不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第1章

005.遅刻

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 朝。
 どんな日常を送っていてもいずれ夜は明ける。
 それがどんなにハチャメチャな前日だったとしても、人の食べるものではないものを口にしたとしても。
 寝付きが悪くてひたすらに長く感じた夜さえも、生きていさえすればいずれ夜は明け陽が昇る。

 一人暮らしを始めた当初は思い描くことすら無かった金髪美少女とのお泊り。
 結果的に何もなかったといえども、ドキドキして眠りが浅かった夜は彼女の発する音によって朝を知らせることとなった。


 ガチャ―――――と。扉の開く音によって意識が浮上する。

 自宅に家族以外の他人が居るという普段とは違う感覚に、寝ていても神経が張り詰めていたのだろうか。
 体内時計的にまだ普段起きる時間ではない。しかし窓から光が漏れていることから日は昇っていることが伺えた。
 しかし俺は目を開けることはない。それは単純な話、眠いから。まだ目覚ましも鳴っていないことからいつもの時間ではないことは明白。俺は意識を浮上してもまだ寝ようと再び夢の世界に潜り込む。

 そんな中、ギシッ――と、フローリングを踏みしめる音と共に何者かが俺の元へ近づいてくる気配がした。

「Good morning……。まぁ、まだ起きてないでしょうけど」

 えらく発音のいい言葉が、綺麗な声が聞こえてきた。
 それが昨晩泊まることとなったエレナから発せられることだと理解するのはさほど時間がかからなかった。それでも今の俺には眠りが最優先。彼女の来訪など些事だというように無視を決め込む。

「……ホントに起きてないわよね?」

 すぐ隣から声が聞こえてきた。
 ベッドの横までたどり着いた彼女は俺の頬をツンツンとつつく。努めて反応しないようにするがそんなことしたら誰でも起きると思う。

「昨晩は……泊めてくれてありがとね。あの時助けてくれなかったらきっとどこかで濡れながら野宿する事になってたわ」

 そっと冷たい感触が俺の額に触れてきた。その感触が段々額から耳へ、そして頬まで移動するのをむず痒く感じながらも耐えているとゆっくりと離れていく。

「他人の家に泊まるのはもちろん、側に男の人がいる夜なんて初めてだったもの。すごく緊張したわ。でも……何もせずただ親切でいてくれて嬉しかった。そういう意味では私を知らなかったことに感謝ね」

 俺の顔から手を離した彼女は極力揺れが起きないようゆっくりとベッドの脇へと腰を下ろす。
 そうして一息つき、彼女の手は直ぐ側に置かれていた俺の手へそっと重ね合わせた。

「だから――――今日の朝は私が作るわ。………ふふっ、起きたときの驚く顔が楽しみね」

 そう言葉を言い残しすぐに立ち上がって部屋を後にするエレナ。

 彼女がそんな事を思ってくれていたとは……昨日家に入る前と後で少し印象が違って見えたが、それは緊張していたということなのかもしれない。
 けれど俺は彼女のお眼鏡にかなったのか、なんと朝食を作ってくれるというのだ。

 久方ぶりの誰かが家事をしてくれる嬉しさを噛み締めつつ、本格的に夢の世界に飛び込もうと思った矢先、先程の彼女の言葉を思い出す。


 ――――んっ?さっきなんて言った?

 エレナは何を言っていた?俺は何を受け入れようとした?
 朝食を作る?夕食で盛大に人が作るものとは思えないものを作ったエレナが?

