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第3章
051.ツーショット
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ワァァァァァ―――――
一日中祭りの準備で働いていた作業員は全員、これまでの疲労が吹き飛んだように観客としてステージ上で華麗なダンスを踊る姿に歓声を上げる。
突然現れたエレナによって前触れなく開催されたゲリラライブは、その大きな歓声と共に此処に居る人物を一人残らず魅了させた。
ただ設営のバイトに来たはずだった。
ここらで行われる夏最大級の祭り。本番ではエレナ達"ストロベリーリキッド"が来ることだって周知の事実だ。しかし、設営の段階で本人がやってくるとは誰しもが思いもしなかった。
もちろん例に漏れない。ゆくゆくはエレナたちに関係すると言えども末端も末端。このバイトと彼女たちの関係などあってないようなもの。
まだ完成していないステージ上で汗を流しながら手を振る彼女を見つめる。以前学校で見たときと同じ笑顔。人々をも魅了する現役アイドルの姿。
時折俺と目が合うやあからさまにウインクをする彼女は何を思っているのだろう。どうして仕事でもないのにステージに上がったのだろう。
たった一曲。されど一曲。
たった一曲のダンスでここにいる全員を魅了し尽くした午後。面々は今日はもう作業するような気分になれないと早々に仕事が終了してしまった。
人々が続々と満足したように帰り支度を始める中、一人ポツンと残ったことに気がついた俺はスマホの回収を思い出してテントまで足を運ぶ。
「――――はい。 大事にしてね」
「わぁ……! ありがとうございます!!家宝にします!!」
もはやエレナは帰っただろうとテントにたどり着くと、そこにいたのは二人。エレナが先程の女性にメモ帳を渡しているところだった。嬉しさのあまりメモを抱いて感涙する姿から察するに、きっとサインをもらっていたのだろう。
「そう言ってくれると頑張ったかいがあったわ。あなたもお仕事頑張ってね」
「はいっ!当日も担当なのでしっかりサポートします!!」
「あら、それは心強いわね。……それじゃあ私はそろそろ――――待ってたわよ、慎也」
背中に目でも付いているのだろうか。
俺がテントの横幕をくぐるとエレナが背中越しに語りかけてきた。
片手を上げて振っている手の中にはスマホが……間違いない、あのケースは俺の。回収してくれていたようだ。
「お疲れ様。良いダンスだったよ」
「えぇ、キミもお仕事お疲れ様」
「スマホもありがと。危うく忘れてかえるとこだった…………よ…………?」
「…………」
ヒョイと。
彼女が差し出しているスマホを受け取ろうと手を伸ばした所、指がスマホに触れる寸前にヒョイと眼の前から消え去ってしまった。
いや、消え去ったわけではない。俺が掴む寸前でエレナが手を高く掲げたのだ。
視線を上げて彼女を見れば腕を上げている姿が目に入る。暑いコートを着ても汗一つ見せなかったエレナだが、今はほんのりその額に汗が浮かんでおり、もう一度持ち上げられたスマホに手を伸ばすもまたも空を切ってしまう。
これは……渡す気がない。
一度目は予感。二度目の行動で確信して睨みを効かせると、彼女はどこ吹く風のように口元をスマホで隠しニヤリと目を細める。
「いやぁ、キミも中々やるわねぇ。 こんな見えにくいところにアイとのツーショットを貼るなんて。
「あっ!」
彼女が口にしたのは俺の数少ない秘密の暴露だった。
ニヤケ顔で見せてくるのはスマホと手帳型カバーの隙間部分。そこには先日アイさんとプリクラで撮った写真が。
見たのか!
せっかく見えにくいところに張ったのに!
