不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

文字の大きさ
70 / 167
第3章

070.麻薬のような香り

しおりを挟む
「――――あら、そろそろ時間ね」

 アイさんの恐怖症悪化の原因はあれやこれやと取っ掛かりになりそうなものを言い合ったものの、明確な結論が出ないことで棚上げし、ただのお茶会になってしまってから1時間。
 すっかり弛んだ雰囲気の中クッキーを囲みながら談笑しているとふと時計に目をやったエレナが声を上げた。

「あ、ホントだ」

 その言葉に反応したアイさんも揃って腰を上げはじめる。
 もしかして、何か用事でもあったのだろうか

「二人揃ってなにかあるの?」
「ええ。これから仕事でCM撮影があるのよ。残念ながらお茶会はここまでだわ」

 そっか仕事か。
 突然の終了に驚いたが、仕事なら仕方ない。こう何度も関わっていると普通の少女だと勘違いしてしまいそうになるけど、彼女たちは多忙の大人気アイドルなのだ。俺とは住む世界が違う。

「そっか。なんだか俺もあまり役に立てなかったかな?ごめんね力になれなくて」
「そんなこと――――」
「そんなことありませんよっ!!」

 恐怖症悪化への原因究明に貢献できなかった。
 そんな申し訳無さから空笑いすると、真っ先にアイさんが駆け寄ってきた。

「アイさん……」
「アイ……?」
「私からしたら、こうしてお茶しに来てくださるだけで本当にありがたいです!だから力になれないなんて、そんな事ありませんっ!」

 ギュッと俺と目をあわせて手を包みこんでくれるアイさん。
 その様子に言葉を遮られたエレナも目を丸くしている。


 数秒、静寂が場を支配した。
 アイさんの駆け寄りに一同が面食らい、ジッとなにもできずにいる。そんな中、静寂を打ち破ったのは構築した本人でもある彼女さんだった。

「……えっ!あっ!すみません突然変なこと言って!」

 突然我に返ったかのようにパッと手を離して1歩2歩後ずさるアイさん。
 ふと見た俺の手には彼女の柔らかさがまだ残っていた。暖かくて優しい、そして同時に何かが引っかかるような感覚。これは……

「その、私としては慎也さんならいつでも来てくださって構いませんよ。それだけで大きな力になりますから」

 そう、言い直すようにはにかんで見せる時にはいつもの様子に戻っていた。
 先程の焦りは嘘だったかのように微塵も感じさせない天使のような微笑み。そんな彼女を見て俺も思わず頬が緩む。

「――――な~に鼻の下伸ばしてるのよ!」
「わっ!?えっ!?エレナ!?」

 まさに見惚れるほどのエンジェルスマイル。
 アイドルが俺だけに見せてくれる笑顔に心奪われていると、突如として背中にかかる圧力と、怒りを滲ませた"圧"に気がついた。

 それがエレナが後ろのソファーに立ってこちらに寄りかかって来ていることが原因だと気づくには、さほど時間はかからなかった。肩からのぞかせる彼女の眉がつり上がっているのが見える。

「ちょっと慎也、これから私達はCM撮影なのよ。変な空気作ってどうするのよ」
「別に変な空気なんか……」
「ウソ、作ってたわよ。まったく、この愚弟ってば放っておいたらすぐアイにデレデレしちゃうんだから」

 2つの意味で事実無根である。
 弟はもちろんのこと、変な空気にはなり得ないだろう。アイさんからしたら俺はただの1ファンだ。デレデレは・・・見逃してほしい。

「ほらアイも、いつまでも慎也に構ってないで早く準備を…………アイ?」
「あれ?アイさん?」

 言い聞かせるようにエレナがアイさんに促すと同時に揃って顔を上げると、そこには彼女の姿が見えなくなっていた。
 広いリビング。見えない姿。もしかしたら既に準備を終えて玄関に向かっているかもしれない。そんな考えが頭の隅をよぎったその時、突如として俺の世界は闇に覆われる。

「わっ!」
「ふふっ、だ~れだっ!」

 突然、眼の前がまっくらになった。
 背後からエレナではない楽しげな声が聞こえてくる。
 なんだかデジャヴを感じる出来事だ。あの時はエレナが後ろからやっていたから背丈と腕の角度ですぐに判明できた。しかし今回は伸びている腕が俺のどこにも触れられていない。

