不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第5章

121.悪い子

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「さて……と。どこ行っちゃったかなぁ」

 科学室を出て廊下で一人きりになった私はどこに行こうかと辺りを見渡す。

 さぁどこから探そう。
 いくら数度訪れたとはいえ私はあくまで部外者。校舎についても詳しくない。

「あてなんて……ないんだけどね」

 頭をかきながらとりあえず適当に進み出す。
 校舎も詳しくないことに加え、あの子……小北さんについては今日が初対面。隠れる場所なんてわかりっこない。
 それなのに一人で連れてくると言ったのはただの強がりだ。
 彼ならばすぐに見つけ出すだろう。そして優しく説得し、仲も一層深まるだろう。それが私には許せなかった。


 ……そういえば、彼女の名前には聞き覚えがあった。
 以前マフィンを作ってくれたとかどうとか。彼女がその子だったのか。

 おそらく小北さんは、彼に好意を抱いている。
 私達のグループはみな、仲間であると同時にライバルだ。誰が最も多くの愛を受け取るかの。

 あの子の視線は明らかに私達と同じものだった。だからカマをかけると同時に牽制もしてみた。
 まさかあそこまで取り乱すとは思いもよらなかったが。単純に自分の失敗だ。

 まったくもう、彼は私が一番最初に見つけたというのに。
 私だけが彼の良さを知っていると思っていたのにたった3ヶ月程度でここまで状況が一変するとは。
 罪作りな人だこと。

「グスッ……うっ………」
「おっ――――」

 階段にたどり着き下に進もうかとしたところで、上の方から何者かがすすり泣くような声が聞こえてきて私はこれだと確信する。
 先程の教室最寄りの階段。すぐ追いかけたこともあってそう遠くには離れていないと踏んでいたが案外早かった。
 私は数歩降りていた階段を引き返し、声のする上階へと足を進める。


「うっ……まえ………うぅ…………」

 踊り場で折り返したタイミングでその姿が目に入った。
 屋上へと続く扉だろうか…………彼女は扉に背を向けるようにしゃがみ込み、体育座りで顔を伏せって小さく嗚咽を上げている。
 私は刺激しないようにそぉっと、ゆっくりと彼女に近づくために階段を登り切る。

「小北……さん?」
「ぐすっ………ん…………リオ……様?」

 ゆっくりと顔を上げ、少し充血した目を見せる彼女。
 こんな状況でも様付けとはと、少し驚く。あまり好ましくはない呼び方だけど、それだけ私達を慕ってくれているのだろう。

「あっ…………ごめんなさいっ。 いきなり泣いて飛び出しちゃって……変な子ですよね私……あはは…………」

 慌てたようにハンカチで目元の涙を拭い、わざとらしい笑みを見せつける小北さん。
 私は何も言わず、黙って彼女の隣に腰を下ろし始めると、何やら慌てた様子を見せ始める。

「だ……ダメです!そんな所に座っては!」
「ん? どうして?」
「だって、床ですから!お召し物に汚れが付いてしまいます!」

 彼女はハンカチを手渡そうとするが、それがさっきまで涙を拭っていたことに気がついたのか渡しあぐねている。
 私はそんなことお構いなしに腰をつけ、彼女の隣に寄り添った。

「あぁっ……!」
「いいの。汚れくらい。それより……ごめんね?」
「えっ………?」
「ほら、私が余計なこと言っちゃったから飛び出しちゃったんでしょ……?」

 あの時の私は内心、かなり心が揺れ動いていた。
 本来ならば誰もいなくなってから声をかけようと思っていたのに、まさかこんな可愛い子が側にいただなんて。

 私達の誰もが持っていない、明るく、それでいて優しそうで別け隔てのない子。
 放課後彼と合流する前、本の少しの間物陰から様子を伺っていた。
 楽しそうに話す二人。彼女が一人で色々話を進めていたが、それは彼を楽しませようとする一心だったのは火を見るより明らかだった。

 大好きな彼と見知らぬ女の子が仲睦まじくしている様子。
 そんなグチャグチャな心の中で出てしまったちょっとした優越感。
 彼に好きと言ってくれた優越感。

 牽制する形で出してしまった私の心はきっと綺麗ではないのだろう。
 エレナのように全てをストレートに出したり、アイのように行動全てをもってアピールするわけではない。
 ちょっとした言葉で彼女を泣かせてしまったことに、私はなんて悪い子なんだと突きつけられたような気がした。

「い……いえっ!そんなことは……! リオ様のせいじゃありませんよ!」

 ほら、この子はこんなにも優しい。
 決して人のせいにすることはせず、自分のことより他人を優先する子。
 今日初めて会って話したが、それくらい簡単にわかった。

 私とは違う、何よりも周りが大事な子。

「じゃあ、どうしたの?」
「それは……その……」

 言葉を探すように視線をしきりに動かして口をモゴモゴと動かし始める。
 私を傷つけまいとしようとしているのだろうか。それならいっそストレートに言ってくれたほうが楽なのに。