 遠くから朝食を作り出したであろう鼻歌が耳に届いた瞬間、俺の身体は布団を押しのけて立ち上がる。
 彼女が料理を作るのだけは絶対にダメだ!
 俺はたった一晩で学んだ大切なことを思いつつ、二度と同じ悲劇を生み出してはいけないと、彼女の手の感触を忘れて駆け出していった。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「それで、今日これからどうするの?」

 俺はトーストと目玉焼きを口に入れつつ、向かい合って座っている少女に向かって声をかける。

「そうねぇ……綺麗に晴れたし、とりあえずタクシー呼んで昨日の電話相手と合流かしら?」

 そんな向かいの彼女もトースト片手に喋る。
 テーブルに広がるのは何の変哲もない、アレンジもされていないトーストをはじめとした朝食たち。

 あれから急いで起きて彼女の調理を止めたときは間一髪だった。
 彼女は油も引いていないフライパンに卵を落とそうとしたものだから急いで止め、チラリと並べられたソースやタバスコなどの調味料の山を見たときは背筋に嫌なものが走った。
 もしも俺が起きていなかったら、きっと何色か表現すら困難な目玉焼きがこの世に誕生したのだろう。エレナはいたくむくれていたが、無駄遣いはいけないと刻々と説明したらなんとか納得してくれた。

「そう……飛行機で行かなきゃ行けない用事は平気なの?」
「あぁアレ? 台風が酷くて中止になったわ。そんなことより被害の確認が優先ですって」

 なんてことないようにエレナは言う。
 昨晩の台風はこの付近こそ特に問題なかったものの他の地域ではなかなかの被害を被ったらしい。
 復興が必要なレベルでは無いが、断水や停電などインフラ系がダメになった地域が多くテレビではその被害を大々的に報告していた。そのテレビもエレナが嫌がったから今は消しているが。

「ふぅん……学校は?」

 ならばと、俺は当たり前の事を問いかける。今はまだ6月の平日、夏休みにしてはまだまだ早い時期だ。中間テストの可能性もあるがそれならばこれほどノンビリしていないだろう。

「自主休講よ。あっ、迎えに来てくれるって言ってるからここの住所教えていい?」
「もちろん」

 彼女はトースト片手にスマホといういかにも行儀の悪い状況だが、親御さんも心配しているだろうし細かいことは言っていられない。
 それにしても自主休講か……実に羨ましい。こちらは昨晩必死に課題を終わらせて今日に備えたというのに。

「……よしっ、あと1時間もすればつくらしいわ。それまでここに居て平気?」
「あぁ。食後のコーヒーはどうする?」
「いいの?淹れてくれるなら嬉しいけど……」

 その言葉を聞いて一足先に朝食を摂り終わった俺は一人キッチンへ。

「あっ!砂糖とミルクはたっぷりね!! わすれないでよ!!」

 背中からそんな声が聞こえてくる。そこまでブラックは苦手なのか。
 その見た目通りの子供っぽさに苦笑しながらいつもの豆とコーヒーミルを取り出していった。



 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――




「さ、そろそろ来る時間だけど……」

 時刻は午前8時手前、もう10分もすれば学校に向かわなければならない時間だが、エレナを見送るくらいなら大丈夫だろうと俺も荷物を持ってエントランスに降りてきていた。
 ふと空を見上げれば雲ひとつ無い快晴。昨晩暴風雨がこの街を襲ったとは思えないほど綺麗な空だ。

「ここから家まで遠いの?」
「そうね、おそらく車で30分くらいだと思うけど……なぁに?そんなに私の家に来たいのかしら?」

 そんなからかうような口調に隣のエレナを見下ろすと手を口に当ていかにもからかってます、といった様子でこちらを見ている。

「そうだね。勝手のわかる自分の家でもエレナはあんな料理の腕前なのか気になっちゃって」
「ぶう。今朝のアレはもう謝ったじゃない~!」

 彼女は思いもよらぬ返しだったのか腕を組んで抗議してくる。そんな様子におかしさを覚えながら俺は柱の影へ背中を預けた。

「冗談だよ。でもせめて変な調味料入れるのは勘弁してほしいかな……」
「わかってるわよ……ちゃんと練習す――――――あら、来たわね」

 待ってましたと言わんばかりの視線につられて俺も柱からそちらを伺うと道の向こうから一台のタクシーが。
 それはエントランス前で停車し、後方のドアから一人の人物が現れる。

