不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第5章

120.関係性

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「あいっ……!!たたたたた…………」

 リオを見て隣室にまで響く驚きの声を発した小北さん。そんな彼女を襲ったのは、全身を走る激痛だった。
 ひとしきり大声を上げて驚いた小北さんは直後、何らかの痛みに襲われたのか身体をくの字に曲げて悶えていく。

「……小北さん、大丈夫?」
「だいっ……じょぶ!筋肉痛……アタタ……」

 やはりというべきか、その激痛の正体は筋肉痛らしい。
 身体痛めてるのに無理するから。途中担任が何事かと様子を見に来たが、なんでもないと手で示したら戻ってくれた。

「慎也クン、面白い子だねぇ」
「面白いかどうかは置いといて、明るくて優しい子だよ……」

 本当に。彼女の明るさは友人の少ない自分にとっても癒やしだとしみじみ思う。
 二人して痛む彼女を見ていると、次第に収まったのか顔を上げた彼女とリオが目が合い再び目を丸くする。

「な……なななな……なんで学校にリオ様が!?」
「なんでって、旦那様の様子を見に?」
「旦那様ぁ!?」
「ん。この度めでたく……」
「えぇぇぇぇ!!!」

 左薬指に巻きつけられた銀色のものを見せつけ、更に驚きの声を発する小北さん。

 何故渡した覚えのないものが……とも思ったが、よくよく見れば端っこにギザギザと裏面の赤色が目に入る。
 どうやら指に巻き付けているのはさっき食べてたお菓子の包装紙のようだ。裏が銀色なのをいいことに指輪もどきとして使っているらしい。
 小北さんも、普段ならこんなチープな仕掛けすぐ気づくだろうが今日ばかりは判断能力が損なわれているみたいだ。

「リオ、からかってるでしょ?」
「バレた? いやぁ、反応が面白くって」

 指摘されたリオは素直に巻きつけていた指輪モドキを外し、小北さんに見せつけるように手の中で潰して見せる。

「えっ……あれ? それって……」
「ごめんね。反応が面白くってつい、ね」
「な……なぁんだぁ! よかったぁ!てっきりリオ様と前坂君がそういう関係なのかと~!」
「………………」

 小北さんの安堵する声に俺の身体はビクンと跳ねる。
 俺達は……どういう関係だ?

「…………」
「えっ?あれ? 何この空気? ……前坂君?」

 俺と彼女たちは……一体何なのだろう。
 お互い?に好き合っていることはわかった。でも、それで付き合う云々とかは全く話さなかった。
 彼女たちはどう思っているのだろう。俺がこんな体たらくな返事で、付き合うとかの段階まで考えてくれているのだろうか。

「リオ、俺たちってどういう?」
「……友達以上恋人未満?」

 どうやらリオも同じことを考えていたようだ。
 それにしても便利な表現。仲の良い関係を曖昧に表現できる。ちょっとさみしい気がしないでもないけど。

「慎也クンが望むなら恋人以上お嫁さん未満でもいいよ?」
「……前者で」

 でも、それはちょっと恥ずかしい。
 今はまだ、その曖昧な関係が心地いい。

「――――ということで、私達はそういう関係みたい、だよ?」
「~~~~!!」

 リオが答えるように小北さんへ話を振ると、彼女は口を覆い隠して声にならない声を発する。
 その表情は真っ赤なのか、それとも真っ青なのか、西日が朱く照らしていてわからない。

「エレナ様と仲良かったから他の二人ももしかしたら……なんて思ったけど、リオ様とだなんて……!」
「ちなみにエレナも、もちろんアイもおんなじ関係性」
「…………へっ?」