「私のことは気にせず、何でも言って?」
「はい……その……。ごめんなさい、わからないんです……」
「わからない?」

 それは、どういうことだろう。
 私の事が気に入らなかったからじゃないのだろうか。

 次の言葉を待つように彼女を見ていると、「え~、あ~」と再度言葉を探し始める。

「さっき、お二人の仲良さそうな姿を見て……なんだか、心の奥がキュウッってなったんです。みんな笑顔で私も嬉しいはずなのに、なんだか辛くなって、それで……」
「涙が出てきちゃったんだ」
「はい……」

 膝を抱えて顔を伏せってしまう小北さん。

 あぁ……やっぱり。
 彼女もまた、彼のことが…………。
 きっと、彼女自身に自覚はない。
 突然湧き上がってきたその感情の正体に気がついていないのだ。

「それは……」

 その正体は恋愛感情だと。
 言葉にしようとした寸前で口を噤む。

 自らの大事な感情。それを口で教えるのは簡単だ。
 でも私が指摘するわけにはいかない。人に言われて分かるのではなく、彼女が自分で見つけ出すものだ。
 それならば、私の言うべき言葉は――――。

「ねぇ、私がアイドルを始めたキッカケって知ってる?」
「えっ……?はい。たしかご親族の勧めだとか……」

 そう。雑誌とか表向きは叔母さん……マネージャーの勧めということにしていた。
 彼女は唐突な質問に何のことだか理解できずキョトンとしている。

「うん。でも、それって嘘なの。メディア用の理由ってやつだね」
「はぁ……。なら本当は……?」
「本当はね、慎也クンに振り向いてほしかったから」
「えっ…………」

 最初は紗也ちゃんに認めてもらうためだけど、そっちの理由もなくはない。
 目を丸くする彼女を気にすることなく私は話を続ける。

「実は私達って同じ小学校でね。 色々とあった結果アイドルを目指して今の立ち位置にこれたけど、気付けばエレナもアイも彼に惹かれててね。みんな想いを伝えたけど肝心の彼は全員が好きだ~なんてことで宙ぶらりんになってるの」
「…………」

 強力がライバルが三人も、とでも思ったのだろうか。彼女はため息をつき始める。
 ごめんね。話はここからだから。

「……だから、今のところ慎也クンは誰とも付き合ってないよ。もしかしたら小北さんを選ぶかもだし」
「えっ――――えぇぇぇ!? い、いや!私はそんなっ!前坂君のことは……別に……!」

 自らも選ばれるかもしれないという言葉にわかりやすく顔を真っ赤にして否定する小北さん。
 自覚すらしてないのに赤面しちゃって。

「さっきは挑発するようなこと言ってゴメン」
「いえっ!リオ様がわるいところなんて……!」
「みんな彼のことを狙ってるから……小北さんが羨ましくなったんだ。私達と違っていつも学校で一緒にいられて」
「……私はリオ様が羨ましいです。アイドルなのに気取らなくて可愛くって、歌も踊りも完璧で……」
「ありがと。私達は持ってないものを持ってる。きっと仲良くなれると思うの」

 間違いのない本心。
 ここまで優しい子はそうはいない。私は彼女の頬についている小さな涙を拭って笑いかけた。

「だから……リオ様じゃなくってリオって呼んでもらえないかな?」
「リオ……ちゃん?」

 クリクリっとした丸い目が私へと向けられる。
 本当、慎也クンも罪づくりな男だ。こんな可愛い子に想われて。あ、まだ恋心に気がついてないんだっけ。

「うん。リオちゃんってよんで。私も美代ちゃんって呼んでいいかな?」
「は……はい!喜んで!!」
「それじゃあ美代ちゃん、そろそろ戻れるかな?」

 私はひとり立ち上がって彼女へと手を差し伸べる。
 もうすっかり立ち直ったのだろう。その瞳からは完全に涙が止まっている。

「その……リオ、ちゃん」
「ん~?」

 私の手を取って立ち上がった彼女は、階段を降りようとした私を呼び止める。
 不安気で虚空を揺れる瞳。しかし心を決めたのか彼女の目は次第に私を真っ直ぐ捉える。

「その、なんで泣いちゃったのか、このチクチクした気持ちが何なのかまだわかりません」
「うん」
「でも、ありがとうございます。リオちゃんのおかげで何となく、ヒントを貰ったような気がします」
「……そか。 よかった」

 私は彼女とともに階段を降りていく。

 きっと、そう遠くないうちに彼女は自らの心に気づくだろう。
 本当なら今日当たり障りなく彼女と別れ、彼との距離を少しでも詰めるべきだった。
 でもそうはしなかった。気持ちに気づくよう働きかけた。
 敵に塩を送るとはまさにこのこと。今は自覚なくても確実に彼女は手強い恋敵になる。
 そんな予感……いや、確信があった。なぜそうしたか、彼ならばきっとこうしただろうから。


 でも、やっぱりこんないい子と仲良くなってた慎也くんには嫉妬する。ちょっとくらいは仕返ししちゃっても、いいよね?

「ねね、美代ちゃん」
「はい?」
「手、繋いで帰ろっか。慎也クンに仲良くなったって教えたいから」
「あっ…………はい!」

 その言葉にノリノリで手を差し出してくれる美代ちゃん。
 私は彼への仕返し計画を即興で組み立てつつ、ニヤける頬を必死に引き締めていた――――。
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