不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第5章

119.来ちゃった

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 「助けてぇ~……前坂く~ん…………」

 何者かの助けを求める声が聞こえてくる。

 それは彼女らの本心を聞き、俺も本心をぶちまけてほんの少しだけ関係性に変化が訪れた日から、一夜明けた木曜日。
 家では謎のテンションを発散することもままならずゴロゴロとベッドの端から端まで転がって過ごした翌日。気持ちの面では色々あっても明日は等しく誰にでも訪れた。

 まったく行く気のしない学校を、なんとか精神に鞭打ってたどり着いた放課後のこと。
 早々に荷物を手仕舞いして帰ろうとしていると、唐突に聞こえてきた声に思わず顔を上げる。

「……小北さん?」

 誰かと思ったその声は小北さんだった。
 誰にでも優しいみんなの人気者。。彼女は腰を曲げ、まるでゾンビのように身体を引きずって俺の元へとやってくる。

「ど……どうしたの? そんなおばあちゃんみたいな……その……怪我でもした?」
「え~!?前坂くんはなんともないの~!?」

 まるで幽霊でも見たかのように信じられないような顔をされる。
 その口ぶりから察するに俺にも関係があることらしい。しかし怪我なんて全然…………いや、彼女の様子には一つ心当たりがあった。
 腕がプルプル震えて一歩進むにも新調そうなその姿。こうして俺に聞いてくるということはもしかして…………

「もしかしてボウリングの筋肉痛?」
「そうだよ~!なぁんで前坂君にはなんにもないの~!」

 やっぱり。彼女のそれはあの日のボウリングによるものみたいだ。
 記憶の限りでは昨日はピンピンしていた。一日空いて来るなんてこともあるのか。

「俺はほら、なんだかんだ夏休み泳いでたりして運動してたからじゃないかな?」
「正論はんた~いっ!私は今日一日ずっとつらかったのにズルいよ~!」

 そんなこと言われても。

「保健室で氷もらうとか?」
「昼休みに貰ったけど効果なかったよぉ……。うぅ……前坂君たすけて……」

 そう震える声で助けを求める姿は、不謹慎ながらも"日常"を思い出されて少しだけ頬が緩んだ。
 ここしばらくアイドルの3人に連れられて経験してきた非日常な体験。しかし一方で彼女はクラスメイト。慣れた光景、慣れた空気感はここ数日間のドタバタを乗り越えて戻ってきたんだなと実感させた。

  俺は今にも泣きそうな彼女に微笑みかけ、一つ肩を竦める。

「もちろん。何か手伝えることがある?」
「いいの!?」

 なにかと良くしてくれる彼女の力になれば。
 そう思って問いかけたところ、自らの思いとは正反対の反応を受けて思わず目を丸くしてしまう。
 さっきとは打って変わって前のめりに目を輝かせる子北さん。なんだか嫌な予感が……

「いやぁ、申し訳ないな~!同じく筋肉痛かと思ってたけどピンピンしてるから仕方ないよね!私をここまでメチャクチャにした責任、取ってもらうしか無いもんね~!!」
「…………」

 言質取った。
 言外にそんなことを言っている気がする彼女の早口は、絶対俺の言葉を引き出すために狙っていたんだと今更ながらに理解した。
 しかも『メチャクチャにした』だなんて人聞きが悪い。筋肉痛は自滅だろうに。

「……何をご所望で?」
「えっとぉ……。私このままじゃしんどくって帰れそうもないし、おんぶで私の家まで運んでくれるとうれしいなぁって」
「えぇ~……」
「あっ!おんぶが難しいならお姫様抱っこでもいいよ!女の子は誰しもが憧れるお姫様抱っこ!いいよねぇ……やってもらいたいよねぇ……チラッ!」

 まるで恋するお姫様のようにクネクネと左右に揺れながらチラチラと視線を送る彼女に大きなため息を吐く。
 家までとかいくら小北さんが軽くても昇降口でダウンする自信がある。更に言えば周りの目があるからムリだ。

「無理でしょ。常識的にも俺の体力的にも」
「えぇ~!あんなに私と二人きりで激しい運動したのに!?」
「バッ…………!!」

 再三に続く誤解を招きそうな発言に慌てて周りを見渡す。
 放課後とはいえまで人は多い時間帯。誰かの耳に入ってしまったかと思ったが、幸いにもセーフなようでまだこちらに注目するような人は見当たらない。