「エレナ!」
「おはよう、アイ」

 アイ――――。
 そう呼ばれた少女は車から降りるやいなや一目散に駆け出し、顔半分までの背丈のエレナをぎゅっと抱きしめる。

「心配したのよ!仕事前にフラッと消えたと思ったら帰ってこないだんて!変なことに巻き込まれたんじゃないかと思ったら私……」
「いやね、ちゃんと連絡してたじゃない。帰ってこれなかったのは……そうね、謝るわ」

 抱きしめられたエレナも仕方ないといった笑顔でその背中を優しくさすっていた。
 そんな2人の世界を構築していて俺はただ見守っていることしかできなかった。
 すると俺の視線に気がついたエレナは彼女を引き剥がし俺と顔合わせる。

「昨晩はありがとね、助かったわ。こうして迎えもきたし、もう大丈夫よ」
「あっ!昨晩はエレナがお世話になりました! こうして無事で居られるのも貴方のおかげ……で―――――」

 エレナに続いて少女がこちらに頭を下げるも顔を上げた瞬間、段々と語気が弱まりその目が泳ぎだす。

「おおお……男のひと!? え、エレナ!?まさか男の人と昨晩ずっと2人で!?」
「そうよ。何をそんなに慌てているのよ」
「だって男の人なのよ!しかも一晩!エレナは小っちゃくて可愛いからどれだけのファンが居ることか……!」
「アイ、落ち着きなさい。彼は大丈夫だから」

 突然エレナを遮るように立ちながらも、”恐怖”を全面に押し出したアイと呼ばれる少女は震える声で俺を睨む。
 そんな突然狼狽し始めた少女をエレナは後ろから肩を抱いて落ち着かせる。けれどその行動も虚しく終わり、最終的にエレナの背中に隠れだした。

「エレナ、もしかして……昨日居なくなったのってこの人と逢うためにワザと!?
「なにもなかったわよ。それにこの人とも昨日初対面」
「そんな……エレナが私たちに内緒で彼氏を作ってたんだなんて……!私たちは恋愛しちゃいけない決まりじゃない!だって私たちは―――むぐ~!」
「ごめんね。この子ちょっと男性恐怖症の気があって、男の人を前にすると変なこと言い出すのよ」

 目にも留まらぬ俊敏さで彼女の口を塞いだエレナは困ったような笑顔でこちらにフォローをしてくる。
 よく見ればたしかにタクシーの運転手も女性だ。徹底してる。

 しかし悲しいかな体格差。口を塞いでいたエレナだったが徐々に押されていき、最終的に塞がれた口を振りほどいた少女は宣言するように口を大きく開けて宣言する。

「――――ぷはっ!だってエレナ! 私たちアイドルじゃない!」

 しんと、辺りが静まり返った。

 アイドル――――

 アイドル…………

 アイドル?

 アイドルって何だったっけ。
 当たり前のことすら思い出すことのできなくなった俺はその場で立ち尽くし、ハァ……とエレナは頭を抱え始る。

「アイドル……? 誰と、誰が?」

 頭が働かなくなった俺はそんな素っ頓狂な質問をしてしまう。その言葉を投げつけられたエレナはしばらく無言でいたあと、ゆっくりと口を開いた。

「…………バレちゃったものは仕方ない。ねぇキミは"ストロベリーリキッド"って知ってる?」
「"ストロベリーリキッド"?そりゃあもちろん。アレだろ?最近話題のアイドルグループ…………ってもしかして……!!」