「エレナ……それは……えっと……」
どう言い訳しよう。
いや、言い訳という言葉自体アレだが、先日の行動を思い出して思わず目が泳ぐ。
エレナが部屋に閉じこもった日。もしかして彼女はまた同じことになるんじゃないかと心臓が早く動き出した。
戸惑う俺。一方で当のエレナはその笑顔を崩すことはなく、フッと一笑に伏せてみせる。
「別にキミが自分のスマホをどうしようが気にしないわ。それより勝手に見ちゃって悪いわね。ケーブル外した時たまたま見えちゃったのよ」
「……気にしないのか?」
「何を気にするっていうのよ。それよりも、せっかくプリクラ貼ってるのにこれ一枚じゃ寂しいわね。今から私とのツーショットも撮りに行く?」
「それは……行った先の出来事が怖いからから止めとくよ」
そのあっけらかんとした姿は本当に気にしていない様子だった。
しかし大丈夫なのだろうか。若干の罪悪感も感じつつ、変装していないからと適当な理由を見出して断りの言葉を並べる。
「まぁね。それにしてもこの1枚、よく撮れてるわね。さすがはビジュNo.1のアイといったところかしら」
もう一度スマホケースを開いてまじまじとプリクラを見つめている。一方俺は目線を合わせないよう少し視線を下げていると、彼女はヤレヤレといった様子でスマホ片手に俺に近づいてきた。
「……あら、ねぇ慎也、これ見てくれない?」
「…………」
「ほら、これよ。キミのスマホケースの裏。ニ枚目の写真のことなんだけど」
「はっ?俺、ニ枚目なんて貼った覚えが――――」
「――――スキありっ!」
「!?」
ケースに貼ったのは1枚だけ。2枚目なんて貼った覚えはない。
そう疑問に思って顔を上げた、その時だった。
パシャリと。
自らのスマホから聞き慣れたシャッター音が鳴り響く。
その音で彼女が何をしたか、何が目的だったか即座に理解した。
目線を下げている俺に顔を上げるよう促し、その瞬間シャッターを切る。
エレナはそれだけにとどまらず、すぐさま俺の懐に入り込んで再び、三度とシャッター音を鳴らし続ける。
「え、エレナ!?」
「ふふっ、引っ掛かったわね。はい、ツーショット」
「……………これが目的だったのか」
完全にしてやられた。
今度こそ差し出されたスマホを受け取ってその中身を見ると、目を丸くして驚きと困惑が混じった変な顔をする俺と、隣にはしっかりとウインクをして綺麗に映っているエレナが収まっていた。
なんだこの顔は。
いくら自分といえども見るに耐えない酷さだ。やり直しを希望したい。
「嬉しくなさそうねぇ。 もしかして、アイとのほうがよかった?」
「へっ……?」
なんとも最悪な表情になっていた自身に絶望していると、ふとエレナから淋しげな声と小さく服を摘んできた。
その表情はさっきまでの笑みとは一転して今にも泣きそうで、慌てて違うと首を振る。
「い、いや、そうじゃなくって! 俺の映りが最悪だなって!」
「そう?ちょっと見せてもらえる?――――ぷっ。これは確かに。よく見ると最悪ねぇ」
俺の説明に覗き込んできたエレナは、軽く吹き出すと同時に俺の顔と見比べてきた。
恥ずかしい。普段の自分もそんなに自信が無いというのに。
でも、覗き込んできたその顔にさっきまでの淋しげな表情はもう見えず、俺も肩を撫で下ろす。
「ならもう一度撮りましょ! ほら、今度はちゃんと顔作って!」
「またか!?何枚撮る気!?」
「そりゃあ私が満足するまでよ!早くっ!」
今度はエレナが自身のスマホを取り出し、不意を突くことなくインカメラで俺と写真を撮ろうとする。
さっきは一瞬で気にならなかったけど、こうも腕に抱きつかれると……なんとも恥ずかしい。
抱きついてきた彼女の身体は柔らかく、その女性らしい柔らかな部分の感触が…………殆どなかった。
いや、無いことはないのだが、いかんせん小学生と見まごうレベルの彼女だ。そこは仕方ない。
けれど紗也以外にこんな事されるのは殆どないもので、このまま写真を撮ると思ったら一気に恥ずかしくなってくる。
――――今となりに居るのは紗也だ。金髪の紗也と写真を撮るんだ……
金髪……反抗期……兄離れ……お兄ちゃんなんか嫌い……やば、泣きそう。
「はい!さん……に~……い~ち……」
パシャッ!
