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第6章
131.適正価格
しおりを挟む「はいっ! 1!2!3!4!!――――」
軽快な音楽と指導するような声が聞こえてくる。
手拍子と、バスケのような床を踏み抜く足音とともに。
それは彼女たち3人が目一杯本番に備えて練習する舞台裏の音。
扉一枚挟んだ向こう側で漏れる音を聞きながら、飲み物両手に扉近くのソファーへと沈み込む。
「はい、小北さん」
「あ、ありがとう」
動き回った末の休憩タイム。背もたれへと体重をかけながらペットボトルを差し出すと、隣に座る小北さんは少し遠慮気味に手を伸ばす。
おずおずとする姿はなにやら緊張ないし思うところがある様子。どうしたのかと横目で見つつ、冷たいドリンクを口へと流し込む。
「ねぇ…………前坂君」
「うん?」
ポツリと呼ぶ彼女は視線を下に落としたままペットボトルを口にしようとしない。
代わりとばかりに自らの抱える不安を吐露していく。
「私……こんなことでお金貰っちゃっていいのかな……?」
彼女が吐露したのは今この現状のこと。
黙ってその言葉を聞きながら、一昨日神鳥さんがウチに来た日のことを思い出す。
小北さんとともにマネージャー業について説明を受けたあの日。あれからは普通にリビングで契約の確認をするだけでお開きとなった。
そこで聞いた話に新しい情報もさほど無く、強いて言うなら力仕事など三人のサポートをしてほしいということだけ。
そして2日経った今日、テスト最終日。
無事二人揃ってテストに問題がないと言えるほどの手応えを確かめてから、すぐにエレナたちと合流してレッスン場へと赴いた。
意気揚々と望んだ初現場。
けれど来てからやったことは荷物を運び入れるくらいの簡単な力仕事だけ。
肝心のレッスンを見られるのは恥ずかしいとのことで部屋前の休憩スペースで待機中。これであとは帰るだけと言われたら拍子抜けというか、不完全燃焼感は拭えないだろう。
「いいんじゃない?雇い主がそう言ってるんだし」
「でも……すっごい申し訳ない感がするんだよぉ……あの時はテンション上がりすぎてあまり考えてなかったなぁ」
「すっごい食い気味だったもんね」
「言わないでっ!今思い出すと恥ずかしいっ!」
バッと身をかがめて恥ずかしそうに顔を覆う小北さん。
「前坂君は応援とやらがあるからまだ仕事あるもんねぇ。羨ましいなぁ、愛されてて」
手の隙間からこちらを恨めしそうに見る彼女の視線を受け、黙って頬をかく。
応援……正直それも漠然としすぎててよくわからない。
こうして居なくてもどうにかなるのだから、応援すらいらないと思うのだが。
俺は待つのも仕事だと割り切っているから、嘆くほど申し訳無さを感じているかと言われたらそうでもない。…………もしかして、ヒモの才能がある? いや、それはないと信じたい。
「もしかして、引き受けたこと後悔してる?」
「ううん!むしろすっごく嬉しいっ! ただの1ファンだったのに縁が重なってこうしてフォローができるんだもん! けど、だからこそ何もしてないのはなぁ……」
仕事に追われるというのもしんどいが、何もしないというのもこれまた辛いところがある。
彼女は真にあの三人のことが好きなのだろう。だからなにかしたい。けれど何もできないという歯がゆさが同時にある。
「リオに聞いてみたらどうかな?」
「へ? なんでリオちゃん?」
「俺のフォローにって頼んだのって、リオだからさ。最初は自分のお金から引いてほしいって言って」
その言葉に彼女は目を丸くする。
友人からの推薦があったのは想像に難くないが、まさかそれが自らのお金を使う覚悟だとは思わなかったのだろう。実際にはリオの私産ではなくちゃんと会社から出ることになったのだが。
「リオちゃんが……。そっか、うん。私、リオちゃんに聞いてみ―――」
「あ~!疲れた~~!!」
