18 / 167
第1章
018.猛暑の中
しおりを挟む
「――――それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ」
あれからリオさんは自宅に戻ったようで3人でノンビリと江嶋さんの淹れてくれた紅茶を口にして談笑していたさなか。
ふと目に入った時計の短針が5を指し示しかけていることに気づいて俺は一人席を立つ。
「えっ……もう帰っちゃうんですか……お夕飯は……?」
「そうよ。せっかく可愛らしい女の子を2人も侍らせてお茶してるんだもの。どうせならここに泊まっていったらいいじゃない」
「ちょっとエレナ!?」
そんなエレナの軽口に江嶋さんは顔を真っ赤にして彼女の名を叫ぶ。
自分で可愛いと言うのがエレナらしい。まぁ否定はしないけど……
「今日は台風どころか快晴だし、ひと雨降られないうちにと思ってね」
リビングの奥に張られている壁一面のガラスに目をやると、少し日は傾いてはいるが夏至も過ぎてそれほど経っていない為、太陽は高い所に位置していた。
まだまだ外は暑そうでガンガンに効いたエアコンのおかげでこの部屋は涼しくとも、一旦日差しの下に移動すれば汗が吹き出してくる程の猛暑だ。
「……残念ね。下まで見送りはいる?」
「そっ、そうですよ!まだ明るいですし駅くらいまでなら……」
「ううん。そのためにわざわざ変装してもらうのも申し訳ないから」
「でも――――」
なおもありがたい事に提案をしてくれる彼女たちに対してやんわりと遠慮した。
それでもなお言葉を発しようとした江嶋さんを、エレナが手で制して席を立つ。
「そう。なら玄関までね」
今回ばかりはその主導能力の高さに感謝するほかない。
俺は心のなかで江嶋さんに謝罪しつつ今日のお礼を言って彼女の家を後にした。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
それからしばらく歩みを進めていた俺だったが、彼女たちのマンションを出て5分ほど歩いた位置で立ち止まる。
辺りには誰も居ない。ただし車は行き交っている為、みんなこの猛暑の中歩きたくないということだろう。
見る車はどれも高そうでここらに住む人々の懐具合が伺える。まったく羨ましいことで。
「さて、どこって言ってたっけ……」
そう独り言を漏らしながら取り出したのは一枚のメモ用紙。
洗い物を終えてから3人で談笑していると、ふとポケットに手を突っ込んだ時にこのメモが入っていることに気がついた。
『本日17時 海の見える公園にて』
たったそれだけの、宛名すら書いていない簡素なもの。
けれど差出人が誰か想像をするのは容易だった。
そもそもマンションに来る前までは無かったのだから候補は3名。そしてポケットに物を入れる感触が感じられないほど自然に近づいてきた人物は一人しかいない。
差出人である彼女からの呼び出しに応じるべく、ビルが乱立する道のど真ん中でマップを起動する。
一応、事前に地図を確認していたからある程度は把握していたものの、公園の位置までは覚えていない。ビルが乱立する中本当に公園なんて存在するのかと疑問に思ったが、その疑問は案外早くに解消された。
「…………あっちか」
マンションを出てから適当に歩いていたけれど案外勘は当たるもので、件の公園までは残り1分ほどと表示されていた。
どうやら道路を挟んだ反対側にあるようでここからはまだ見えないが、時代の最先端機器であるスマホを信じてそちらへ足を伸ばしていく。
――――そこは公園と呼ぶにはあまりに何も無い場所だった。
俺が想像していた公園は遊具や砂場があり、広ければ球技などができるような場所。
けれどこの場所は海に面したランニングコースと、それを眺める草木とベンチしかなく肩透かしを喰らった気分だ。
「リ――――おっと……」
到着して早々彼女の名をを大声で呼ぼうとしたものの寸前で引き止める。
そう言えば彼女も著名な人物だった。それなのに外で俺を呼んだのだから注目を浴びるのはきっと本意では無い。
公園は多少横に長いものの、幸いにも人は誰一人見当たらなかった。きっとこの暑さのおかげだろう。
そのおかげでこちらは汗まみれなのだが、ここで帰るわけにもいくまい。
ランニングコースと言っても端が目視できる時点でそんなに大した距離ではない。適当に端から端まで歩くと彼女に出会うことができるはず。そんな楽観的な事を考えながら公園のランニングコースへと足を踏み入れる。
