不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第4章

093.お姉さんとして

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 休日の街中というものは、いつの日も賑わっているものだ。
 目的の有無にかかわらず買い物に来た者、友人と思しき集団や恋人らしき二人組で闊歩する者も少なくない。

 そんな老若男女問わず人が多く行き来する中、駅前の待ち合わせによく使われる広場に俺は一人、彼女を待って立ち呆けていた。
 周りを見渡せば同じく待ち合わせをしているのか様々な人がスマホをつついたり音楽を聴いたりして時間を潰しているが、見知った顔は現時点でない。
 乗ってきた電車は休日効果でだいぶすいていたのに、いざ街中に出るとこんなに人が多くいるとは一体どこから出てきたのだろう。

 そんな広場の隅で一人、俺もチラチラと辺りを見渡しながらスマホをつついている。
 連絡によればあと10分ほどで着くだとか。それにしてもちょっとだけ緊張してきた。

 身だしなみもおかしくないだろうか。
 今日のコーデは必死にファッション系のサイトを漁った結果、白い靴に白いパンツ、ブルーTシャツに加えて極めつけは青のフレームが入ったサングラスという格好だ。
 髪も必死に整えたし、サングラスは無断ではあるけども父親のタンスから拝借してきた。
 急ぎだったこともあって他人の評価を貰わずに来たのは痛手だが、きっと悪くはないだろう。

 人を待つときの10分とは長く感じるものだ。時間を潰すにも微妙な時間。
 僅かに残った記憶には近くに自販機があったはず。9月とは言えまだ暑い。彼女もきっと必要になるだろう。

 そう思って一歩、その場を後にするように踏み出したところでツンツンと、背後からつつかれる感触にふと気がついた。

「――――はい?」
「ふふっ、見つけちゃいました。慎也さん」

 何事かと思って振り返ると、そこにはつついたであろう人差し指を立てながらこちらに向かって微笑んでくれている天使……いや、アイさんが立っていた。

 その姿は外出用の茶髪ウィッグをかぶっていて白色のロングワンピース姿。
 ワンピースの性質で腰の部分はキュッと締まり、胸の部分はそのバランスの良さと美しさを強調するかのようにしっかりと出している。
 彼女は決して大きいわけではないのだが小さくもない。普段はあまり線を見せない服装を来てきたけれど、少なくとも今回はその凹凸を惜しげもなくさらけ出しており、容姿の良さもあってか周りの人もチラチラと様子を伺っていることが見て取れた。

 きっとその髪が茶髪でなくいつもの黒髪だったら、白いワンピースとの対比でとても美しく映えていたことだろう。
 アイドル時の彼女の持ち味のひとつでもある楚々とした印象が今回は薄れていて、それが功を奏しているのか"ストロベリーリキッド"だということがバレている気配はない。

「早いです……早い、ね。 あと10分って言ってたのに」

 危うくまた敬語が出て指摘されるところを寸前で言い直す。

「慎也さんを驚かせたくってちょっとだけ嘘ついちゃいました。似合ってますか?この格好」
「もちろん。アイさんには……あ、あーちゃんにはシンプルな格好が似合うから」
「ふふっ、『あーちゃん』呼びも嬉しいですが、今日はデートなんですから普段どおりでも呼び捨てでも構いませんよ」
「じゃあ、アイさんで……」

 呼び捨ては非常に魅力的だがまだまだ慣れない。ただでさえ江島さんと呼びそうになるというのに。

「でも、よく俺ってわかったね。サングラスもしてるし髪も整えたし……」

 正直、鏡で見た時は普段の俺と全く違って驚いたほどだ。それを一発で看破した彼女はどれほどの観察眼を持っているのだろう。

「それは…………エレナ風に言うと姉パワーというものでしょうか? ひと目で慎也さんだってわかりましたよ?」
「姉パワー……なんだかそれ、嬉しいような悔しいような……」