小北さんが小さく言葉を漏らしているところに、かき消すかのような声とともに突然扉が開かれる。
練習が終わったのだろう。うんと伸びをしてエレナを先頭に続々と部屋から出てくる。
その顔は本当に疲れたものだったが、辺りを見渡して俺たちの姿を捉えるとまるでさっきの表情が嘘だったかのように顔を引き締め、額には多量の汗を流しながらもしっかりとした足取りでこちらに向かってきた。
「おつかれエレナ」
「えぇ、助かるわ」
ここからが俺たちの仕事だと、持ってきていた飲み物を渡すと、首にかけたタオルで汗を拭きながら飲み物をぐいっと逆さにする。
随分とハードだったのだろう。逆さになったペットボトルからはどんどん中身が減っていってあっという間にカラとなってしまう。
「リ……リオちゃん! はいっ!」
「ん。ありがと」
小北さんから受け取ったリオも疲れているようで、こころなしか言葉少なめだ。
けれども小北さんが何か言いたがっているように視線を外さないのは気づいているようで、ペットボトルを口につけながらも意識は軽く小北さんへと向けている。
「り、リオちゃん!」
「ほいほい」
「なんで、私をこのバイトに推薦してくれたの?」
その言葉を受けたリオはチラリとこちらへと視線を向ける。
きっと『話したのか』とかそういった意味だろう。首を縦に振ると、了解するかのように目で頷いて再度小北さんと向き合う。
「うん。イヤだった?」
「ううん!嬉しい! でも、私って必要なのかなって……前坂君居れば仕事も回るし……」
「私が美代ちゃんに応援してほしいから、って思ったんだけど、ダメ?」
「私に……?」
小首をかしげる小北さんにゆっくりと頷くリオ。
彼女は不安そうに固く結ぶ小北さんの拳に手を乗せながら言葉を紡いだ。
「うん。当然愛しの慎也くんが居てくれたら嬉しいけど、同じく大切な友達の美代ちゃんにも応援してくれたら元気でるなぁって思ったの。もしかして、仕事無くて暇だった?」
「えっあっ!それは……そのぅ……」
「リオ、正解」
話をスムーズに進めるために横から俺が肯定する。
「レッスン中はどうしてもねぇ。もしそれが働いてもないのに給料出るとか考えてるなら間違いだよ。それでもふさわしい出費って思ったのがマネージャーなんだから」
「っ…………!」
図星を突かれた小北さんは肩を一瞬震わせる。
適正価格。きっとそれに戸惑っているのだろう。
俺も、夏のCMの件ではだいぶ困った。けれど今となってはこちらに不利益がない限りは甘んじることにしている。決してヒモ適正なんかではない。
「美代」
「エレナ……さん……」
優しい声で入ってきたのはエレナの声。
彼女は誰よりも細い腕を伸ばし、小北さんの髪へと触れる。
「あんまり気負うんじゃないわ。堂々としてればいいのよ。 私たちみんな美代のこと認めてるし、誰にも文句は言わせないんだから」
「……はい。ありがとうございます」
「あ、でも! 認めるっていっても仕事や人柄に関してだからね! その……もう一個の方では一切認めてないんだから!」
唐突に慌てたように付け足してくるエレナ。
もう一個ってなんだ? 認めないもの?学業とかそういう系?
「それは……! はい!もちろんです!! でも、私はその……大丈夫なので……」
「本当に大丈夫かしらね……この子…………」
呆れたように息を吐くエレナ。
その時、一瞬だけ流した目が俺の視線とぶつかったような気がした。
「ちょっと~エレナ~。私の美代ちゃん虐めないでよね~」
「なっ……!虐めてなんかないわよ! むしろリオこそいいのかしら?」
「ん。 私は誰にも負けないくらいの想いを持ってるから大丈夫」
「…………大した自信ね」
主題もわからないまま会話を続けるエレナとリオ。
その間ずっと、俺には通常とは違う、何か重く冷たい空気を感じ続けていた――――。
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