが多い。
この前の、天音が産婦人科に出入りしている、という東田部長が乱心した一件のときも、割と営業部はざわざわしていた。
婚約者を褒められるのは嬉しいが、そこに下心めいたものが混じってくると、途端に不快に感じるのだなぁ、と凌士は思ったものだ。 「間宮さんを妊娠させた男がいるってことだよな…」「羨ましい…」と言っている、上司と先輩、同僚、部下が、天音の色々を想像しているのは容易くわかって、かなり凌士は不快だった。
ああ、けれど、今はその話ではない。
「…俺が独身なのは、部長もご存じでしょう? 俺と彼女は、部長に言い訳をしなければならないような関係ではありません」
「では、交際してはいないのだろうか?」
「交際していますよ、結婚を前提に。 彼女は俺の婚約者です」
きっぱりと、凌士は言った。
東田部長から、目を逸らすこともしなかった。
だって、自分と天音は、誰かに恥じなければならないような関係ではないのだから。
先日、天音を凌士の両親に紹介しに行ったが、両親ともに天音を気に入ったようでほっとした。 凌士のところは、兄・凌士・弟と、三人男兄弟だが、母は女の子がほしかったようなのだ。
自分の母をこういうのもあれだが、母は割と激烈な性格をしている。
だが、母は自分の好みの女の子には優しい。 そして、凌士と母の好みはとてもよく似ている。
ひとまず、天音のトラウマにトラウマを重ねることにならなくて良かったと思うが、母が天音の連絡先を聞きたがって鬱陶しくもある。 兄も既に結婚しているが、きっとそのときも母はこんな調子だったのだろう。
きっと、天音がマリッジブルーになろうが、自分との関係を考え直そうが、あの母と父は、もう天音を逃がすつもりはないだろう。
まあ、それは、自分も、だけれど。
凌士は東田部長に微笑みかけた。
「結婚式では、スピーチをお願いします。では、失礼します」
凌士が立ち上がって会議室の扉を開けたときだった。
「榊君」
東田部長が、凌士を呼んだので、凌士は振り返る。
東田部長は、なぜか片手で目頭を押さえてわずか俯いていた。
「間宮さんを、幸せにしてやってくれ…!」
「…はい」
そう返事をしはしたものの、凌士は今ひとつ納得がいかない。
どうして、東田部長にそれを言われなければならないのだろう。
真面目に仕事をしているし、成績だって悪くない。
一体何をしたのか、良い話か、悪い話かと考えながら凌士は第一会議室に入ったのだが、そこで待っていた東田部長は既にスタンバイモードだった。
「失礼します」
「まあ、まず座りたまえ」
東田部長の表情もそうだが、ぴりぴりとした空気や、若干低めの声音から、察する。
どうやら悪い話のようだ。
「…失礼します」
言って、凌士が椅子に腰を下ろせば、間を置かずに東田部長は切り出した。
「榊くん、あまりプライベートなことに口を出したくはないんだが…。 総務の間宮さんとただならぬ関係にあるのでは?」
ああ、なるほど、と凌士は腑に落ちた。
まずいとかやばいとかは思わなかった。
別に、凌士は妻子がある身でもないし、不倫や浮気といった間柄ではない。
だから、部長にこのように呼び出されて、事情を訊かれるいわれもないのだが…。
天音はひとつ、勘違いをしている。
天音は天音が思っているよりずっと、男ウケがいいし、社内で人気がある。
凌士はもちろん、とても天音が可愛いし愛しているけれど、身近な人間で一番の天音ファンと言えば、やはりこの、東田部長だろう。 そう、凌士は思っている。 「総務の皆にはいつもお世話になっているから」と言って、東田部長はよく総務に差し入れやお土産を買っていくが、あれは総務の皆にお世話になっているからではない。
天音に会いたくて、天音に喜んでほしくて、天音に「東田部長、いつもご馳走様です、ありがとうございます」と言われたいからだ。
東田部長だけでなく、分け隔てなくにこにこと明るく接する天音には、ファンが多い。
この前の、天音が産婦人科に出入りしている、という東田部長が乱心した一件のときも、割と営業部はざわざわしていた。
婚約者を褒められるのは嬉しいが、そこに下心めいたものが混じってくると、途端に不快に感じるのだなぁ、と凌士は思ったものだ。 「間宮さんを妊娠させた男がいるってことだよな…」「羨ましい…」と言っている、上司と先輩、同僚、部下が、天音の色々を想像しているのは容易くわかって、かなり凌士は不快だった。
ああ、けれど、今はその話ではない。
「…俺が独身なのは、部長もご存じでしょう? 俺と彼女は、部長に言い訳をしなければならないような関係ではありません」
「では、交際してはいないのだろうか?」
「交際していますよ、結婚を前提に。 彼女は俺の婚約者です」
きっぱりと、凌士は言った。
東田部長から、目を逸らすこともしなかった。
だって、自分と天音は、誰かに恥じなければならないような関係ではないのだから。
先日、天音を凌士の両親に紹介しに行ったが、両親ともに天音を気に入ったようでほっとした。 凌士のところは、兄・凌士・弟と、三人男兄弟だが、母は女の子がほしかったようなのだ。
自分の母をこういうのもあれだが、母は割と激烈な性格をしている。
だが、母は自分の好みの女の子には優しい。 そして、凌士と母の好みはとてもよく似ている。
ひとまず、天音のトラウマにトラウマを重ねることにならなくて良かったと思うが、母が天音の連絡先を聞きたがって鬱陶しくもある。 兄も既に結婚しているが、きっとそのときも母はこんな調子だったのだろう。
きっと、天音がマリッジブルーになろうが、自分との関係を考え直そうが、あの母と父は、もう天音を逃がすつもりはないだろう。
まあ、それは、自分も、だけれど。
凌士は東田部長に微笑みかけた。
「結婚式では、スピーチをお願いします。では、失礼します」
凌士が立ち上がって会議室の扉を開けたときだった。
「榊君」
東田部長が、凌士を呼んだので、凌士は振り返る。
東田部長は、なぜか片手で目頭を押さえてわずか俯いていた。
「間宮さんを、幸せにしてやってくれ…!」
「…はい」
そう返事をしはしたものの、凌士は今ひとつ納得がいかない。
どうして、東田部長にそれを言われなければならないのだろう。
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