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紅の騎士は白き花を抱く
6.劇薬って、毒ってこと?
「…ジオって、夫には向かないタイプだよね」
今度は呆れ顔になったアミルが溜息交じりに言うものだから、ジオークは訳がわからない。
「え? おれ、いい夫になると思うけど」
愛妻家だと思うし、子どもも好きなのでいい父親にもなれると思う。
仕事よりも家族が大切なのは当たり前――…ああ、だが、家族皆で路頭に迷うようなことになっては困るから、適度に働いていこうと思う。 つまりは、今以上でも以下でもない。
どうだ、いい夫だろう、とジオークは胸を張ったのだが、アミルは微妙な顔をしている。
「傍から見ればね」
傍から見れば、とはどういうことだ。
とそこで、いい加減に痺れを切らしたらしいジョーが口火を切った。
「おいお前たち、その茶番はいつまで続けるつもりだ? 私も暇ではないんだが?」
「あ、話聞くよ?」
そうだった、とジオークが言えば、ちらとジョーがアミルを気にした。
「アミルは部外者じゃあないのかい?」
ジョーが視線をアミルからジオークに移す。
その目は、アミルの前でしていい話なのか、とジオークに訊いていた。 だから、ジオークもちらとアミルを見る。
「部外者は部外者だけど、官僚で当てにできるの、アミルくらいだし…。 まぁ、口は堅いだろうしね」
「何その致し方なしな感! 傷ついた!」
「ちょっとお黙り」
喚きたてるアミルを、ジョーは鋭い一瞥と低い一言で黙らせると、今度は診察用の諸々が入っていると思われるケースを開く。
その中から、白い包みを取り出すと、包みを開いてジオークに差し出した。
包みから取り出されたのは、小さな瓶。 中にはとろりと黄色い粘度のある液体が入っている。
「お嬢ちゃんがあの日、口にしたもの――…ただの蜂蜜だったよ」
事務的に告げられた言葉に、ジオークは落胆を感じずにはおれない。
「そっか…。 おれは、何か劇薬が混ぜられてたんじゃないかって思ってたんだけど」
そうでなければ、やりきれないというのが、本心だろうか。
あの日、帰りがけに報せを受け取ったジオークの心情は、言葉に表すことができないようなものだった。
師の死を知ったときには、世界が塞がれたような感覚に陥ったが、リシェーナが倒れて危ない状態だと聞いたときは世界が傾いて崩れるのではないかと思った。
ひとえには、信じられなかった。
だって、師のときのように体調を崩して寝込み、徐々に弱っていったわけではなかったのだ。
リシェーナは朝、いつものように見送りに出てくれて、ジオークを笑顔で送り出してくれた。
聞けば、リシェーナはキュビスの妻であるハニーフとお茶をしていたというではないか。
リシェーナはいい子だから、誰かがリシェーナに何かをしたとは、全く考えていない。
リシェーナの体調管理か何かが悪かった結果、体調を崩して、流産してしまったのだと思っている。
だから、あんなに、「ごめんなさい」を繰り返していたのだと思うし、自分が悪いのだと責めていたのだろう。
けれど、ジオークは、あれが偶発的に起こったことだとは考えていない。
例えば、誰かがリシェーナに何かをした結果、リシェーナがあんなにも苦しくて痛い思いをしたのだとすれば、その誰かは自分のしたことを償わなければならない。
そう思って、ジオークはあの日ハニーフが持ってきて、リシェーナが口にしたと思われる蜂蜜をジョーに分析してもらったのだが、ただの蜂蜜だったとは。
「劇薬って、毒ってこと? リシェーナちゃん、誰かに毒を盛られたの?」
軽いノリは相変わらずだが、アミルの表情がサッと変わった。
ジオークは【劇薬】という言葉を使っていたのだが、【毒】と言われると印象が異なってくることに気づく。
そして、アミルの口にした【毒】という言葉に、ジオークの脳裏を何かのイメージが掠めた。
それが何かわからずに、もやもやとしてすごく気持ちが悪い。
ジョーも、アミルの【毒】という言葉には疑問があるらしい。
「毒と断定していいものかは、わからないな。 あの老婦人がお嬢ちゃんの胃の中のものを全て吐かせてくれたのがよかったんだろう。 私が駆けつけたときにはもう小康状態で、むしろ腹の方が緊急性の度合いは高かったから、正直何が起きたんだか」
背もたれに思い切り寄りかかったジョーは、思案するようにわずか天井を仰ぐ。
「私もあの蜂蜜は口にしてみたが、何ともなかった。 毒だとすれば、お嬢ちゃんにだけ効く毒か。 老婦人の話を総合すると、一種のショック症状のようではあるんだが…」
「ショック、症状」
その言葉を聞いたとき、ジオークの中のもやもやがすっと晴れた。
なぜ、【毒】という単語があんなにも引っかかったのか、その理由も。
けれど、だとすると。
「まさか」
ジオークが思いついたその推測は、恐ろしく不愉快なものだった。
けれど、まだそれは、推測でしかない。
証拠がない限りは、それが誰かの仕組んだ【罠】で【計画】で【犯行】なのだと、証明できない。
「ジョー、アミル、調べてほしいことが、あるんだ」