と、シャッター音がスマホから鳴ると同時に二人で写り具合を確かめる。
エレナは言うまでもなく完璧だ。今度はピースを口元にやり笑顔を見せている。
そして俺も、少し硬いものの暗示のお陰か自然な笑顔を作り出すことに成功していた。
「これなら大丈夫そうね。……なんか目潤んでない?」
「……気にしないで」
「そう?まぁ映りは悪くないからいいけど。キミにも送っておくわね」
暗示が解け、恥ずかしさが限界に達した俺はなんともぶっきら棒な返事をしてしまった。
しかし彼女はそんな意図を汲み取ってくれたのか何も口にすることなく、スマホを少し操作したと思えば俺のスマホが着信を知らせる。早くも送ってくれたのか。
「なぁ、エレナ」
「なぁに?」
「さっきのダンス、突然どうしたんだ? 人集まってパニックになったかもしれなかったのに」
奇跡的にも人は誰も来ず、作業員も押しかけてこなかったためパニックにはならなかったが、その可能性も十分あった。そんな事はエレナも望むことでは無いだろう。しかしリスクを負ってまでここに来て踊った事はずっと疑問だった。
「平気よ。今日は関係者ばかりだったし……そもそもなんで私が踊ったのか分かってないみたいね」
「なんでって、踊る気分だったって理由だけかと思ってた」
「それだけでリスク背負わないわよ。いい、私が突然ステージに立った理由はね――――」
エレナはスマホを片付け数歩歩いて懐に潜り込んだと思いきや、その指先を俺の胸元に当てて上目遣いでこちらへ笑みを向ける。
「――――慎也。あなたの姉がどれだけ凄いか見せつける為よ」
その瞳は真っ直ぐ射抜くように見抜き、俺の心の仲間で見通すようだった。
…………まただ。
またこの目だ。この透き通るような碧い瞳、自信に満ち溢れたその表情。
その、本当に姉なんじゃないかと思ってしまうほどの凛とした姿と立ち振舞いに、またも俺の心は高鳴りだす。
最初会ったときからかもしれない。彼女の瞳には吸い込まれるような魅力があった。
なんのフィルターを通すことなく、しっかりと俺自身を見てくれていると確信できるそれに満ち足りた気持ちになり、同時に恥ずかしくなってしまう。
「あ、姉っていっても……」
「えぇ、偽のだけどね。 でも、私はそれで満足するつもりは無いわ」
「満足……?それはどういう……」
自信満々に頷いた彼女からは思ってみなかった答えが返ってきた。
今に満足していない。彼女の求めるのは一体……。
「大丈夫よ。 今はわからなくて。 きっと遠くないうちに解るから」
「は、はぁ……」
散々溜められた結果、得られた答えはいずれ解るだった。
とてつもなくボカされた気もするが、それ以上言う気が無いのだろう。
これ以上追求することもできず行き場を失った視線をうろちょろと遊ばせていると、一人の人物と目が合ってしまう。
「あっ――――」
「えっ、あっすみません! なんだか帰るタイミングを失ってました!私の事はお気になさらず!」
ふと目が合った先。
そこには先程までサインを書いてもらっていた女性が。しまった、すっかり失念していた。
彼女はテントの出口付近で少し居辛そうにしながら手をモジモジとさせ口元を隠し、顔を真っ赤にしながら俺以上に視線を動かし始める。
「あら……ここでの事は内緒よ。 いい?」
「は、はい!お墓まで持っていきます! その……お幸せに!!」
ダダダダと――――そんな擬音が似合うほど高速で去っていく彼女に残された俺たち。
「お幸せにって?」
「さぁ、私にもさっぱりわからないわ」
ふとエレナに聞いてみるもこちらを見ることなく肩を上下される。