 俺から見たら別人でも傍から見ればすぐに分かる程度の変貌だったわけだ。
 それでも、彼女がしっかりと見分けてくれたことは嬉しい。

「でも、一つだけ気になるものがあるのです」
「? 気になるものって…………わっ!」

 彼女がそういいつつ伸ばしたのは俺の顔付近。
 一歩だけ驚いて後退りしたもののすぐに距離を詰められて耳に掛けられたサングラスを外される。

「はいっ! やっぱり慎也さんにはサングラスより普段通りのほうが似合ってますよ!」
「……ありがとうございます」

 取られたサングラスは綺麗に畳まれて手渡され、素直にバッグへとしまい込む。
 突然の光に驚いた目は何度かパチクリさせ慣れさせると、少し暗かった視界が一気に明るくなり彼女の輝く笑顔が一層輝いた気がした。

「それじゃあ早速デートに……と行きたいところですが、先週はリオが突然すみません。いきなりお泊りだなんてビックリしましたよね?」
「先週……あぁ、全然大したこと無かったよ。夕食も作って貰ったし、逆にありがたかったから」

 ふと、彼女が先週のリオの件で謝ってきた。きっと後日、本人から聞いたのだろう。料理も習ってるって聞いたしポロッとどこかで出てきてもおかしくない。
 気にすることでも無いのにと言葉を選ぶ。自室でのことは言えないが、それでも夕食を作ってくれて十分助かった。

「そうですか?もし迷惑だったら言ってくださいね。私お姉さんとしてガツンと言っちゃいますから!」

 そう力こぶを作ってくれるアイさん。実際には力こぶ出てないのに可愛い。

「万が一にもないと思うけど、なにかあったら頼らせてもらうね」
「はいっ!それでは早速デートに……と行きたいところですが、行く場所などは考えてます?」
「うぅん……色々考えたけどボウリングとかビリヤードとか?」

 必死にネットで探した"定番のデートスポット"とやらを挙げてみる。
 あまり手持ちのない学生。車なんて無いし、買い物とかも普段やっているだろうし。

「迷ってるようでしたら、私も少し行きたいところがありまして……構いませんか?」

 一晩も考えてロクな提案ができない自らの引き出しの無さに嘆いているとまさか彼女からの提案に目を輝かせた。
 ここは甲斐性として色々と案を立てるべきだが、罪悪感を感じさせない彼女の提案こそ天使たる所以。

 しかし、それでもしかし、気になる部分はあった。

「……ちなみに、どこ行くか聞いても?」

 念の為。保険の為に行き先を聞いておく。
 リオなら先週のパターンだとホテルって言ってくるから。彼女に限って奇抜ルートはないと思っているが、あくまで念の為。

「えっと……普通にカラオケなんですけど……どうでしょう?」

 全然変なとこじゃない提案に心底ホッとする。
 カラオケなんてこちらとしても最近行ってなかった。しかし、アイさんは大丈夫なのだろうかと不安に思う。

「いいの?カラオケって個室だよ?俺と二人きりなんて平気?」
「確かに男の人とカラオケ……それどころかあの二人とマネージャー以外だなんて初めてですけど、きっと慎也さんなら大丈夫だと思うので」

 そこまで信用されている事実に目頭が熱くなってしまう。
 逆にここまで言われると、手出しの一つもつけようもない。

「どう……ですか?慎也さん。 もちろん慎也さんがダメって言うのなら諦めますが……」
「ぜ……全然!アイさんも歌ってくれるんだよね?」
「もちろんです!」
「やった!なら急ごう!アイさんの歌声早く聞きたい!」

 業界の中でも群を抜いて上手いと言われる彼女の歌声だ。
 それを俺が独り占めできるなんてどれほど光栄なことだろうか。きっとこれを逃せば一生ないと言えるレベル。

「……もうっ、慎也さんったら」

 俺と同じ方向を向くよう回りつつ握るのは俺の右腕。
 彼女はそのまま以前にリオと同じように頭をコテンとこちらに傾けつつ上目遣いでこちらの顔を覗き込んでくる。

「私も、慎也さんの歌声楽しみにしてますね」
「っ……! が、頑張る、ね」
「…………ふふっ」

 少し緊張気味に意思表明すると何もしてくること無くただ微笑みを返される。
 俺が一歩踏み出すと彼女も一歩踏み出し、互いに歩幅を合わせたままカラオケ店へと繰り出すのであった。
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