「――――お~い………やク~ン」
俺の見積もりでは数往復くらいは覚悟していたものの、その呼び声は案外早くに訪れた。
いくらか歩いて聞こえてきたのは俺を呼ぶ声。今日の勘の良さに安堵しつつその声の主を探すため、辺りを見渡してみる。
「……リオさん?」
不思議と思って名を呼んでみるも彼女の姿は見えない。
けれど確かに呼び声は聞こえた。少し不自然に思いつつもう少し歩みを進めると目を疑うような光景がそこ待っていた。
「ク~ン…………慎也ク~ン」
「リオさ――――!?」
丁度折り返し地点に到着したと同時にその姿を捉える事ができた。
けれど問題は彼女が居た場所。
彼女はすぐ側にベンチがあるにも関わらずその後方…………草木の中へと潜伏していたのだ。
立ち上がった事で胸元から上が露わになるもその姿は草まみれで、彼女の綺麗な髪でさえも草や枝が絡まって見るも無残な状況に…………
「なんてとこにいるの!?」
「ほら、一応私達も有名になっちゃったからさ……えぇと、隠れ身の術?」
忍者か。
そんな軽口を言いながら大股で草木のから出ようとするも足元の何かに躓いたらしく、脱出直前でよろめいた身体をなんとかキャッチする。
「うぉっとと………いやぁ、いつもすまないねぇ……」
「それは言わない約束……って、いつもじゃないからね」
俺のツッコミを気にすることなくベンチの端っこに腰を下ろし、身体中の葉などを落としていくリオさん。
これは自由だ…………凄い。
「それにしても、紙に気がついてくれてよかったよ。そのまま帰られたらどうしようかと」
「たまたま、だけどね」
髪に絡まっていた枝を取り除くのを手伝ってから半人分空けた位置に座る俺。
すると彼女はその半人分を埋めるように、その隙間を詰めて座りなおしてきた。
「む?」
「…………」
なんとなく、再度隙間を開けるように俺は少し横にずれて座る。
しかし彼女も、隙間を埋めるように移動してきた。
「むむ?」
「…………」
またもや同じ行動をする俺たち。
「むむむ?」
「…………どうしたの?」
そんな事を繰り返し、最後にはベンチ逆サイドの端までたどり着いてしまった。
後半なんかは俺も半分ふざけていたが、一応問いかけてみる。
「いくら私があれからずっと張ってて汗臭いとはいえ、それはひどいんじゃあないかい?」
「いやっ……臭いわけじゃあ……むしろ……」
そう言って自身の腕を鼻に近づけながら匂いを確認するリオさんを俺は慌てて否定する。
…………むしろ凄い好みの匂いがする。本当に汗臭いのかと信じがたいほどに。
「むしろ?」
「俺のほうが汗臭い、し……」
彼女の真っ直ぐな視線から逃れながらごまかしつつ、つい気になって自身の匂いを確認する。
俺にとっては目下そちらが問題だ。
まだマンションを出て30分程度しか経っていないくせにもう背中や額は汗まみれで不快感がすごい。臭っていないだろうか……
「ふむ……」
「……ちょっ!何してるの!?」
彼女が考える素振りを見せたのも一瞬のこと。その後すぐに俺の背中に飛びつき、背中や腕、果には頭にまでその顔を近づけていく。
「クンクン……うむ、全然臭くない。むしろ私好みの匂い」
「ありがと……初対面でこの距離感はおかしすぎるでしょ……」
「…………初対面?」
そのつぶやきに疑問を覚えたのか、彼女は今までずっと眠たそうにしていた目を大きく見開き、その茶色の瞳を俺へと向けてくる。
「えっ……と……?」
「もしかして慎也く……いや、なんでもない」
「?」
リオさんは何かを言おうとしたがそれも自らの手で止め、少し肩を落として首を振る。
その様子は明らかに何かあったものだ。
俺は彼女たちのグループを最近まで知らなかったし、コンサートなんて以ての外だ。会ったことなんて無いはず。もしかすると……
「俺たち、会ったことある?」
「…………」
「リオさん……?」
しかし彼女ももうそれ以上深堀りを拒むように無言となり、海に目を向け問いかけに答えなくなってしまった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
どれだけ無言の時が流れたのだろう。
5分かもしれないし、1時間かもしれない。
