不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第1章

004.人が作り出すもの

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 人は食べ物とは思えない食べ物を口に入れた時、どういう反応をするだろうか。

 食べ物であればどんなものでも口にできる、そういう人ももちろんいるだろう。
 俺もまさにそうだった。以前友人と二人で行ったバイキングにて、その友人が調子に乗ってドリンクバーの飲み物を全部ミックスして俺に渡してきた時は躊躇したが、思い切って飲んでみると案外問題なかった事があった。

 それが原因……というかはわからないが、それで自信がついたのは確かだろう。俺に食べられないものはない。思い切って口に入れたらどうにかなる。そう考えていた儚い夢は今日この日、粉々に砕け散った。

 俺は今夜、思いもよらずハーフのような小さな先輩であるエレナと出会い、まさかのお泊り会ということになってしまった。
 ここまではまだいい。俺も一人暮らしでホームシック?になりかけていたから彩りが加えられるというものだ。

 俺が大きく間違ったといえば夕飯作りに彼女を誘ったこと。
 献立はカレーライス。小学生でも実習で作ることになるお手軽料理だ。
 彼女の力を見るには十分。まさにベストチョイスのつもりだったのだが、ふと目を離したスキに事件は起きた。
 なんと当のエレナはとんかつなどで使われるソースを入れていたのだ。それも少量ではなくボトルを真っ逆さまにして。
 それを見て慌てて彼女の手を止めさせるが時既に遅し。満タンだったソースは半分近く失われていた。一応、何故そうしたのか彼女に問うと、

「え? だってママもソース入れてたわよ」

 とのこと。
 確かにソースを入れるのはよく聞く。けれどそれは隠し味の少量だ。彼女が入れた量からしてそれはもはやカレーではない。カレー風味のソースだ。

 どうにかここから取り返せないかとカレーのようなナニカを味見すると、この世のものとは思えない感覚が俺を襲った。
 辛いのか苦いのか甘いのかわからない、ただただつらかった。
 そんな感覚の後喉が食べ物を通すのを本能的に拒否し、喉が鳴った段階でヤバいと悟った俺はえづいてなんとか事なきを得た。しばらく舌のしびれは収まらなかったが。

「そう言えば美味しくなりそうな調味料を色々と入れてみたわ」

 というのは彼女の弁。これはたしかに料理を覚えたほうがいいと、カレーらしき物体を処理していた俺は涙目になりながら確信した――――





「ふ~!美味しかったぁ! ごちそうさま!!」

 テーブルに置かれていたカレーを綺麗に食べきったエレナは手を合わせる。
 あれから彼女を追い出した俺は一人でカレーを作り直した。今日ほど食料のストックに感謝した日は無い。

「はいはいお粗末様」
「なぁんか不機嫌そうな顔ね~。最初のをダメにしたのは悪かったわよ」

 一足先に食べ終わった俺がお皿を回収していると謝られた。彼女なりに思うところがあったのだろうか。

「不機嫌ってわけじゃないんだけど……よくあそこまで魔改造できるなと思って」
「私的には美味しくなると思ったのよ~! 何故か毎回ダメになるんだけど……」
「……まずレシピを遵守するところから覚えようね」

 彼女は典型的なアレンジでダメにするタイプなのだろう。それなら伸びしろもありそうなものだが、初対面の女の子に刻々と詰めるのは野暮だろうからこのくらいで留めておく。

「それにしてもキミの作り直したカレーは美味しかったわ。どこかで習ったのかしら?」
「独学だよ。でも……この春からずっと一人暮らしだから自然に、ね……」

 もう2ヶ月ほどになるだろうか。それ以前はロクに料理もしていなかったが必死になると案外できるものだ。

「ふぅん……凄いわね………… そうだ!」
「?」

 少し口元に手を当て考える仕草をするエレナ。俺がその間に皿を水に浸けて戻ると何か思いついたかのように立ち上がる。

「これから私の分の夕飯も作って! もちろん毎日!」
「却下。 料理覚えて一人で作りなさい」
「ぶ~。 おんなじこと言われた~」

 同じというのは小言が多いと嘆いてた人のことだろう。そりゃそうだ、せめて人並みにはできないと。

「弟が姉を大事にしてくれない~」
「愛のムチだからありがたく受け入れて」

 まだその設定続いていたのか。俺は適当な返事をしながら皿を洗い、食後のコーヒーを慣れた手付きで淹れていく。

「?……何この香り…………あら、コーヒー?」
「うん。飲む? ……と言ってももう淹れてるけど」
「もちろん。いただくわ」

 香りにつられてやってきたエレナはカウンターにあごを乗せて、挽いた豆にお湯が注がれていくのを黙って眺めている。
 その様子をチラリと見るとシャツが少し大きいせいか首周りが大きく開かれているのに気づいて極力彼女の方向を見ないよう注ぐお湯に意識を集中させる。