 そこまで言われてようやく察することのできた俺は目を見開く。

 フワリと、俺達の間に強い風が吹いた。
 台風が去った名残の一陣の突風。風によって彼女の長い金色の髪が舞い、太陽に照らされて幻想的に光り輝く。

「えぇ、今まで黙ってて悪かったわね。私たちは”ストロベリーリキッド”。そのメンバーよ」
「――――」

 絶句――――。
 それと同時に何かが納得いったようにスッと俺の中で何かが当てはまった気がした。
 ひと目を惹きつける容姿、その堂々とした立ちふるまい、ふとした時に見せる存在感。そのどれもこれもが俺の知る女性とは一線を画していて、普通の女性とは違う部分を感じさせていたから。
 きっとなにかがあるとは思っていた。さすがにそれがアイドル業だとは思いもしなかったが。

「あの……その……そこの人?」
「……俺?」

 自分の中でその事実を咀嚼しているとふとエレナの後ろから声がかかる。
 見ると肩から小さく目だけを出すように恐る恐ると言った様子で少女が俺を呼びながらもこちらを伺っている。

「昨晩は……エレナがお世話になりました。 私、江嶋えじま 愛惟あいです」
「これはどうもご丁寧に……前坂 慎也っていいます」

 俺と彼女はそれぞれ恐縮しながらペコペコと頭を下げる。するとその間に居た人物が業を煮やしたかのように江嶋さんを前に押しやった。

「もうっ!まどろっこしいわね!少しは男の人にもなれなさい!」
「えぇぇぇ!……やだよぅ……こわいよぅ……」

 江嶋さんは先程までエレナと会話していた態度とは相当乖離していた。
 しかしエレナが無理矢理前へ押しやったことでその姿が再び俺の前に晒される。

 彼女は一言で言えば清楚、または楚々……と言うべきだろうか。
 真っ黒なワンピースに身を包み、それと同様に真っ黒な綺麗な髪が腰まで届きそうなほどまで長く伸ばしている。
 その瞳は前髪で隠れているが片側だけヘアピンで留められており、少し気の弱そうな茶色の瞳がこちらとエレナをいったりきたりしていた。

「その……エレナの彼氏さん……よろしく……お願いします……」
「よ、よろしく…………って待って!俺はエレナの彼氏じゃないよ!」
「へ?」

 俺たちの空間に静寂が訪れる。
 しまった、彼氏として通すべきだっただろうか。エレナの事を考えると彼氏でも無い男性の家に泊まったというのは問題だろう。もちろん彼氏がいても問題だと思うが、初めて会った他人に比べたらほんの少しだけ話が通しやすかったかもしれない。

「じゃあ……2人の関係って……?」

 俺たちはその問の後、ほんの数瞬だけエレナと目を合わせる。さっき否定した以上彼氏なんて言葉は使えない。他人は他人でエレナの株的に問題が出る。それなら――――
 2人で示し合わせた結果どう答えを出すべきが思い至った。俺たちは頷きあって江嶋さんに笑顔を見せる。

「「弟(姉)です」」
「…………きょう……だい?」

 もうこの道しかない。かなり不本意だが押し通すしか無い。

「でもエレナ……前に一人っ子だって……」
「あ~! もう時間もマズイわね! ほらっ、キミも学校あるんでしょ!」
「あっ!うん! 俺ももう時間だから行かなきゃ! それじゃあ江嶋さん、エレナをよろしくね!」

 エレナがこれ以上言わせるかと言った様子で話を切り上げ、俺もそれに乗る。
 江嶋さんは何かいいたげだったがエレナの手によってタクシーに押し込まれることで事なきを得たようだ。

「そ、それじゃあ昨晩はホントにありがとね! それじゃ!」
「う、うん!じゃあね!」

 まさに神風といった様子でタクシーは俺から離れていく。なんとか助かったか…………。

「さて、俺も学校いかないと…………あっ――――」

 ふとスマホで時間を確認したところで動きが止まる。
 江嶋さんが来てから思った以上に話していたおかげで10分などゆうに超えていた。今から行っても着く頃にはホームルームは終わっている。

 どうやら俺は助からず、遅刻が確定したようだ……
 
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