なんとなく、気まずい雰囲気を感じたままずっと海を眺めていると、ふと目の前に鳥が横切ったことで彼女の発する雰囲気が弛緩したような気がした。
「……ねぇ、キッチンで言ってたことだけど」
もう、このタイミングしかないと思って俺は本題を切り出した。
今日、エレナたちのお茶会を途中で切り上げてまでここへ足を運んだ理由はそれだった。リオさんは答えてくれないかとも不安に思ったがそれも杞憂に終わり、海を見ていたその顔がこちらへと向けられる。
「む? あぁ~、慎也クンとエレナのこと?」
「……うん。 話聞いてたって」
きっと俺が呟きエレナに睨まれたタイミングで、もうリオさんは居たのだろう。
別に偽物の関係だって広まる事はどうでもいいのだが、ここまで信じ切っている江嶋さんを裏切るのは本当に心苦しい。
もしかしたらエレナと彼女の関係性にも変化が訪れるかもしれない。そんな危惧があった。俺はどうなってもいいが2人の関係のため、そこだけはどうにか伏せていたい。
「心配してるのは……アイにそれが知られることでしょう?」
「うん……」
見事俺の心中を言い当てられて頷くことしか出来ない。
彼女はしばらく顎に手を当て考え事をした後、とんでもないことを言いだした。
「――――もしかして……アイのことが好き?」
「へっ? い、いや!そ、そんな事は!!俺と江嶋さんがだなんて……」
その言葉は寝耳に水で、俺は思わず狼狽えてしまう。
俺にとって彼女は高嶺の花だ。
確かに容姿は理想そのものだが、きっと俺に対して優しいのはエレナの弟に対する優しさなだけだろう。
仮に好きだと言ってもドン引きされて終わるはず。
「ふぅ~ん…………」
「な、なに?」
そんな俺を訝しげに思ったのか、リオさんは俺の脚をまたぐようにして馬乗りになり、頭から腰まで何度も何度も視線を行き来させる。
そんな謎の行動に不安になりながらも彼女に問いかけると今度はベンチの上で正座の格好となり、身体ごとこちらを向き直る。
「それじゃあ…………私と付き合わない?」
「…………………へっ?」
そんな突然の提案に、手にしていたバッグが地に落ちることすら気づくことは出来なかった。
俺の目の前にいる少女は、茶色の瞳を大きく広げ、僅かに震わせながらその返事をただただ待ち続けていた――――
あれからリオさんは自宅に戻ったようで3人でノンビリと江嶋さんの淹れてくれた紅茶を口にして談笑していたさなか。
ふと目に入った時計の短針が5を指し示しかけていることに気づいて俺は一人席を立つ。
「えっ……もう帰っちゃうんですか……お夕飯は……?」
「そうよ。せっかく可愛らしい女の子を2人も侍らせてお茶してるんだもの。どうせならここに泊まっていったらいいじゃない」
「ちょっとエレナ!?」
そんなエレナの軽口に江嶋さんは顔を真っ赤にして彼女の名を叫ぶ。
自分で可愛いと言うのがエレナらしい。まぁ否定はしないけど……
「今日は台風どころか快晴だし、ひと雨降られないうちにと思ってね」
リビングの奥に張られている壁一面のガラスに目をやると、少し日は傾いてはいるが夏至も過ぎてそれほど経っていない為、太陽は高い所に位置していた。
まだまだ外は暑そうでガンガンに効いたエアコンのおかげでこの部屋は涼しくとも、一旦日差しの下に移動すれば汗が吹き出してくる程の猛暑だ。
「……残念ね。下まで見送りはいる?」
「そっ、そうですよ!まだ明るいですし駅くらいまでなら……」
「ううん。そのためにわざわざ変装してもらうのも申し訳ないから」
「でも――――」
なおもありがたい事に提案をしてくれる彼女たちに対してやんわりと遠慮した。
それでもなお言葉を発しようとした江嶋さんを、エレナが手で制して席を立つ。
「そう。なら玄関までね」
今回ばかりはその主導能力の高さに感謝するほかない。
俺は心のなかで江嶋さんに謝罪しつつ今日のお礼を言って彼女の家を後にした。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
それからしばらく歩みを進めていた俺だったが、彼女たちのマンションを出て5分ほど歩いた位置で立ち止まる。
辺りには誰も居ない。ただし車は行き交っている為、みんなこの猛暑の中歩きたくないということだろう。
見る車はどれも高そうでここらに住む人々の懐具合が伺える。まったく羨ましいことで。
「さて、どこって言ってたっけ……」
そう独り言を漏らしながら取り出したのは一枚のメモ用紙。