 ポカンと。
 小北さんの笑顔が固まった。

「いま、なんて……?」
「だからエレナもアイもおんなじ関係。慎也クンとは友達以上恋人未満」
「…………マエサカクン?」

 ヒェッ。
 グルンと首が大きく捻って瞳孔の開いた目が俺を射抜く。

「い、いや! 別に付き合ってるわけじゃあ……!」
「私は慎也クンならこの身を捧げる覚悟も……ポッ」
「ちょっとリオ……?」

 隣にそっと寄り添う彼女に困惑する。
 エレナたちと一緒にいる時はこういうやりとりはままあった。
 しかしほぼ初対面の人を前にして距離が近すぎやないだろうか。
 
 小北さんは表情の消えた表情でこちらを見ている。いつも元気に笑ったりコロコロ表情が変わっていたのに。
 彼女が一歩進んで俺が一歩下がる。虚無の目に射抜かれながら数度後ずさりしたところで、ふと彼女の足が止まったかと思えば、こちらをジッと見ていた目線がだんだんと下がっていってしまう。

「えっと……小北さん?」
「――――だよね?」
「えっ……?」
「邪魔……だよね?こんなに可愛い彼女さんいるのに、私……何度も話しかけて……邪魔……だよね?」
「ちがっ――――!」

 弁明しようと一歩踏み出したところで動けなくなった。

 ――――滴り落ちていた。
 顔を伏せた彼女の顔からはいくつもの水滴が。

 小北さんは泣いていたのだ。
 突然の豹変。彼女が俺にどんな感情を抱いているのかはわからない。けれど今なんて言えばいいのだろう。こんな時、なんて言えばいいのか俺の中にはなにもない。

「…………っ。 ごめん、ね……!」
「こ……!!」

 その名を呼ぶ頃には、彼女はもう踵を返して科学室を後にしてしまっていた。
 俺は宙に浮かんだ手をどこにいくのでもなく空を掴む。

「……ごめん」
「リオ……」

 静寂に包まれた教室。ふと聞こえた言葉はリオのものだった。彼女は窓から外を見ながらポツリと謝ってきた。
 何故謝る。リオが原因ではないのに。泣いた理由は見当もつかないが、きっと俺が変なことを言ったのが原因だ。

「ごめんね慎也クン。ちょっと私、イヤな子だった。あの子が突然泣いた理由、慎也クンはわかる?」
「いや……」
「だよね。慎也クンはそういうところも美徳だもんね」

 褒めているのか貶しているのか。
 察しの悪い俺を慰めるリオ。

「もしかしてとは思ったけど、やっぱりあの子は……」
「リオは理由を知ってるの?」
「…………」

 何かしら思い当たるフシがある言葉。しかし問いかけても何も答えない。ただ立ち去った扉を見つめている。

「……さっき、あの子を泣かせちゃったのはたぶん私のせい。イジワルのせいなの」
「イジワル?」
「うん、イジワル。ひと目見て"わかっちゃった"から牽制するようなことしちゃった。だからあの子を泣かせちゃった」

 牽制。イジワル。
 先程の会話で心当たりとなるものは無かったが、二人の間では俺には見えない何らかのやり取りがあったらしい。
 彼女はジッと扉を見つめたまま言葉を紡ぐ。

「言い訳になるけど私……羨ましかったの。私達は休日や放課後にしか会えないけど、あの子は毎日、朝から晩までずっと一緒に居られることに。私達の知らない、お兄ちゃんの顔が見れることに。それがこれから先、高校卒業するまで続くことに」
「…………」

 彼女の言っている真意はわからない。けれどその言葉はグサリと俺の心を貫いた。
 きっと、俺の宙ぶらりんな態度が起点となっているのだろう。むしろ悪いのは俺の方だとわからないなりに理解した。

「――――だから、ちょっと待ってて」
「……どこへ?」
「私が、ここにちゃんと連れてくるから。 お兄ちゃんは待ってて」

 振り向いてこちらを向いたリオは真っ直ぐ俺を見つめてくる。
 逆光できらめくその姿はいつもの飄々とした様子とは違う、何かを決めた真剣な瞳をしていた――――。
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