どんどん遠ざかっていく女性とそれを見送るエレナ。なんだかよくわからないなと、ひとり頭を掻くのであった――――
一日中祭りの準備で働いていた作業員は全員、これまでの疲労が吹き飛んだように観客としてステージ上で華麗なダンスを踊る姿に歓声を上げる。
突然現れたエレナによって前触れなく開催されたゲリラライブは、その大きな歓声と共に此処に居る人物を一人残らず魅了させた。
ただ設営のバイトに来たはずだった。
ここらで行われる夏最大級の祭り。本番ではエレナ達"ストロベリーリキッド"が来ることだって周知の事実だ。しかし、設営の段階で本人がやってくるとは誰しもが思いもしなかった。
もちろん例に漏れない。ゆくゆくはエレナたちに関係すると言えども末端も末端。このバイトと彼女たちの関係などあってないようなもの。
まだ完成していないステージ上で汗を流しながら手を振る彼女を見つめる。以前学校で見たときと同じ笑顔。人々をも魅了する現役アイドルの姿。
時折俺と目が合うやあからさまにウインクをする彼女は何を思っているのだろう。どうして仕事でもないのにステージに上がったのだろう。
たった一曲。されど一曲。
たった一曲のダンスでここにいる全員を魅了し尽くした午後。面々は今日はもう作業するような気分になれないと早々に仕事が終了してしまった。
人々が続々と満足したように帰り支度を始める中、一人ポツンと残ったことに気がついた俺はスマホの回収を思い出してテントまで足を運ぶ。
「――――はい。 大事にしてね」
「わぁ……! ありがとうございます!!家宝にします!!」
もはやエレナは帰っただろうとテントにたどり着くと、そこにいたのは二人。エレナが先程の女性にメモ帳を渡しているところだった。嬉しさのあまりメモを抱いて感涙する姿から察するに、きっとサインをもらっていたのだろう。
「そう言ってくれると頑張ったかいがあったわ。あなたもお仕事頑張ってね」
「はいっ!当日も担当なのでしっかりサポートします!!」
「あら、それは心強いわね。……それじゃあ私はそろそろ――――待ってたわよ、慎也」
背中に目でも付いているのだろうか。
俺がテントの横幕をくぐるとエレナが背中越しに語りかけてきた。
片手を上げて振っている手の中にはスマホが……間違いない、あのケースは俺の。回収してくれていたようだ。
「お疲れ様。良いダンスだったよ」
「えぇ、キミもお仕事お疲れ様」
「スマホもありがと。危うく忘れてかえるとこだった…………よ…………?」
「…………」
ヒョイと。
彼女が差し出しているスマホを受け取ろうと手を伸ばした所、指がスマホに触れる寸前にヒョイと眼の前から消え去ってしまった。
いや、消え去ったわけではない。俺が掴む寸前でエレナが手を高く掲げたのだ。
視線を上げて彼女を見れば腕を上げている姿が目に入る。暑いコートを着ても汗一つ見せなかったエレナだが、今はほんのりその額に汗が浮かんでおり、もう一度持ち上げられたスマホに手を伸ばすもまたも空を切ってしまう。
これは……渡す気がない。
一度目は予感。二度目の行動で確信して睨みを効かせると、彼女はどこ吹く風のように口元をスマホで隠しニヤリと目を細める。
「いやぁ、キミも中々やるわねぇ。 こんな見えにくいところにアイとのツーショットを貼るなんて。
「あっ!」
彼女が口にしたのは俺の数少ない秘密の暴露だった。
ニヤケ顔で見せてくるのはスマホと手帳型カバーの隙間部分。そこには先日アイさんとプリクラで撮った写真が。
見たのか!
せっかく見えにくいところに張ったのに!