洗い物を終えてから3人で談笑していると、ふとポケットに手を突っ込んだ時にこのメモが入っていることに気がついた。
『本日17時 海の見える公園にて』
たったそれだけの、宛名すら書いていない簡素なもの。
けれど差出人が誰か想像をするのは容易だった。
そもそもマンションに来る前までは無かったのだから候補は3名。そしてポケットに物を入れる感触が感じられないほど自然に近づいてきた人物は一人しかいない。
差出人である彼女からの呼び出しに応じるべく、ビルが乱立する道のど真ん中でマップを起動する。
一応、事前に地図を確認していたからある程度は把握していたものの、公園の位置までは覚えていない。ビルが乱立する中本当に公園なんて存在するのかと疑問に思ったが、その疑問は案外早くに解消された。
「…………あっちか」
マンションを出てから適当に歩いていたけれど案外勘は当たるもので、件の公園までは残り1分ほどと表示されていた。
どうやら道路を挟んだ反対側にあるようでここからはまだ見えないが、時代の最先端機器であるスマホを信じてそちらへ足を伸ばしていく。
――――そこは公園と呼ぶにはあまりに何も無い場所だった。
俺が想像していた公園は遊具や砂場があり、広ければ球技などができるような場所。
けれどこの場所は海に面したランニングコースと、それを眺める草木とベンチしかなく肩透かしを喰らった気分だ。
「リ――――おっと……」
到着して早々彼女の名をを大声で呼ぼうとしたものの寸前で引き止める。
そう言えば彼女も著名な人物だった。それなのに外で俺を呼んだのだから注目を浴びるのはきっと本意では無い。
公園は多少横に長いものの、幸いにも人は誰一人見当たらなかった。きっとこの暑さのおかげだろう。
そのおかげでこちらは汗まみれなのだが、ここで帰るわけにもいくまい。
ランニングコースと言っても端が目視できる時点でそんなに大した距離ではない。適当に端から端まで歩くと彼女に出会うことができるはず。そんな楽観的な事を考えながら公園のランニングコースへと足を踏み入れる。
「――――お~い………やク~ン」
俺の見積もりでは数往復くらいは覚悟していたものの、その呼び声は案外早くに訪れた。
いくらか歩いて聞こえてきたのは俺を呼ぶ声。今日の勘の良さに安堵しつつその声の主を探すため、辺りを見渡してみる。
「……リオさん?」
不思議と思って名を呼んでみるも彼女の姿は見えない。
けれど確かに呼び声は聞こえた。少し不自然に思いつつもう少し歩みを進めると目を疑うような光景がそこ待っていた。
「ク~ン…………慎也ク~ン」
「リオさ――――!?」
丁度折り返し地点に到着したと同時にその姿を捉える事ができた。
けれど問題は彼女が居た場所。
彼女はすぐ側にベンチがあるにも関わらずその後方…………草木の中へと潜伏していたのだ。
立ち上がった事で胸元から上が露わになるもその姿は草まみれで、彼女の綺麗な髪でさえも草や枝が絡まって見るも無残な状況に…………
「なんてとこにいるの!?」
「ほら、一応私達も有名になっちゃったからさ……えぇと、隠れ身の術?」
忍者か。
そんな軽口を言いながら大股で草木のから出ようとするも足元の何かに躓いたらしく、脱出直前でよろめいた身体をなんとかキャッチする。
「うぉっとと………いやぁ、いつもすまないねぇ……」
「それは言わない約束……って、いつもじゃないからね」
俺のツッコミを気にすることなくベンチの端っこに腰を下ろし、身体中の葉などを落としていくリオさん。
これは自由だ…………凄い。
「それにしても、紙に気がついてくれてよかったよ。そのまま帰られたらどうしようかと」
「たまたま、だけどね」
髪に絡まっていた枝を取り除くのを手伝ってから半人分空けた位置に座る俺。
すると彼女はその半人分を埋めるように、その隙間を詰めて座りなおしてきた。
「む?」
「…………」
なんとなく、再度隙間を開けるように俺は少し横にずれて座る。
しかし彼女も、隙間を埋めるように移動してきた。
「むむ?」
「…………」
またもや同じ行動をする俺たち。
「むむむ?」
「…………どうしたの?」
そんな事を繰り返し、最後にはベンチ逆サイドの端までたどり着いてしまった。
後半なんかは俺も半分ふざけていたが、一応問いかけてみる。