証明できたところで、言い逃れされる可能性はあるが、それならばジオークが許さない。
ジオークの持ちうる力と、多少の伝手を使ってでも。
今度は呆れ顔になったアミルが溜息交じりに言うものだから、ジオークは訳がわからない。
「え? おれ、いい夫になると思うけど」
愛妻家だと思うし、子どもも好きなのでいい父親にもなれると思う。
仕事よりも家族が大切なのは当たり前――…ああ、だが、家族皆で路頭に迷うようなことになっては困るから、適度に働いていこうと思う。 つまりは、今以上でも以下でもない。
どうだ、いい夫だろう、とジオークは胸を張ったのだが、アミルは微妙な顔をしている。
「傍から見ればね」
傍から見れば、とはどういうことだ。
とそこで、いい加減に痺れを切らしたらしいジョーが口火を切った。
「おいお前たち、その茶番はいつまで続けるつもりだ? 私も暇ではないんだが?」
「あ、話聞くよ?」
そうだった、とジオークが言えば、ちらとジョーがアミルを気にした。
「アミルは部外者じゃあないのかい?」
ジョーが視線をアミルからジオークに移す。
その目は、アミルの前でしていい話なのか、とジオークに訊いていた。 だから、ジオークもちらとアミルを見る。
「部外者は部外者だけど、官僚で当てにできるの、アミルくらいだし…。 まぁ、口は堅いだろうしね」
「何その致し方なしな感! 傷ついた!」
「ちょっとお黙り」
喚きたてるアミルを、ジョーは鋭い一瞥と低い一言で黙らせると、今度は診察用の諸々が入っていると思われるケースを開く。
その中から、白い包みを取り出すと、包みを開いてジオークに差し出した。
包みから取り出されたのは、小さな瓶。 中にはとろりと黄色い粘度のある液体が入っている。
「お嬢ちゃんがあの日、口にしたもの――…ただの蜂蜜だったよ」
事務的に告げられた言葉に、ジオークは落胆を感じずにはおれない。
「そっか…。 おれは、何か劇薬が混ぜられてたんじゃないかって思ってたんだけど」
そうでなければ、やりきれないというのが、本心だろうか。
あの日、帰りがけに報せを受け取ったジオークの心情は、言葉に表すことができないようなものだった。
師の死を知ったときには、世界が塞がれたような感覚に陥ったが、リシェーナが倒れて危ない状態だと聞いたときは世界が傾いて崩れるのではないかと思った。
ひとえには、信じられなかった。
だって、師のときのように体調を崩して寝込み、徐々に弱っていったわけではなかったのだ。
リシェーナは朝、いつものように見送りに出てくれて、ジオークを笑顔で送り出してくれた。
聞けば、リシェーナはキュビスの妻であるハニーフとお茶をしていたというではないか。
リシェーナはいい子だから、誰かがリシェーナに何かをしたとは、全く考えていない。
リシェーナの体調管理か何かが悪かった結果、体調を崩して、流産してしまったのだと思っている。
だから、あんなに、「ごめんなさい」を繰り返していたのだと思うし、自分が悪いのだと責めていたのだろう。
けれど、ジオークは、あれが偶発的に起こったことだとは考えていない。
例えば、誰かがリシェーナに何かをした結果、リシェーナがあんなにも苦しくて痛い思いをしたのだとすれば、その誰かは自分のしたことを償わなければならない。
そう思って、ジオークはあの日ハニーフが持ってきて、リシェーナが口にしたと思われる蜂蜜をジョーに分析してもらったのだが、ただの蜂蜜だったとは。
「劇薬って、毒ってこと? リシェーナちゃん、誰かに毒を盛られたの?」
軽いノリは相変わらずだが、アミルの表情がサッと変わった。
ジオークは【劇薬】という言葉を使っていたのだが、【毒】と言われると印象が異なってくることに気づく。
そして、アミルの口にした【毒】という言葉に、ジオークの脳裏を何かのイメージが掠めた。
それが何かわからずに、もやもやとしてすごく気持ちが悪い。
ジョーも、アミルの【毒】という言葉には疑問があるらしい。
「毒と断定していいものかは、わからないな。 あの老婦人がお嬢ちゃんの胃の中のものを全て吐かせてくれたのがよかったんだろう。 私が駆けつけたときにはもう小康状態で、むしろ腹の方が緊急性の度合いは高かったから、正直何が起きたんだか」
背もたれに思い切り寄りかかったジョーは、思案するようにわずか天井を仰ぐ。
「私もあの蜂蜜は口にしてみたが、何ともなかった。 毒だとすれば、お嬢ちゃんにだけ効く毒か。 老婦人の話を総合すると、一種のショック症状のようではあるんだが…」
「ショック、症状」
その言葉を聞いたとき、ジオークの中のもやもやがすっと晴れた。
なぜ、【毒】という単語があんなにも引っかかったのか、その理由も。
けれど、だとすると。
「まさか」
ジオークが思いついたその推測は、恐ろしく不愉快なものだった。
けれど、まだそれは、推測でしかない。
証拠がない限りは、それが誰かの仕組んだ【罠】で【計画】で【犯行】なのだと、証明できない。
「ジョー、アミル、調べてほしいことが、あるんだ」
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