「エレナ……それは……えっと……」
どう言い訳しよう。
いや、言い訳という言葉自体アレだが、先日の行動を思い出して思わず目が泳ぐ。
エレナが部屋に閉じこもった日。もしかして彼女はまた同じことになるんじゃないかと心臓が早く動き出した。
戸惑う俺。一方で当のエレナはその笑顔を崩すことはなく、フッと一笑に伏せてみせる。
「別にキミが自分のスマホをどうしようが気にしないわ。それより勝手に見ちゃって悪いわね。ケーブル外した時たまたま見えちゃったのよ」
「……気にしないのか?」
「何を気にするっていうのよ。それよりも、せっかくプリクラ貼ってるのにこれ一枚じゃ寂しいわね。今から私とのツーショットも撮りに行く?」
「それは……行った先の出来事が怖いからから止めとくよ」
そのあっけらかんとした姿は本当に気にしていない様子だった。
しかし大丈夫なのだろうか。若干の罪悪感も感じつつ、変装していないからと適当な理由を見出して断りの言葉を並べる。
「まぁね。それにしてもこの1枚、よく撮れてるわね。さすがはビジュNo.1のアイといったところかしら」
もう一度スマホケースを開いてまじまじとプリクラを見つめている。一方俺は目線を合わせないよう少し視線を下げていると、彼女はヤレヤレといった様子でスマホ片手に俺に近づいてきた。
「……あら、ねぇ慎也、これ見てくれない?」
「…………」
「ほら、これよ。キミのスマホケースの裏。ニ枚目の写真のことなんだけど」
「はっ?俺、ニ枚目なんて貼った覚えが――――」
「――――スキありっ!」
「!?」
ケースに貼ったのは1枚だけ。2枚目なんて貼った覚えはない。
そう疑問に思って顔を上げた、その時だった。
パシャリと。
自らのスマホから聞き慣れたシャッター音が鳴り響く。
その音で彼女が何をしたか、何が目的だったか即座に理解した。
目線を下げている俺に顔を上げるよう促し、その瞬間シャッターを切る。
エレナはそれだけにとどまらず、すぐさま俺の懐に入り込んで再び、三度とシャッター音を鳴らし続ける。
「え、エレナ!?」
「ふふっ、引っ掛かったわね。はい、ツーショット」
「……………これが目的だったのか」
完全にしてやられた。
今度こそ差し出されたスマホを受け取ってその中身を見ると、目を丸くして驚きと困惑が混じった変な顔をする俺と、隣にはしっかりとウインクをして綺麗に映っているエレナが収まっていた。
なんだこの顔は。
いくら自分といえども見るに耐えない酷さだ。やり直しを希望したい。
「嬉しくなさそうねぇ。 もしかして、アイとのほうがよかった?」
「へっ……?」
なんとも最悪な表情になっていた自身に絶望していると、ふとエレナから淋しげな声と小さく服を摘んできた。
その表情はさっきまでの笑みとは一転して今にも泣きそうで、慌てて違うと首を振る。
「い、いや、そうじゃなくって! 俺の映りが最悪だなって!」
「そう?ちょっと見せてもらえる?――――ぷっ。これは確かに。よく見ると最悪ねぇ」
俺の説明に覗き込んできたエレナは、軽く吹き出すと同時に俺の顔と見比べてきた。
恥ずかしい。普段の自分もそんなに自信が無いというのに。
でも、覗き込んできたその顔にさっきまでの淋しげな表情はもう見えず、俺も肩を撫で下ろす。
「ならもう一度撮りましょ! ほら、今度はちゃんと顔作って!」
「またか!?何枚撮る気!?」
「そりゃあ私が満足するまでよ!早くっ!」
今度はエレナが自身のスマホを取り出し、不意を突くことなくインカメラで俺と写真を撮ろうとする。
さっきは一瞬で気にならなかったけど、こうも腕に抱きつかれると……なんとも恥ずかしい。
抱きついてきた彼女の身体は柔らかく、その女性らしい柔らかな部分の感触が…………殆どなかった。
いや、無いことはないのだが、いかんせん小学生と見まごうレベルの彼女だ。そこは仕方ない。
けれど紗也以外にこんな事されるのは殆どないもので、このまま写真を撮ると思ったら一気に恥ずかしくなってくる。
――――今となりに居るのは紗也だ。金髪の紗也と写真を撮るんだ……
金髪……反抗期……兄離れ……お兄ちゃんなんか嫌い……やば、泣きそう。
「はい!さん……に~……い~ち……」
パシャッ!