「いくら私があれからずっと張ってて汗臭いとはいえ、それはひどいんじゃあないかい?」
「いやっ……臭いわけじゃあ……むしろ……」
そう言って自身の腕を鼻に近づけながら匂いを確認するリオさんを俺は慌てて否定する。
…………むしろ凄い好みの匂いがする。本当に汗臭いのかと信じがたいほどに。
「むしろ?」
「俺のほうが汗臭い、し……」
彼女の真っ直ぐな視線から逃れながらごまかしつつ、つい気になって自身の匂いを確認する。
俺にとっては目下そちらが問題だ。
まだマンションを出て30分程度しか経っていないくせにもう背中や額は汗まみれで不快感がすごい。臭っていないだろうか……
「ふむ……」
「……ちょっ!何してるの!?」
彼女が考える素振りを見せたのも一瞬のこと。その後すぐに俺の背中に飛びつき、背中や腕、果には頭にまでその顔を近づけていく。
「クンクン……うむ、全然臭くない。むしろ私好みの匂い」
「ありがと……初対面でこの距離感はおかしすぎるでしょ……」
「…………初対面?」
そのつぶやきに疑問を覚えたのか、彼女は今までずっと眠たそうにしていた目を大きく見開き、その茶色の瞳を俺へと向けてくる。
「えっ……と……?」
「もしかして慎也く……いや、なんでもない」
「?」
リオさんは何かを言おうとしたがそれも自らの手で止め、少し肩を落として首を振る。
その様子は明らかに何かあったものだ。
俺は彼女たちのグループを最近まで知らなかったし、コンサートなんて以ての外だ。会ったことなんて無いはず。もしかすると……
「俺たち、会ったことある?」
「…………」
「リオさん……?」
しかし彼女ももうそれ以上深堀りを拒むように無言となり、海に目を向け問いかけに答えなくなってしまった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
どれだけ無言の時が流れたのだろう。
5分かもしれないし、1時間かもしれない。
なんとなく、気まずい雰囲気を感じたままずっと海を眺めていると、ふと目の前に鳥が横切ったことで彼女の発する雰囲気が弛緩したような気がした。
「……ねぇ、キッチンで言ってたことだけど」
もう、このタイミングしかないと思って俺は本題を切り出した。
今日、エレナたちのお茶会を途中で切り上げてまでここへ足を運んだ理由はそれだった。リオさんは答えてくれないかとも不安に思ったがそれも杞憂に終わり、海を見ていたその顔がこちらへと向けられる。
「む? あぁ~、慎也クンとエレナのこと?」
「……うん。 話聞いてたって」
きっと俺が呟きエレナに睨まれたタイミングで、もうリオさんは居たのだろう。
別に偽物の関係だって広まる事はどうでもいいのだが、ここまで信じ切っている江嶋さんを裏切るのは本当に心苦しい。
もしかしたらエレナと彼女の関係性にも変化が訪れるかもしれない。そんな危惧があった。俺はどうなってもいいが2人の関係のため、そこだけはどうにか伏せていたい。
「心配してるのは……アイにそれが知られることでしょう?」
「うん……」
見事俺の心中を言い当てられて頷くことしか出来ない。
彼女はしばらく顎に手を当て考え事をした後、とんでもないことを言いだした。
「――――もしかして……アイのことが好き?」
「へっ? い、いや!そ、そんな事は!!俺と江嶋さんがだなんて……」
その言葉は寝耳に水で、俺は思わず狼狽えてしまう。
俺にとって彼女は高嶺の花だ。
確かに容姿は理想そのものだが、きっと俺に対して優しいのはエレナの弟に対する優しさなだけだろう。
仮に好きだと言ってもドン引きされて終わるはず。
「ふぅ~ん…………」
「な、なに?」
そんな俺を訝しげに思ったのか、リオさんは俺の脚をまたぐようにして馬乗りになり、頭から腰まで何度も何度も視線を行き来させる。
そんな謎の行動に不安になりながらも彼女に問いかけると今度はベンチの上で正座の格好となり、身体ごとこちらを向き直る。
「それじゃあ…………私と付き合わない?」
「…………………へっ?」
そんな突然の提案に、手にしていたバッグが地に落ちることすら気づくことは出来なかった。
俺の目の前にいる少女は、茶色の瞳を大きく広げ、僅かに震わせながらその返事をただただ待ち続けていた――――
10
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる