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第4章
092.嵐の前の
しおりを挟む「アイ…………さん…………」
「…………」
ただモニターの光のみに照らされた部屋の中、俺の呼びかけに彼女は何も答えない。
逆光で見えないその表情。彼女の見えない唇に、そっと自らの手を触れる。
「さっき……のは……」
小さく呟いた俺も、同じように唇へ手を当てる。
――――俺の身に一体何が起こったのだろう。
理解しているはずなのに脳が理解することを拒んでいる。
確かに暗くはあったが、彼女の反応と俺の認識が正しければきっと…………
チラリと見た彼女は何も口に出すこと無く、ワンピースのスカート部分をギュッと握りしめている。
叫ぶ、逃げることさえせずジッと俯いたままの眼の前の彼女。
この場から逃げ出さないことが驚きだ。もし俺が彼女の立場なら、きっと俺を置いて涙を流しながらこの場から一刻も早く立ち去りたいと思うだろう。
しかし逃げ出さないとは言ってもその顔は、その視線は俺を捉えることはない。
当然だ。だって俺は…………
彼女の唇を奪ってしまったのだから――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ただ…………いまぁ!」
リオが泊まった金曜から一週間の時が経過した。
挙動不審となったリオのお泊り会朝を越え、何事もなく迎えた金曜日。
俺は扉を開け放つやいなや誰も居ない部屋で一人声を上げる。
先週の土曜日のリオは、きっと変な夢でも見たのだろう。決して電池切れになっても起きていたなんてことはない。
そう自信で言い聞かせながら迎えた幸せのはじまりの時間。
俺は久しぶりの一人の時間を堪能するため帰ってきた。
今回はエレナがタクシーに乗って襲撃してこなかったし、リオがいつの間にか教室に居るなんてことも無かった。
無事帰りがけのスーパーで食材を買い込んで帰宅。一応自宅の中を一巡してみたものの、誰かが隠れているなんてこともなかった。
よかった……そう毎回毎回突然来られると俺も心臓が持たない。
月曜日の小北さんもマフィン忘れを謝られたくらいで特に何もなかった。
彼女が何か言おうとするたび友達に連れ去られていってたけど、友達の呼びかけに応じるくらいだし別に大したことも無いと思う。
明日からやってくるは俺一人での休日だ。
ここ最近から考えたら珍しい日だ、寂しいといえば寂しいが、たまにはそういう日もあっていいだろう。
休日はなにをするか……今度こそお菓子作りもいいし、ゲームを消化するのも良いかもしれない。なんにせよ、ゆっくり自分の時間を謳歌できそうだ。
プルルルル―――――
と、食材を冷蔵庫に詰め終わったところでテーブルの上に置いていたスマホが着信を告げる。
ふむ、誰だろう。友人から遊びの誘いか、小北さんは……連絡先交換してないからない。
あと可能性あるのは…………
「…………アイさん?」
スマホを拾い上げてディスプレイを覗くと、そこには珍しい名が表示されていた。
天使が自ら電話なんて夏の始め以来。一体なにがあったのだろうか。
『……もしもし、アイさん?』
『あ、えっと、慎也さんのお電話……でしょうか?』
その透き通る声はアイさんの声で間違いなかった。
このエンジェルボイスはいつまでも聞いていられる。
『はい。何かありましたか?』
「全然大したこと無いんですが……今大丈夫です?』
『もちろんです。ちょうど家に帰り着いたところなんで』
『良かったです。……あ、あと敬語、ついてますよ』
クスリと笑いながらの指摘に「おっと」と自らの口元を抑える。
また指摘されてしまった。どうにもアイさんには敬語が染み付いてしまっているみたいだ。
『あ~、その、ごめん』
『ふふっ、良いんですよ。最初から敬語が消える日を楽しみにしてますね?』
やっぱりアイさんは優しいなぁと、心の中で感涙する。
特に取り柄のない俺をかまってくれることが奇跡といえるほど。
『それで、今回はどうしたの?誰か風邪引いたとか?』
『いえ、エレナも元気いっぱいですしリオは……ちょっと妄想グセが出てきた以外はいつもどおりですよ?』
リオ?
妄想グセとはなんだろう……。聞きたい衝動に駆られたが、今は本題じゃないからと後に回す。
『じゃあ、また何かのお誘い?』
『はい、正解です!』
以前のパターンを思い出して適当に答えてみると正解したようだ。
前回は買い出しだった。今回もなにか買うのだろうかと適当にアタリをつける。
『わかりました。今回は何を買いにどこに行きましょう?』
『それは……慎也さん次第といいますか……なんといいますか……』
『俺次第?』
『はい……その、明日…………私とデートしませんか!?』
『…………えぇ!?!?』
それは驚きの提案だった。
彼女から出た思わぬお誘いに声を荒らげてしまう。
まさかアイさんがそんなことを言うとは。
エレナやリオとは以前デートをしたことがあるが、アイさんまでもそんな提案をしてくるとは夢にも思わなかった。
彼女の体質やアイドルという特性から、まったく無縁だと思っていたのだが……
『あ、そのっ!恐怖症! 私の恐怖症克服のため、デートという名目で手伝ってもらえませんか?』
『あぁ、そういうこと』
慌てたような彼女の素振りでようやく得心がいく。
なるほど。恐怖症克服のためなら納得だ。むしろ頑張り屋すぎて涙が出る。
でも俺だと克服になるのだろうか……そう聞きたくなったところを止めておいた。こんな役得なこと「やっぱり」で終わらせたくないという低俗な理由で。
『俺で良いのなら喜んで。明日だよね?』
『ありがとうございます!場所と時間はメッセージで送りますので……その……』
『?』
『慎也さんとのデート……楽しみにしてますね!!』
『ではっ!』と最後に言葉を残してから通話が切れたのかツー、ツーと無機質な音が聞こえてくる。
画面に表示されるのはアイさんの文字。その文字を見ながらポツリと呟く。
「…………楽しみ……俺とのデートが楽しみ、か」
そう言葉に連ねると嬉しさがこみ上げてきて頬が緩んでしまう。
あの楚々として完璧で美しいアイさんからのお誘いだ。そんな彼女からそう言われてしまっては嬉しくないわけがない。
電話を終えた俺の心はここ一番で燃え上がっていた。
彼女とのデート。それは大枚はたいても決して買うことの出来ない超激レアイベント。
大急ぎで俺は自らの自室へとダッシュで向かう。
まずすることは明日の服選びからだと、今日の分の課題すらも忘れてデートに舞い上がるのであった。
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