 ならば誰か。そんなの決まっている。消去法だ。

「アイさん?」
「ふふっ、正解です。驚きましたか?」

 その言葉とともにエレナとは逆側の肩からひょっこり顔を出したのはアイさんだった。
 無邪気な子どものように屈託のない笑顔をするアイさん。恐怖症なんて欠片も感じさせない綺麗な顔が直ぐ側にあり、思わず心臓が飛び出るかと思った。
 その上背中に感じる柔らかくて大きなもの。これはもしかして…………

「ちょっとアイ!何慎也に近づいてるのよ!」
「エレナだって。同じことしてるじゃない」
「わ……私はほら、その、姉特権よ!」
「なら私は同い年特権だねっ!!」

 すぐ近くにある顔。それによる心臓の高鳴り。
 全てを吹き飛ばしたのは逆サイドのエレナだった。
 俺を挟んでやり取りされるミニ喧嘩……喧嘩?

「あの、二人とも……そういうのは俺の居ないところで……」
「あら慎也、アイドル二人にくっつかれて嫌なの?離れてほしいの?」
「えっ……慎也さん、嫌なんですか…………?」

 なにこれ。何かの拷問だろうか。
 エレナの煽るような口調にアイさんの辛そうな声。そのどちらもが俺の答えに窮するものだった。

 更に女の子の香り、とでもいうのだろうか。髪から漂ってくる香りがどうにも俺の思考を鈍らせる。
 エレナはシャンプーか柔軟剤でも変えたのだろうか。ふわりと香ってきた彼女の香りは以前借りたものと違い、ほんのり甘みの感じる爽やかなものだった。
 アイさんも柑橘系の心地の良さが、まるで麻薬のように俺の脳内を刺激する。
 二人のいつまでも嗅いでいられる香りについ顔を近づけそうになるも、すぐさま鋼の理性を発揮させて無意識の行動を締め付ける。

「ふ、二人とも、時間不味いんでしょ。リオだって呼ばなきゃならないし……」
「あら、リオはもう現場に行ってるわよ」
「えっ?」
「雑誌の取材。リーダー特権ですって。」

 つまりこの状態においてリオの助けは借りれないと。
 いや借りたところで、ということもあるのだが。どちらかといえば悪化しそうだし、泊まりの日の件からどうにも気まずさを感じる。どんな顔して会ったらいいかわからない。

 ホッとしたような残念のような。そんな複雑な感情に苛まれていると、不意にアイさんが「あっ」と声を上げる。
 
「エレナ、私いい考えがあるの。聞いてくれる?」
「あらアイ、どうしたの?是非聞かせてもらえる?」
「慎也さんも撮影に連れて行くっていうのはどうかな?」

 なにおぅ!?
 突然のアイさんの提案に思わず耳を疑った。行ったらリオに会うわけで、何を話せばいいんだ!?

「えと、俺はちょっと……」

 もちろん直接理由を説明するわけにはいかず。
 適当にボカシながらエレナの方に目を向けると、彼女の口角が見事に上がっているのを見て俺は察してしまった。

「いい考えね。慎也も来なさい」
「まじか……」
「もちろん今この状態で、背負ってね!!」
「まじか!?!?」

 まてまてまて!!
 行くのは百歩譲って良しとしても背負って!?ムリでしょ!?
 
 ……って!
 二人揃って肩に手を添えない!!

「ほら、行きなさい!怪獣シンヤー!」
「お願いします!シンヤーさん!!」
「無茶だって!!」
「やってみないとわからないじゃない!ほら、ゴー!!」

 楽しげに背中に乗って前へ進むよう促してくる二人。

 そして案の定と言うべきか。
 30秒後、カーペットに向かって倒れ込む俺の姿がそこにあるのであった。

 もちろん起き上がってからも解放されることはなく、普通に歩いてではあるが、連れて行かれる異星人のようにドナドナされるのであった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯
青春
 雨宮優(あまみや ゆう)は、世界でたった一つしかない奇病、『俺アレルギー』の根源となってしまった。  彼の周りにいる人間は、花粉症の様な症状に見舞われ、マスク無しではまともに会話できない。  しかし、マスクをつけずに彼とラクラク会話ができる女の子達がいる。幼馴染、クラスメイトのギャル、先輩などなど……。 彼女達はそう、彼のことが好きすぎて、身体が勝手に『俺アレルギー』の抗体を作ってしまったのだ!

処理中です...