「……ねぇ、なんで注いでは止めを繰り返してるの?」
「ん? あ、あぁ……」

 ふと彼女は俺を見上げて問いかける。
 つい俺も彼女と目を合わせようとしたがシャツと肌との空間が更に目立つようになっていたためなんとか平静を装って動かしかけていた首を静止させる。

「雑味が出たり苦味が変わるからね。後は注湯の量とか位置とか色々あるよ」
「ふぅ~ん……私にとってはコーヒーなんてどれも同じ味にしか思えないけど」

 コーヒーサーバーに落ちていく光景に視線を戻した彼女はあまり興味がなさげだ。残念、コーヒーは奥が深いというのに。

「はい完成。食べ合わせはチョコでいい?」
「ありがと。チョコは好きよ。甘くて」

 冷蔵庫から適当なチョコレートを持ってリビングへ。
 ……うん、今日のコーヒーも美味しい。

「…………えっと……ねぇ、アレは?」
「あれ?」

 俺がコーヒーに舌鼓を打っているとソワソワしているエレナが何かを求め始めた。しかし俺が察せずにいると、『ううん』と自らの言葉を否定する。

「ううん、何でもない…………よし、いくわ!」
「どうぞ召し上がれ。美味しいよ」

 そう彼女は覚悟したようにカップに口をつける。しかし飲んだのは一瞬、すぐに口を離した彼女は目に涙を浮かべながらこちらを見つめてきた。

「まずぃぃ………」
「あ! ごめん!砂糖か! すぐ持ってくる!!」

 一瞬だけ口をつけたエレナ。
 しかしカップを戻した彼女は舌を出し涙目になっていた。
 その表情を見てようやく彼女の要求した”アレ”の正体を思いつく。

 今までそういうものを使ってこなかったからすっかり忘れていた!
 たしかシュガースティックが棚に……あった。俺はスティック2本とフレッシュを手に持って彼女に手渡した。

「ごめん……ありがと。これで飲めるわ」
「俺も気づかなくてごめん」
「いいのよ。私も素直に言えばよかったわ…………うん!美味しい!」

 彼女はそう言って躊躇すること無く渡されたものをすべてカップに投入していく。今度こそカップに口をつけた様子は満足そうだ。
 俺もその様子を見てホッと肩を撫で下ろし、自分のコーヒーを飲み始めた。



 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――




「―――――あら、もうこんな時間ね」

 コーヒーブレイクも終わり、二人で談笑しているとふとエレナが声を上げる。それにつられて時計に目をやると時刻は午後10時、そこそこな時間になっていた。

「ほんとだ。台風は……相変わらず酷いままだ」
「そうね……」

 もはやカーテンを開けて確認する必要すらない。暴風域に入った台風はかなりの風が吹き荒れ、ベランダへと続く窓は常時ガタガタと揺れ動かしている。

「あの時、外に出てたら生きて帰れたかわからないわね……今日は本当に助かったわ、ありがとう」
「この台風の中追い出すような鬼畜じゃないからね……!」

 彼女のお礼に少し照れくさくなりツンデレみたいな返事になってしまった。思い返せばあの時手を引かれて走って帰ったのは正解だった。そういう意味では彼女に感謝だろう。

「さすが私の弟ね。これからも私を助けてちょうだい」
「はいはい、機会があったらね」

 これまで見かけなかったのだから今日を終えれば二度と会えるとは思えない。そんな事実に少し寂しさを感じながら俺は肩をすくめる。
 そんな俺を見たエレナは軽く口角を上げて立ち上がる。

「いい時間だし私はもう寝ようと思うのだけれど……どこで寝たらいいかしら?」
「あぁそっか。そうだな……客室なんてないから、申し訳ないけど妹の部屋でいい?」
「えぇ。私としては床でも文句ないわよ」
「それはないから。 ついてきて」

 俺は手早くコーヒーカップをシンクに突っ込んでから廊下へ出る。玄関から一番近い扉……それが妹の部屋だ。

「ここが妹の部屋で隣がトイレだから。ゆっくり休んで」
「わかったわ……それじゃあ、また明日」
「うん。おやすみ」

 俺の言葉を皮切りにゆっくりと部屋の扉が閉じられていく、その扉が最後まで閉じられたのを確認じてから踵を返しリビングへと足を向かわせる。

「さて……カップ洗って、お風呂入って俺も寝―――――――あっ……」

 これからの予定を組み立てていると大事な事を思い出した。

 ――――――課題やってない。

 どうやら寝ることができるのは0時を超えそうだ。
 今頃になってようやく気づいたその事実に、げんなりしながら重い足取りで皿洗いに向かうのだった。
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