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第3章
052.三食昼寝とおやつ付き
しおりを挟む「それじゃ、私は帰るわね」
「えっ、もう?」
気温も猛暑にふさわしい業火のような暑さ。外での作業は命に関わりかねないという表向きの理由で、仕事も解散となった川辺。
俺たち二人だけになったテント内にて、エレナが思い立ったように声を上げた。
そんな彼女を惜しむかのように無意識で言葉が出てしまい、しまったと口元を覆う。
「もう……? あららぁ? もしかして、帰っちゃうのが寂しいのかしら?」
その表情は案の定と言うべきか、してやったりのニヤけ顔。
訂正するには遅く、吐いた唾は飲めない。ならばまんまとサプライズを喰らった意趣返しとしてせめてもの抵抗を見せてやろうと、立ち向かうために顔を向かい合う。
「うん。大好きなお姉ちゃんが帰っちゃうのは寂しいかなって」
「だいすっ…………そ、そう? それならもうちょっとだけ居ようかしら……」
……あれ?
なんだか思っていた反応と違う。
確かにちょっとした抵抗で彼女の言葉にノッてみた。
てっきり「姉と認めたのね!」とか振り切ったテンションになると思ったのに、蓋を開けてみればしおらしいというかなんというか……
エレナは置かれていたパイプ椅子に横向きで座り、左側を背もたれに預けてキイッと音が鳴る。片側に体重を掛けて椅子の片足がシーソーのように揺れ動く。
「そういえば……」
「ん?」
「その写真、いつ撮ったの?」
その写真と言いながら指差すのは俺のスマホ。アイさんと撮ったプリクラだ。
責めているのかと思って少し身構えたが声のトーンは落ち着いていて、怒ったり悲しんだりといった様子は微塵も感じられないことにふぅと息を吐く。
「夏休み入ってすぐの頃だったかな?」
「夏休みすぐ?」
「うん。たしか……仕事の関係者でお食事会があるって言ってたよ」
「あの日か……だからなのね……」
「だから?」
なにやら一人で納得いったようにうなずくエレナ。
しかし俺にはどういうことか分からず頭に疑問符が浮かんでしまう。
「いやね、その日……帰ってからかしら、やけにアイの機嫌が良くって……なんでもない日にご馳走が出たのは初めてだったわ……」
そう言って見せてくれるのは彼女のスマホ。そこにはローストビーフにオムライス、はたまたピザなど、誰かの誕生日なんじゃないかと思うくらい豪勢な料理の数々が収められていた。これはすごい。 ……食べたかった。
「この日はマネージャーを呼んで4人でなんとか食べきったわ」
食べきったのか。食べ切れたのか。
見た感じざっと10人前弱くらいはあった。いくら4人でも全員女性だと大変だったろうに。
「そ、それは大変だったね……」
「ほんとよ。 でも、アイにあんなに気に入られるなんて……。ねぇ教えて。どんな魔法を使ったの?」
「それは俺もわからない……」
そんなこと聞かれても全く心当たりはない。
俺が首を振ると分かってたかのように彼女は頷いてため息をついた。
「ま、あの子の後ろ向きな性格が解消されるのはいいことね。 そこについてはリオも喜んでいたし……ってそうよ!」
「!?」
エレナは納得いくように自ら言い聞かせていると思ったら突然、立ち上がってこちらに身体を向ける。
思い切り立ち上がった反動でパイプ椅子が揺れ、地面に倒れるにも関わらず彼女の視線は俺から動こうとしない。
「な、なに……?」
「リオのことよ。あの子、最近フラっとどこか行くことが無くなってアイの部屋に入り浸ってるのよね。なにかと思って侵入したら料理しているだけで……」
「ちょっとまって。侵入ってどういうこと?」
「いいのよお隣さんなんだし」
いいのかそれ。
彼女ら3人の信頼関係あってこそか。プライバシーなんてあってないようなもので若干不安だが。
「そこはどうでもいいのよ。私は美味しいご飯にありつけるからいいけれど……リオの料理についても何か知らない?」
「さすがに2人のこと聞かれても俺が知るわけ無いでしょ」
「そうよねぇ……」
料理……。
2度ほどお弁当を貰ったけど、それが関係してるってことは……ないよね?
「でも、私の誕生日からなのよ。何かあったといえばキミと会ったくらいだし関係あるかなって思ったけど……気のせいね。ごめん、忘れて」
「ははは……」
聞きながらも早々に諦める彼女に乾いた笑いで応える。
リオは……まぁ、うん。
会ったその日に告白されてるなんて言ったら……絶対驚くよね。
いやでも、未だになんで初対面で告白されたのかわからないし。そのせいとも限らない……と思う。
告白……そう、告白だ。
人生初の告白。飛び上がるほど嬉しかったが、同時に困惑も生まれた不思議な告白。
あれからずっとリオには返事を待ってもらっている。
学校のプールで会った日に再度思いを聞いたものの答えを出すには至らなかった。初対面にも関わらず昔から知ってるような様子。もしかして本当に過去知り合ったことが……?
「まぁいいわ。料理事態は私にとっても得なことなんだし。二人も成長してるのね!」
「成長ねぇ……。ねぇ、エレナは料理とか掃除……しないの?」
「うっ!!」
ふと、何度かお邪魔した時に感じたことを問いかけてみるとダメージを追ったかのように後退りするエレナ。
そのまま数歩後ろに下がり、先ほどとは別の置かれているパイプ椅子にポスンと座り込む。
「りょ……料理はおいおい、ね……って、なんで私が掃除できないってなってるのよ!」
「いやだって風邪の日とかの惨状もそうだし、なによりアイさんが片付けてるみたいな雰囲気だったし」
「そ、それはぁ…………」
少し前の姉然とした雰囲気が嘘だったかのように、今度は見た目年齢相応の雰囲気を醸し出し始めるエレナ。
その視線はなんて言おうか迷っているようで、声を出そうとしては引っ込めてを何度も繰り返していた。
「そ、それなら! キミはどうなのよ!?掃除も料理もできるの!?」
「初めて会った時見たでしょ?家はそんなに汚れてなかったと思うけど。……あの日は料理も出したしね」
「確かに……。で、でも!それなら問題ないじゃない!」
「問題ない?」
はて、何が問題ないというのか。
そんな不可思議な言動に頭を悩ませていると、彼女は突然何か思い立ったかのように腕組みして頷き始める。
「エレナ?」
「いいこと思いついたわ!ほら、キミにそこらへんをやってもらえばいいのよ。どう?住み込みで働かない?」
「住み込み?」
自ら口に出したように、まさに思いつきと言った提案。
住み込みで働く?何を言ってるんだこの偽姉は。そんな思いで怪訝な視線をぶつける。
「えぇ。三食昼寝とおやつ付き! 今ならなんとバナナもおやつに含まれます!」
「給料は?」
「ある程度なら言い値で承るわ!」
「ふむ…………」
ほんの少しだけ思案する。
あのタワマンに住み込みか。それは……でも…………。
「……残念だけど、あの家からは通学がしんどすぎるから止めておくよ」
「え~!」
少しだけ考えたが、出した答えは見送りだった。
さすがに電車通学としても20分弱でかかるところを1時間越えになんてしたくない。
残念ながらと肩を竦めて断ると、今度は俺の直ぐ側まで小走りでやってくる。
「じゃあ!卒業してからは!?」
「卒業?それは悪くな……って、アイさんが居るじゃん」
「アイのことはいいのよ。 それで、どう?」
いいんだ。
けど、卒業してからかぁ……どうなんだろう、俺。
「大学か就職かもわからないけど、その時次第かな」
「そう……なら、ちゃんと選択肢に入れるのよ!いいわね!?」
その言葉に何度か頷くと満足したように下がり、倒した椅子を丁寧に片付ける。
卒業……その時までこの関係が続くとは限らないが、そういう選択肢もありなのかも?
「じゃ、今度こそ。 迎えも来たし、私も本番の準備があるから帰るわね」
「あ、うん。 わざわざありがとね」
横幕の向こうからプップと聞こえるクラクション。どうやら迎えが来たらしい。
やることは終えたかのように俺からコートを回収し、再度不審者モードに戻るエレナ。
背を向ける彼女を見送っていると、横幕をめくったと思いきやその場で立ち止まり、ほんの少しその場で逡巡する。
「それでなんだけどね……慎也」
「?」
「私も……ちょっとは家事頑張るからっ!」
そう言いはなったエレナは逃げるようにテントを出ていき、つけていたタクシーに飛び込んでいく。
家事を頑張る、か……ちょっとじゃなくて人並みには出来てほしいところだが、その言葉を口にしただけエレナ的には大きな一歩だろう。
どんどん遠くなって次第に見えなくなるタクシー。
俺はさっき行われたステージを思い出しつつ、珍しく鼻歌を歌いながら帰路につくのであった。
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