「バカなこと言わない!そもそもボウリングしただけでしょ!」
「うん!でも間違ったこと言ってないよね?」
「くっ……!!」

 ボウリングが激しい運動かは議論の余地があるが、間違ったことは言ってない。
 彼女の真っ直ぐな視線にグッと怯むと一歩を詰めるように俺の正面にやってくる。

「おんぶやお姫様だっこは冗談として、今日一緒に帰らない?」
「それは……」

 小北さんの真の提案。それは一緒に帰ることのようだ。しかし返事に詰まってしまう。
 普段の俺ならば特に何も考えることなく首を縦に振るだろう。しかし昨日あったことの手前、おいそれと一緒に帰るとかしていいのだろうか。
 確かに付き合う云々は誰も何も話していない、曖昧な状況。でも、だからといってここで頷くのも…………。

「慎也くん、ウワキはダメだよ~?」
「そうそう、浮気は…………って、えっ――――」

 小北さんの提案に詰まっていると、不意に聞こえてきた声に思わず同意しかけてしまった。

 突然背中に掛かる体重と、背後から聞こえる声。
 アイドル三人と関わるようになって時々寄り掛かられた時の感覚だ。ふわりと目の端に捉えるのは揺れる茶色の髪の毛。
 何者かが俺達の間に割り込むように背中に乗ってくる感覚に、俺の思考は中断してしまう。

 目の端に映る茶色の髪、昨日も耳にした聞き覚えのある声、そして声をかけられるまで気づかなかった存在感。もはや見るまでもなくやってきた人物を理解し、天を仰ぐ。

「来ちゃったかぁ…………」
「うん、来ちゃった」

 背中から俺に抱きつく形で顔を見せるのは昨日も見た顔、リオだった。
 普段なら他の生徒が居なくなってから姿を見せるのに今回は珍しい。そして俺もリオが学校に現れることにも慣れてきてしまっている。

「えっ……あれ?浮気って……? えっ……」

 一方、全く事態を把握できずに混乱しているであろう小北さん。
 普通はありえない状況だから混乱するのも当然だろう。
 チラホラと生徒が残ってる中ここまで来れる度胸はさすがリオだと感心する。

「とりあえず…………科学室行こっか」

 困った時は他の生徒の来ない空き教室だ。あそこなら誰も来ることはない。
 俺は一人立ち上がってから二人の手を取り、クラスメイトの視線を受けながら教室を後にした。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「ここもだいぶ見慣れた光景になったなぁ…………あ、お菓子食べるね?」

 のんびりと椅子に座っているリオが包装された袋を破ってバウムクーヘンの切れ端を口へと運ぶ。
 どこで手に入れたのかと気になったが、通りかかった科学準備室でウチの担任に貰ったらしい。

「えっと…………その…………あれ?」

 一方、同じく貰ったお菓子を手にしながらも椅子に腰掛けることなく、事態を把握できないでいる小北さん。
 目の前に居たから思わず連れてきちゃったけど…………どうしよう。

「慎也クン、それでこの元気そうで可愛らしいお方は?」

 これからどうしようと頭を悩ませていると、食べ終わったリオが問いかけてきた。
 思い返せば以前はすれ違いのようになったけれど、こうして対面するのは初めてのようだ。

「この人はクラスメイトの小北 美代さん。リオたちの大ファンで、一応エレナとは会ってるよ」
「ふむ、ファン……そかそか。小北サン、小北サン………ダメっぽい」

 少しだけ何か考える素振りをして小北さんを呼びかけるが、数度だけ呼びかけて諦めるように首を振るリオ。
 教室からこっち、彼女はずっとフリーズしていた。手を引けば歩くし促せば椅子に座ってもくれる。しかし表情は呆然状態。目も焦点が合わずここではないどこかを見ている。

「小北さん、小北さ~ん……?」
「……えっ! なにかな前坂君!」

 リオに続いて何度か呼びかけるとようやく戻ってきてくれたようでパッと俺と目が合う。
 
「……あれ?ここは?私達さっきまで教室にいなかった?」
「あぁ、ちょっと小北さんがトリップしちゃってたから。勝手に連れてきちゃった」
「そうだったの!?ごめんね前坂君。苦労かけちゃって」

 どうやら身体は動いてくれたのに意識と記憶は完全に無かったらしい。
 その器用さに驚きつつも、本題に入るためチラリとリオを見る。

「ううん。それよりちょっと小北さんに紹介したい人がいるんだけど……」
「紹介したい人?そういえばさっき、私もちょっと白昼夢見てたみたいでさ~。なんだか目の前にリオ様がいて紹介を受けたような――――」
「やほっ」

 我を取り戻した小北さんは、髪や衣類を整えていると背後から掛けられる声に気がついた。
 その声につられるように、ゆっくりと視線を下げて背後へと意識を向ける。リオは彼女と目が合うと同時に軽く手を上げ、小さく声を発し――――

「やぁ、リオ様だよぉ」
「――――えっ…………えぇぇぇぇぇ!!!!」

 彼女の叫び声は教室中を大きく震わせる。
 それは教室だけにとどまらず、隣接部屋、そして廊下まで響き渡るほどであった。
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