と、シャッター音がスマホから鳴ると同時に二人で写り具合を確かめる。
エレナは言うまでもなく完璧だ。今度はピースを口元にやり笑顔を見せている。
そして俺も、少し硬いものの暗示のお陰か自然な笑顔を作り出すことに成功していた。
「これなら大丈夫そうね。……なんか目潤んでない?」
「……気にしないで」
「そう?まぁ映りは悪くないからいいけど。キミにも送っておくわね」
暗示が解け、恥ずかしさが限界に達した俺はなんともぶっきら棒な返事をしてしまった。
しかし彼女はそんな意図を汲み取ってくれたのか何も口にすることなく、スマホを少し操作したと思えば俺のスマホが着信を知らせる。早くも送ってくれたのか。
「なぁ、エレナ」
「なぁに?」
「さっきのダンス、突然どうしたんだ? 人集まってパニックになったかもしれなかったのに」
奇跡的にも人は誰も来ず、作業員も押しかけてこなかったためパニックにはならなかったが、その可能性も十分あった。そんな事はエレナも望むことでは無いだろう。しかしリスクを負ってまでここに来て踊った事はずっと疑問だった。
「平気よ。今日は関係者ばかりだったし……そもそもなんで私が踊ったのか分かってないみたいね」
「なんでって、踊る気分だったって理由だけかと思ってた」
「それだけでリスク背負わないわよ。いい、私が突然ステージに立った理由はね――――」
エレナはスマホを片付け数歩歩いて懐に潜り込んだと思いきや、その指先を俺の胸元に当てて上目遣いでこちらへ笑みを向ける。
「――――慎也。あなたの姉がどれだけ凄いか見せつける為よ」
その瞳は真っ直ぐ射抜くように見抜き、俺の心の仲間で見通すようだった。
…………まただ。
またこの目だ。この透き通るような碧い瞳、自信に満ち溢れたその表情。
その、本当に姉なんじゃないかと思ってしまうほどの凛とした姿と立ち振舞いに、またも俺の心は高鳴りだす。
最初会ったときからかもしれない。彼女の瞳には吸い込まれるような魅力があった。
なんのフィルターを通すことなく、しっかりと俺自身を見てくれていると確信できるそれに満ち足りた気持ちになり、同時に恥ずかしくなってしまう。
「あ、姉っていっても……」
「えぇ、偽のだけどね。 でも、私はそれで満足するつもりは無いわ」
「満足……?それはどういう……」
自信満々に頷いた彼女からは思ってみなかった答えが返ってきた。
今に満足していない。彼女の求めるのは一体……。
「大丈夫よ。 今はわからなくて。 きっと遠くないうちに解るから」
「は、はぁ……」
散々溜められた結果、得られた答えはいずれ解るだった。
とてつもなくボカされた気もするが、それ以上言う気が無いのだろう。
これ以上追求することもできず行き場を失った視線をうろちょろと遊ばせていると、一人の人物と目が合ってしまう。
「あっ――――」
「えっ、あっすみません! なんだか帰るタイミングを失ってました!私の事はお気になさらず!」
ふと目が合った先。
そこには先程までサインを書いてもらっていた女性が。しまった、すっかり失念していた。
彼女はテントの出口付近で少し居辛そうにしながら手をモジモジとさせ口元を隠し、顔を真っ赤にしながら俺以上に視線を動かし始める。
「あら……ここでの事は内緒よ。 いい?」
「は、はい!お墓まで持っていきます! その……お幸せに!!」
ダダダダと――――そんな擬音が似合うほど高速で去っていく彼女に残された俺たち。
「お幸せにって?」
「さぁ、私にもさっぱりわからないわ」
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